白梅と鳩。


 1月後半から明日まで1年で一番重要とされている仕事があり、この間それに直接関わるセクションの主任のひとりである僕は仕事を風邪や体調不良などで休む訳にはいかず、この期間中は仕事の出張以外の外出はいっさい避け、自宅と職場の往復のみに限定される生活を送っていた。


 インフルエンザウイルスやノロウイルスとの絶対に負けられない戦いがそこにはあったのだ。こんなことを言うとまるで僕がいなければ職場が動かない重要な存在であると主張しているように聞こえるかもしれないが、そんな訳ではない。僕がいなくても同僚たちが事を遅滞なく進めてくれるのは判っている。ただ、僕が背負わなくてはならないプレッシャーと責任を他の誰かに押し付けることになるのが嫌なのだ。そのためには休まないですむように外出を避け、部屋にひとり籠もり、暖かさと湿度をキープしてじっとしているしかないのだ。


 そうは言っても、職場で多くの人と接するこの仕事では絶えずウイルス感染の危険と隣り合わせだ。案の定先月の末には3日間ほど夜に高熱に襲われた。いつもは冷えピタでやり過ごすのだが、この時はそれでは心細く、子供の頃以来の水枕のお世話になった。


 昨日も休めない重要でハイプレッシャーな仕事を終えた。これで残りの地獄は明日に控えた最後のひとつだけだ。


 今日は、職場自体は休日で休みなのだが、僕が担当する野外仕事はあったので出勤する。野外仕事の現場にはまだ至る所に雪が残り、これをなんとかしないと仕事にならない。まずはスタッフ十数名とスコップを持って雪かきをする。空は薄曇りで日は射さず、冷たい風に時折風花のような小雪が舞っている。職場の片隅に白梅が咲いているのを見つけたときだけは寒さが和らいだ感じがした。梅の下には鳩が一羽寒そうに佇んでいた。なんとか昼過ぎまでに野外仕事を終わらせる事ができた。



 本来であるならば明日に控えた地獄(いや仕事)のために自宅へ帰るべきなのだろうが、溜まりに溜まったストレスの攻撃を受けた心と体が神保町に行きたいと叫んでいた。『みすず』の読書アンケート号が欲しいと声を上げていた。よし、分かった行こうじゃないか。


 駅まで行って電車に乗る。車中の読書は三遊亭円丈「落語家の通信簿」(祥伝社新書)。円丈師匠が古今東西の落語家50余人を取り上げてその人物や芸についてコメントをしている。ひとりずつのコメントが短めなのでちょっと物足りない感じもするが、苦手な人は苦手だとはっきり書いているその正直さがいい。ここでの評価はあくまで師匠の意見であり、客観的な落語家事典の記述ではないのだから目くじら立てずに楽しめばいい本だと思う。


落語家の通信簿(祥伝社新書)

落語家の通信簿(祥伝社新書)



 神保町に着いても日は出ていなかった。地下鉄の出口を出てすぐに岩波ブックセンターに飛び込む。

  • 『みすず』2014年1・2月号“読書アンケート特集”
  • 『BOOK5』11号“特集 私たちは今日も、片岡義男を読む”


 待望の『みすず』を入手。同時に欲しかった『BOOK5』最新号も。しかし、この店で『BOOK5』を買う日が来ようとは。それだけこのミニコミ誌の評価があがってきているということだろうな。



 交差点を渡ると、すずらん通りも寒い風が吹いている。しかし、書店の中は暖かい。東京堂へ。

昭和・東京・ジャズ喫茶 昭和JAZZ文化考現学

昭和・東京・ジャズ喫茶 昭和JAZZ文化考現学



 岡崎武志さんのブログで知ったジャズ喫茶本と地元の本屋では入荷しなかった恵文社一乗寺店店長本を入手。前者は和田誠装幀、後者は寄藤文平装幀と本の作りも愛らしい。



 収穫を鞄につめてブラジルでコーヒー。『みすず』の読書アンケートの細かい文字をむさぼるように読む。年々この細かい文字が読みづらくなって行くだろうから著者名と作品名はゴチックにして欲しいと思ったり、いやどこに書名があるか分からないから読みながらそれを探すのが楽しいのだと思ったり。つまり、どちらであろうと楽しいのだ。

 続いて『BOOK5』の片岡義男特集。巻頭の「ここさいきん」というコラムコーナーのメンバーが林哲夫山本善行岡崎武志の三氏。これって『スムース』じゃないか。連載には南陀楼綾繁さんの名前もあるんだから思わずそう思ってしまうよ。特集には堀江敏幸大竹昭子津野海太郎という豪華な名前が。北條さんやNEGIさんの出ている座談会まである。この充実ぶりはやはり素直にすごいと思う。




 帰宅して、ここ数日読んでいるこの本を読み継ぐ。

忘れえぬ声を聴く

忘れえぬ声を聴く


 これは黒岩さんの単行本未収録の文章を集めた本。僕が刊行を心待ちにしていた本だ。黒岩さんの著書に触れてきた者にはそれらを読んだ時のことや本の内容を思い出させてくれるエッセンス集であり、まだ黒岩さんの本に触れていない者には著書への誘い水になるイントロダクション集であろう。間村俊一さんの装幀もすばらしく、カバーにも本体にも木彫りの鳥のオブジェがあしらってある。これは「伝書鳩」の著者でもあった黒岩さんの持ち物だったのだろうか。