みどりを買って帰る。

 今日は午前中仕事。

 

 退勤時間を待って職場を出る。綿の薄手のコートでも汗ばむくらいに暖かいが、花粉がひどい。薬を飲み、処方されたアレルギー用目薬をしているが、目の周りは赤く腫れ、皮膚はカサカサと乾き、かゆみがとまらず。

 

 本屋へ。

 

・小池陽慈「世界のいまを知り未来をつくる評論文読書案内」(晶文社

・『文學界』4月号

 

 

 前者は同じ著者の「"深読み"の技法」(笠間書院)を読んだら、自分が学生時代に読んだ現代思想系の本が次々と引用されていて懐かしく楽しかったのでこちらも買ってみる。

 後者は西村賢太・遺稿「雨滴は続く」最終回が掲載されている。掲載されている本文の手書き原稿の冒頭が写真で載っていた。推敲の跡が夥しいその原稿用紙が満寿屋製であることがちょっと意外であった。中上健次が若い頃原稿用紙の代わりにコクヨの集計用紙を使っていたように西村賢太も原稿用紙は何でもいいとコンビニでも買えるコクヨの原稿用紙を使っているようなイメージを勝手に抱いていた。拘りの強い作家だったので、原稿用紙にも拘りがあったのかもしれない。それとも藤澤淸造が満寿屋製の原稿用紙を使っていたのか。

 

 偶然買った2冊がともに色合いの違う緑色だった。最近どこかで「緑は何を混ぜても緑だから永遠の色なんだ」と書いてあるのを読んだことをふと思い出す。

 

世界のいまを知り未来をつくる評論文読書案内

 

文學界(2022年4月号) (特集「 アナキズム・ナウ」 西村賢太・遺稿)

 帰宅して、レコードでビリージョエルのアルバムをかけながら夕食に鶏もも肉と新玉ねぎの無水鍋を作る。1時間以上煮た鶏肉は箸で切れるほど柔らかく、塩とバターしか入れていないのにとてもうま味が濃かった。満足。

 

ニューヨーク52番街(完全生産限定盤) [Analog]

 上司から電話があり、明日の弁護士による事情聴取は中止になったので休日出勤の必要はなくなったと告げられる。これで明日は休める。ちょっとほっとした。

2つの月。

 今日は有休をとった。午前中に頼んでおいたラックが届くことになっているので。

 

 コロナ禍で一時期自宅勤務になった2年程前からリビングのテーブルにPCを置いて仕事机として使い始めた。他の部屋の加湿機能付き空気清浄機をリビングに集合させ、エアコン使用もリビングだけとして籠もる生活のかたちを作った。

 

 そうするとリビングのテーブルの周りに平積みとなった本が山となり、いつの間にか広かったはずのテーブルの上も本や書類で肘の置き場もない状態となってしまった。そこで、テーブルの脇に5段のラックを本棚代わりに置き、そこに本や書類を入れ、入らないものはすべて他の部屋に移動させることにしたのだ。

 

 昼に届いたラックを組み立て、そこにテーブルの上の本を移動。久しぶりに広々とした作業スペースを確保できた。

 

 中炒りの豆でいれたコーヒーと昨日の残りのチーズケーキで一息つく。作業スペースを確保できたからといって特に何をするわけでもなく、レコードを聴いたり、本を少し読んだりするだけで時間が過ぎていく。

 

 2時46分になった。職場では同僚たちが黙祷をしているだろうと思いながら、自宅で黙祷。毎年この日は職場にいるので、ひとりでの黙祷は初めてだと思う。その後、アン・サリーのCD(「森の診察所」・「Bon Temps」)で「満月の夕」を2種類のバージョンで聴く。

 

 それから夕方まで曾根博義伊藤整モダニズムの時代ー文学の内包と外延」(花鳥社)から「ジョイス受容史の点と線」という続き物を読む。伊藤整は「フロイト精神分析ならびにジョイスの「意識の流れ」の紹介者、導入者」として文学史に登場した。伊藤整がどのようにジェイムズ・ジョイスを知ったのかを日本におけるジョイス受容史を通して描き出す連作。そして話は伊藤整とともに「ユリシーズ」本邦初訳の難事業に取り組んだ永松定、辻野久憲へと進んでいく。

 

 

 もともと今年「ユリシーズ」を通読しようと思ったのは、この2年延期になっているロンドンとダブリンの海外研修が今年も中止となったことを受けて、行けないのであればせめて小説の中でダブリンを訪ねようというくらいの気持ちであった。曾根先生の遺稿集は一年ほど前に出たもので、少しずつ楽しみながら読んできた。そこにジョイスが出てくるので楽しくなる。本来なら昨年読み終わっているはずのこの本にここまで時間がかかったのは、仕事上のいろいろで本を読む気になれない日が多かったのと、途中で曾根博義「私の文学渉猟」(夏葉社)が出たのでそちらを先に読んでしまったためである。

 

伊藤整とモダニズムの時代 文学の内包と外延

 

 同じ筆者の本を2つ同時に楽しめるのは嬉しい限りだ。空の西と東に月が2つ出ているようなものかなと思ったのは、2つの「満月の夕」を聴いたからかもしれないし、「1Q84」からの連想かもしれない。

 夕食は豆腐のアヒージョとポテトサラダとなめこの味噌汁。

 

 PASSAGEから本が2冊売れたとメールが入る。補充する本を選ばなければと思う。

 

 

ダブりナーズを求めて。

 

 

 

 今年も誕生日が来た。たまたまその日が人事発表と重なった。配られた人員配置図を見てこれまでどうにか乗り越えてきた3年とこれからもまた続く不安と自己嫌悪の3年を思いながら聞こえないため息をついた。

 

 退勤時間を待って職場を出る。本屋へ。3冊購入。

 

・『本の雑誌』4月号

・野口実「源氏の血脈 武家の棟梁への道」(講談社学術文庫

金田一京助「日本の敬語」(講談社学術文庫

 

 

「源氏の血脈」は大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の影響による。先日呉座勇一「頼朝と義時」(講談社現代新書)を読み、今は松村邦洋松村邦洋『鎌倉殿の13人』を語る」(プレジデント社)をつまみ読みしている。これから1年通して鎌倉幕府ものをちょこちょこと読んでいこうと思っている。

 

 

 気が滅入ることが多いので,気分転換に駅ビルで高級なチーズケーキを買って帰る。ベーコンとしめじと白滝を炒め煮たものとポテトサラダの夕食をとり、昨日買ってきた深炒りのブレンド豆を挽いてコーヒーを入れ、買ってきたチーズケーキを6分の1ほど切って誕生日祝いのケーキのつもりで食べる。深炒りのコーヒーと甘みのきつくないチーズケーキが丁度いい感じ。

 

 

 この豆は東横線の白楽にあるテラコーヒーという自家焙煎の店で昨日買ったもの。昨日は仕事が休みだったので久しぶりに東横線で本屋巡りをした。

 

 綱島駅近くにあるブックオフから本屋巡りをスタート。この店に来るのは1年ぶりくらいか。

 

 110円棚から2冊。

 

小林恭二「俳句という遊び」(岩波新書

小林恭二「俳句という愉しみ」(岩波新書

 

 

 この2冊は新刊、古本含めて何冊も買っている。先日、若い知人に手持ちのものをあげたので補充しておく。また、最近職場の出版物に俳句について文章を書く機会があり,文章の最後に句会の面白いドキュメンタリーとしてこの2冊を挙げておいた。

 

 

 通常棚から1冊。

 

阿部公彦「モダンの近似値」(松柏社

 

 

 阿部公彦本は結構持っているのだがこれは未所持。漱石ジェーン・オースティンについて触れている文章があるので買っておく。

 

 

 東横線を乗り進め、妙蓮寺へ。駅の近くの石堂書店に入る。以前に来たときも感じたが昔ながら街の本屋とセレクトショップ系本屋が違和感なく前者よりに融合している店。このような店が続いている妙連寺という街が好ましく思えてくる。以前は線路の反対側に普賢堂といういい古本屋があってその店に行くために妙蓮寺で下車していたが、普賢堂が移転してしまってからは足が遠のいていた。石堂書店の向かいには本屋・生活綴方があるのだが残念ながらしまっていた(あとで水曜日は定休日であると知った)。

 

 石堂書店で1冊。

 

堀江敏幸「オールドレンズの神のもとで」(文春文庫)

 

 

 この後白楽の古本屋を回る予定で妙蓮寺駅に向かおうとしたが、天気がよく気温も上がってきたので白楽まで歩くことにする。なだらかな起伏のある道を日射しを浴びながら歩くのは春を感じられて気持ちがいい。道沿いに個人経営の店(飲食店の割合が多い)が点在していてそのような店が存続している街であることにまた好感を抱く。白楽の駅を過ぎ、古書鉄塔書院に入る。この店は来る度にまだそこにあることを嬉しく感じさせてくれる。沿線の各駅近くにこのような古本屋が1軒ずつあってくれればどれだけ人生に潤いを与えてくれることかと思う。いい本が多いのだが、今回は未所持でほしい本がなかったので買わずに出る。

 

 六角橋商店街を過ぎ、交差点を渡って高石書店へ行ってみるが入っている建物全体のメンテナンス中らしくシャッターが閉まっていた。気を取り直して神奈川大学方面に進み相原書店に行ってみるがここもシャッターが下りていた。

 

 六角橋商店街を戻り、白楽駅を過ぎたところにあるツイードブックスへ。こちらも来る度に本の品揃えに感心する。鉄塔書院とこの店があるだけでも白楽という街は僕にとって魅力的な街だ。こちらで2冊。

 

・金井嘉彦 道木一弘編著「ジョイスの迷宮 『若き日の芸術家の肖像』に嵌まる方法」(言叢社

小田光雄「古本屋散策」(論創社

 

ジョイスの迷宮(ラビリンス): 『若き日の芸術家の肖像』に嵌る方法 (ジャパニーズ・ジェイムズ・ジョイス・スタディーズ)
 

 

ジョイスの挑戦──『ユリシーズ』に嵌る方法 (JJJS(Japanese James Joyce Studies))
 

 

ジョイスの罠―『ダブリナーズ』に嵌る方法: 『ダブリナーズ』に嵌る方法

 

 

 

 「ジョイスの迷宮」は、このシリーズの最新刊「ジョイスの挑戦 『ユリシーズ』に嵌まる方法」を購入したばかりだったのでこちらも手もとに置いておきたくて購入。このシリーズには「ジョイスの罠 『ダブリナーズ』に嵌まる方法」もあるのでこちらもいづれ手に入れたい。今年は「ユリシーズ」出版100周年に当たるとのことで「ユリシーズ」に関わるオンラインイベントなども実施されており、この機会に自分も「ユリシーズ」を通読してみようと思って1章ずつ集英社文庫丸谷才一他訳と柳瀬尚紀訳を読み比べながら進めている(といってもまだ2章までだが)。

 

 

 ツイードブックスを出て白楽駅まで戻る途中にテラコーヒーがある。そこで中炒り・深炒り2種類のブレンド豆を買って電車に乗って帰った。

 

 

 今夜は誕生日の夜ではあるが、これからの仕事のことを考えると気分はあまりすぐれない。辛い日々が待っているのがわかっているから。そのためにどのように日々の生活に楽しみを作り出していくかが重要になってくる。生きていくことを自分で肯定できる状況を自分自身で作り出さないとただ苦しいだけの生活になってしまう。そのための方途のひとつとして神保町のすずらん通りに開店したPASSAGEという共同書店の一棚店主となることにした。3月1日から自分の蔵書から選んで送った本が棚に並んでいる。店の場所が大好きだった書肆アクセスのあった場所の近くなので、自分の中にあるアクセスに並んでいたような本を並べられたらと思っている。そんな目で部屋の本の山からダブり本を中心に選んだ。もちろん、自分の持っている本をすべて売り物として並べるわけにはいかないため、仕入れもかねて古本屋を回って本を買うということを積極的に行っていくことになる。つまり、古本屋で本を買うための大義名分を手に入れたというわけだ。実は昨日の古本屋巡りでもダブり本を積極的に買っている。仕入れのためだと自分に言えば持っている本をまた買うことにも躊躇はいらない。コロナ禍ということもあり、自重していた古本屋巡りを積極的におこなっていこうと思う。それが生きる力になればあとどれくらい続くか分からない残りの人生をなんとかやっていけそうな気がする。

とまどわれるペリカン。

昨日は誕生日だった。

 

自分の誕生日が3月11日の前日という意味しか持たなくなって久しいが、たまにはそれらしきことをしたくなって駅ビルの文具屋でペリカンの万年筆を買う。街のちょっとした店のペリカンは鍵のかかった洒落たガラスケースに1本だけ飾られていた。

 

 ケースの中に入った万年筆が売れることは滅多にないらしく、店の複数の人が動き出し、その店で見たことのない整理券を渡された。このカードを持って少しお待ちくださいとのことだった。その店でカードを渡されたのは自分ひとりだけであり、万年筆がケースに入れられるのを待っているのも僕だけだった。44番のカードと引き換えに手提げの紙袋に入れられたペリカンを受け取って帰宅した。

 

 

 今日は職場で黙祷があった。10年前に大きな揺れを感じたのとほぼ同じ位置に立っていることを目を閉じながら思い出す。毎年150名弱の人間が机を移動するシステムの職場なのだが、10年経ってまた同じような場所に移ってきたらしい。

 

 退勤して、駅ビルの本屋へ。

 

-『本の雑誌』4月号“特集 津野海太郎の眼力”

-紳士なノート(日本ノート株式会社)

 

 

 『本の雑誌』と津野海太郎。見事なマッチング。

 

 紳士なノートは万年筆でも裏写りしにくい高級ノートという評判を聞いたのでペリカンのおともに買ってみた。

 

 

 帰宅して花粉を落とすために風呂に入る。あいみょんアン・サリー二階堂和美といった歌姫たちの「満月の夕」を聴く。

 

 「満月の夕」には二つのバージョンがあるが、個人的にはこのふたりの歌がそれぞれのバージョンで一番好きだ。

 

 


アン・サリー 満月の夕(ゆうべ)


満月の夕(ゆうべ) 二階堂和美

 

 

 帰りのバスで聴いたTBSラジオ「たまむすび」で、同じ3月10日生まれにつぶやきシロー藤井隆がいることを知った。

再来年どうでしょう。

 

 この年末は例年になくのんびりしたものとなった。

 

 それは意図したものではなく、22日の月曜日に振り替え休日をとって健診センターに日帰り人間ドックに行った夜に38度近い発熱をしたことから起こったことだった。

 

 職場のルールは37.5度以上の発熱があった場合には平熱になってから4日間は自宅待機というもの。たまたまフルタイムの勤務は21日で終わっており、22日からは4時間のフレックス勤務となっていたので仕事にはあまり影響がないのが幸いだった。そのためなし崩し的に今年の勤務は自宅待機のうちに終わってしまった。

 

 熱は翌日から36度台になっていたが微熱は続いていた。24日くらいから咳が少し出るようになった。呼吸の度に少し息苦しい感じがして、肺の辺りに違和感を感じた。昨年も人間ドックを受けた夜に発熱し、それが収まった頃に10日ほどの海外出張があり、現地で微熱と咳が続き、帰国後肺炎という診断を受けた過去があるため、ちょっと心配になった。同時に食事中に味をあまり感じないような気がしてきた。これはコロナウィルス感染症の症状に該当するのではないかという不安が芽生えた。肺炎の過去も気になった。そのため25日に近くの医院に電話して受診した。熱は平熱に戻っていた。医師の見立ては現時点で肺炎になっていないし、風邪の症状ともとれるが、念のためPCR検査をしておきましょうというものだった。医院の外の駐車場の隅で通りに背を向けてなかなか出ない唾液を試験管に出し続けた。

 

 検査の結果は翌日26日の朝に来た。「陰性」だった。ほっとした。発熱してから結果がでるまではどこかで罹患を疑っていたので家でぼんやりしていてもどこか落ち着かなかった。もちろん、検査結果は絶対ではない。それでも気持ちはずいぶん違う。やっと、読書やとりためたHDの内容を楽しむ気持ちになった。

 

 

 22日に行った健診センターは神保町の近くにある。昼近くに健診が終わるとそのまま書店めぐりとなった。

 

 三省堂で1冊。東京堂で3冊。

 

-辻真先「たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説」(東京創元社

-『フリースタイル』46号“THE MANGA 2021 このマンガを読め!

-中野翠「いいかげん、馬鹿」(毎日新聞出版

-森みどり「路上のポルトレ 憶いだす人びと」(羽鳥書店

 

たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説

フリースタイル46 THE BEST MANGA 2021 このマンガを読め!

いいかげん、馬鹿

路上のポルトレ

 

 

 「たかが殺人じゃないか」は、中学生の時にデビュー作「仮題・中学殺人事件」を読んだ作家の新作を令和に読めることを喜ぶ。アナグラムというものを中学生の自分に教えてくれた作家。牧薩次という名前も忘れられない。

 

 『フリースタイル』は恒例のマンガ特集。ベスト10の中では田島列島「水は海に向かって流れる」(講談社)と和山やま「カラオケ行こ!」(KADOKAWA)を今年楽しく読んだ。

 

 中野本はこれも恒例の『サンデー毎日』連載の単行本。地元の本屋では去年と一昨年の本は棚にあるが、なぜか今年のものはいつまでも棚に並ばないのでこちらで購入。

 

 「路上のポルトレ」は、森まゆみポルトレ集・羽鳥書店という組み合わせに手が出た。

 

 

 本を買ってから、久しぶりの丸香で、いつもの肉うどんと野菜天。胃カメラのため前夜の21時以降ほとんど飲食をしていない体に、うどんの出汁が染みる。満足して店を出る。この時にはこのあと発熱するとは夢にも思わなかった。

 

 

 今週は、28日に職場に顔出し、休み中にする仕事の資料を持って帰ってきた。29日はケルヒャーのスチーム洗浄機を使って、窓・ドア・ベランダ・浴槽・トイレ・台所・フローリングなどを掃除。残りは30日の午前中に済ます。午後から駅ビルに買い物に行く。もちろん本屋にも。

 

-野木亜紀子「MIU404シナリオブック」(河出書房新社

-メアリ・ノリス「カンマの女王」(柏書房

-『早稲田文学』2020年冬号(筑摩書房

 

 

MIU404シナリオブック

カンマの女王 「ニューヨーカー」校正係のここだけの話

早稲田文学 2020年冬号 (単行本)

 

 

 

 この年末にやっと撮りだめておいたTBSドラマ「MIU404」を一挙に観た。星野源綾野剛のバディもの。「アンナチュラル」好きにはうれしいカメオ出演があったり、1話完結でありながら、前の話が後の話に繋がっていく野木脚本得意の展開などを堪能。悪役の菅田将暉の終わらせ方は賛否の分かれるところだろうな。そんなわけでシナリオブックを買っておく。

 

 「カンマの女王」は雑誌『ニューヨーカー』の校正係だった女性の回想録。本の帯に"牟田郁子(校正者)"・“阿部公彦英米文学者)”の2人の名前を発見する。これは買いでしょう。

 

 『早稲田文学』の特集は"価値の由来、表現を支える"。目次に紅野謙介・山岸郁子という名前を見つけたので購入決定。

 

 

 

  今年最後の朝を迎える。

 

 昨晩あわてて書き終えた年賀状を郵便ポストに出しに行く。マンションの廊下から雲ひとつない青空と白い富士山が見える。悪くない大晦日だ。帰ってきてから部屋のドアに正月の飾りをつける。

 

 遅い朝食は残っていたフラワー小麦粉を使ってホットケーキ。久し振りにやったら手順を忘れていて、最初に卵と砂糖をホイップするのを忘れてすべていっぺんに粉に入れてかき混ぜてしまう。ベーキングパウダーをいつも通り入れているのだが、普段よりぺたんとしたホットケーキになった。

 

 昼食後、今年最後の買い物に出る。やはり本屋に行く。

 

-柳澤健「2016年の週刊文春」(光文社)

-小森収編「短編ミステリの二百年 4」(創元推理文庫

 

 

2016年の週刊文春

短編ミステリの二百年4 (創元推理文庫)

 

 

 

 柳澤本は古書現世向井透史さんがツイッターで面白かったと言っていたので興味を持った。

 

 「短編ミステリの二百年」はシリーズで買っている。今回は最後に編者による300頁ほどの題名と同じ解説がついている。

 

 

 帰宅後、ここのところ毎日1章ずつ読んでいたこの本を読了。

 

-坪内祐三玉電松原物語」(新潮社)

 

 

玉電松原物語

 

 

 坪内さんの遺作となった未完の連載を本にしたもの。三軒茶屋と下高井戸の間を走る世田谷線玉電)の松原駅近くに住んでいた坪内さんにとって下高井戸は近くにある松原より大きな町として繰り返し登場してくる。下高井戸を最寄り駅のひとつとする大学に4年。同じ場所の大学院に2年。院生の2年から大学の近くにある職場に非常勤として2年勤めていた僕にとってここに出てくる下高井戸の店は懐かしいものばかり。レコード屋のオスカーや旭鮨、古本屋の豊川堂など。もちろん、僕の知る前の下高井戸の姿も描かれている。巻末に掲載されている坪内さんの赤堤小学校の後輩に当たる吉田篤弘氏の文章に雑誌『ノーサイド』の特集"黄金の読書"で坪内祐三という人物と出会い、そこで坪内さんが挙げている“文庫化を希望している五十冊”に心躍らせる姿が語られる。そこにはまるで自分の姿かと見まがうほどに同じ思いが書かれていて、ああこんな風に自分の中に坪内祐三という人が入ってきたんだなということを思い出した。

 

 

 ニュースでは東京都のコロナウィルス感染者が1300人を超えたと伝えている。本来なら今年の夏に一ヶ月ほどイギリス・アイルランドへ研修に行く予定だった。それはそうそうに中止となり、来年への延期が伝えられた。そして、この冬、来年の海外研修の中止が決定した。果たして再来年は行けるのだろうか。とりあえず、気長に待つことにしよう。その欠落を埋めるように先週は「水曜どうでしょう」の新作を繰り返し観ていた。2年前に「水曜どうでしょう」の4人がアイルランドのダブリンを目指してロンドンからレンタカーでダブリンに向かう旅をした記録である。まるで自分のために作られた番組のような気になって楽しめた。やっぱり、ロンドン・ダブリンに行きたいや。

 

 

 夜は、いつものすき焼き。そして、「水曜どうでしょう」の大泉洋司会の紅白歌合戦を流しながら過ごす。

 

 

 今年もこのような忘れられた間欠泉のような日記にお付き合いいただきありがとうございました。来年はコロナを乗り越える年になるといいな。そして乗り越えた後の再来年に向けて準備しよう。

 

 では、皆さまよいお年をお迎えください。

 

 

 

 

 

不在と実在。

 最近、鍋ばかり食べている。

 

 今年コロナによる緊急事態宣言下の在宅勤務期間にウォーターサーバーの契約をした。夏に向かう時期であり、毎月届く富士山の水は順調に消費された。ちょうど、2リットルの水を鍋で沸かして、そこにティーバッグを3つ入れて21分蓋をして作るアイスティーにはまっていたこともあり、水の需要と供給は友好な関係を結んでいた。

 

 しかし、夏が過ぎ、秋から冬になる頃には、毎月届く水と消費する水の量が比例しなくなり、気が付くと玄関前の廊下の左右に水の入った段ボールが煉瓦のごとく積まれる状況となってしまっていた。冬場に冷たい水を飲む習慣がない。90度弱のお湯もでるが、仕事から帰って大きめのマグカップに紅茶かコーヒーを一杯飲むのが精一杯だ。水は減らない。そこで考えたのが毎晩鍋を食べること。鍋は水をたくさん消費する食べ物だ。ネットで流行りの無水鍋などお呼びでない。

 

 という訳で、今週に入って毎晩鍋を食べている。水炊き、豚しゃぶ、ちゃんこ鍋などを買い込んできた液体や固形の鍋スープの素などを駆使しながら食べている。野菜もたくさんとれるし、体もあったまるしでいいことずくめだが、どこか無理矢理食べている感もあり、すこし釈然としない。

 

 

 そんな一週間も終わろうという土曜日。仕事はもともと半ドンであるが、夏場の休日出勤の振り替え休日の消費もできていないし、明日の日曜日も休日出勤が確定しているということもあり、振替休日にして退勤時間を待たずに職場を出ることにする。

 

 

 そうした理由は、埼玉にある知人のやっているパン屋が今日明日と創業6周年のイベントをやっているのと、毎年職場の同僚に頼まれて取り寄せているシュトーレンの代金の支払いをするのとに片道2時間弱をかけて行きたいと考えたからだ。

 

 電車に乗って本を読み始めたのだが昼食後の満腹感と車内の暖かさに意識もうろうとなり断念。ポッドキャストでラジオ「アフター6ジャンクション」の時代劇評論家春日太一氏の語る「忠臣蔵ひとり総選挙」を聴きながら舟をこぐ。

 

 店にたどり着いたが、イベントは盛況だったらしく、店にパンと名のつくものは数えるほどしか残っていなかった。その中から数品を選んで購入し、シュトーレンの代金とお祝い代わりのジャズのクリスマスアルバムを置いてくる。

 

 帰りの車内では、オンデマンドで「水曜どうでしょう」最新作「21年目のヨーロッパ21ヵ国完全制覇」をスマートフォンで視聴。今回はイギリスとアイルランドを旅している。今年予定されていたロンドンとダブリンを回る海外研修が中止となり、自動的に来年に延期となっていたのだが、最近になって親会社から来年の海外研修もすべて中止の連絡がきた。行くことのかなわなくなった寂しさをこの番組を見ることで癒している。

 

 

 乗換駅の神保町で下車。東京堂書店へ。

 

-『おすすめ文庫王国2021』(本の雑誌社

-坪内祐三「文庫本千秋楽」(本の雑誌社

-島田潤一郎「父と子の絆」(アルテスパブリッシング)

-高橋輝次「古本愛好家の読書日録」(論創社

 

 

おすすめ文庫王国2021

 

文庫本千秋楽

 

父と子の絆

 

古本愛好家の読書日録

 地元の書店では買えない本をまとめ買い。

 

 

 

 再び乗り込んだ車内では買ってきた『おすすめ文庫王国』を読む。この年末恒例のムックの顔と言えば坪内祐三「年刊文庫番」だが、氏が亡くなった今それを読むことはできない。その代わりというのかurbansea「坪内祐三と文庫」が載っている。坪内祐三によるナンシー関評を通して坪内氏のライフワークであった『週刊文春』連載の「文庫本を狙え!」を語る文章。好きな二人だけに興味深く読んだ。語る対象への愛情のある文章だと思う。

 

 その「文庫本を狙え!」の連載をまとめた最後本が「文庫本千秋楽」。ちょっとのつもりで読み始めたら止まらなくなった。本の最後には『おすすめ文庫王国』の「年刊文庫番」がまとめて収録されている。

 

 不在を埋めようとするものと実在を記録したものとを一緒に買ったことになった。

 

 駅ビルで今夜の鍋の具材を買って帰る。

富士山の水とキリマンジャロの雪

 

 

 昨日は午前中職場へ出勤、午後は自宅に戻りオンライン会議に2つ参加する。職場にいたのにわざわざ会議のために帰宅したのは、全職員参加のオンライン会議に職場で参加する場合広い会議室に集められ、それぞれ離れて座り、タブレットの画面を見ながら会議するというから、そんな形容矛盾のような空間に身を置いているのが耐えられなかったため。案の定、司会者のタブレットと参加者のタブレットが近すぎてしばしばハウリングを起こす様子を職場から徒歩30分離れた自宅のPCで聴いていた。

 

 

 今日は、自宅勤務。昼に頼んでいたウォーターサーバーを業者が持ってくる。自宅の台所の水道は浄水器を着けづらいタイプのもので、設置は諦めてクリンスイのポッド式でコーヒーや紅茶を入れるたびにポッドに水を貯めていた。自宅にいる時間が長くなり、日に何度もコーヒー・紅茶を入れることになり、その度にポッドに浄水した水を貯めるのにも嫌気がさし、温水・冷水が出て、何かのトラブルで水道が止まったとしても何十リットル分もの飲料水が詰替のボトルとしてキープできるウォーターサーバー購入を決意した。購入と言ってもサーバー代はかからず、料金は毎月決まって届けられる水代だけ。しかし、月何十リットルもの水代はそれなりの金額だし、ウォーターサーバーの電気代も安くはない。もっと安い業者もあるようだが、富士山の雪解け水(?)が何十年もかかって湧き出した天然水であることと自分の好きなラジオ番組のスポンサー企業であることを考えれば自分の選択に後悔はない。月々の水代と電気代を考え、これまで雨後の筍のように増殖していた有料動画配信サービスやBSチャンネルなどを見直して数社解約し、月々の支出がほぼ変わらないように努力した。

 

 

 午後のオンライン会議を終えて、本日の業務終了。また、散歩に出る。片道40分かけてまた隣町まで行く。今日の目的は隣駅近くにあるコーヒー豆の焙煎屋である。前回は定休日であったため寄ることができなかった。本日は営業中であることはHPで確認済み。他の焙煎屋での経験を踏まえ、焙煎の間(通常30分くらい)はこれも先日行った本屋で本を物色していればいいと考えていた。今日は先日より4度くらい気温が高く、目的地の焙煎屋にたどり着いたときには体はじっとりと汗にまみれていた。このステイホーム状態になってから近場のコーヒー豆の焙煎屋をまわり、タンザニアキリマンジャロ)を購入している。同じ種類の豆を違う店で買うことで、それぞれの店の焙煎の具合や扱っている豆の良し悪しを楽しもうというわけ。タンザニアを選ぶのは、自分の学生時代にあった街の喫茶店ではブレンド以外のコーヒーはブルーマウンテンとキリマンジャロモカの三種類くらいしかなく、最高級のブルマン、ほどよい酸味のあるキリマン、マイルドなモカの中で一番好きだったのがキリマンジャロだったから。まあ、それ以外の豆の種類をよく知らないというのもあるけど。

 

 

 熊の種類を店名に冠した店のドアを開けると客は誰もいない。店に並んだ生豆の箱の中に「キリマンジャロタンザニアAA)」という札を見つけ、ブレンドとともにそれぞれ200グラムを注文したところ、「これから焙煎しますが、出来上がりは1時間半後になります」という。「このところ在宅の方が多くなり、予約が沢山入っていて、すぐには焙煎に入れない」とのこと。さすがにこの汗をかいた状態でしかも三密を避けるご時世で本屋に1時間半もいるわけにはいかない。すでに40分ほど歩き、この後同じ時間をかけて戻らなければいけないのに、あと90分も彷徨い歩く気力もない。「すいませんが、ここまで徒歩で来ているので、一度戻ってまたくるわけにもいかないので、今日はやめておきます」と店主にとってはよくわからないだろう理由を口にして、店を出る。新たなキリマンジャロを手に入れることはできなかった。キリマンジャロは雪のように我が手から消えてしまった。

 

 

 気を取り直して本屋へ。前回は1階の単行本と雑誌のフロアだけしか見ていなかったので今日は2階の文庫・新書フロアへ。ほしかった文庫をがっつり手に入れる。

 

-「飯田龍太全句集」(角川ソフィア文庫

-ハーバート・パッシン「米陸軍日本語学校」(ちくま学芸文庫

-岡田育「ハジの多い人生」(文春文庫)

-外山滋比古「『読み』整理学」(ちくま文庫

 

 

飯田龍太全句集 (角川ソフィア文庫)

米陸軍日本語学校 (ちくま学芸文庫)

ハジの多い人生 (文春文庫)

「読み」の整理学 (ちくま文庫)

 

 

 

 飯田龍太は個人的な岩波新書ベスト本のひとつ小林恭二「俳句という遊び」で出会った現代を代表する俳人。その全句集となれば見逃せない。

 

 「米陸軍日本語学校」は第二次大戦中にアメリカが戦後の占領までを見据えて作ったアメリカ人に日本語を教える学校の実態についての回想本。

 

 「ハジの多い人生」はTBSラジオの「アフター6ジャンクション」で著者へのインタビューを聴いて興味を持った。元中央公論社編集者でアメリカ在住の文筆家。ここでの「ハジ」は「恥」ではなく「端」の方の「ハジ」らしい。

 

 外山本は先日読んだ犬塚美輪「生きる力を身につける14歳からの読解力教室」(笠間書院)のあとがきで著者がオススメ本としてあげていたのを覚えていた。しばらく品切れだったが昨年増刷されたらしい。これも「思考の整理学」がベストセラーになった余波だろう。

 

14歳からの読解力教室: 生きる力を身につける

 

 

 

 豆の代わりに本を買ってまた40分かけて帰る。暑いので帰ったらキリマンジャロの代わりに富士山の水を飲むのだ。