長くふくらむ読書。

 

 今月中に休める日曜日は今日で最後のため、昼前に出かける。

 

 妙蓮寺で途中下車して、石堂書店と本屋・生活綴方を覗く。気になっている小出版社本を探すが見当たらず。

 

 妙蓮寺から馬車道へ。真夏のような日射しを受けながら伊勢佐木モールのブックオフまで歩く。神保町のPASSAGEの貸し棚に置くための本を探す。自分好みの本が結構あり,あれこれ迷いながら7冊ほど購入。「仕入れ」という言葉についつい気前よく買ってしまい鞄はすでに重くなる。

 買った7冊は以下の通り。

-山下賢二「ガケ書房の頃」(夏葉社)

-三砂慶明編「本屋という仕事」(世界思想社

-市川慎子近代ナリコ「ふたりの本棚」(出版芸術社

-若林恵「さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010ー2017」(岩波書店

-小堀杏奴「のれんのぞき」(みすず書房

-エドナ・オブライエンジェイムズ・ジョイス」(岩波書店

-十重田裕一岩波茂雄」(ミネルバ書房)

ガケ書房の頃

本屋という仕事

 

ふたりの本棚 ナリコとノリコの往復書簡

さよなら未来――エディターズ・クロニクル 2010-2017

 

 

のれんのぞき (《大人の本棚》)

 

ジェイムズ・ジョイス (ペンギン評伝双書)

岩波茂雄: 低く暮らし、高く想ふ (ミネルヴァ日本評伝選)

 

 

 この先にも古本屋があるのだが、暑さと重さで伊勢佐木モールを先に進むのは断念。引き返す形で有隣堂本店に入る。吹き抜けの広い空間が心地よい。文学の棚の前に、島田潤一郎「長い読書」(みすず書房)、岡崎武志「ふくらむ読書」(春陽堂書店)、「本に出会ってしまった。私の世界を変えた一冊」(ele-king books)の3冊が横並びで平積みになっていた。すべて持っている本だから見るだけだが、この並びを見るだけで同好の士の書店員さんがいるのだなと少し気持ちが浮き立つ。

 

長い読書

 

ふくらむ読書

本に出会ってしまった。私の世界を変えた一冊 (ele-king books)

 

 

 

 

 馬車道に戻り、ディスクユニオンへ。ジャズのレコードを探す。最近神保町のディスクユニオンのジャスの棚が寂しい状況のため(たぶんお茶の水のジャズ専門の店の方に傾注しているんだろう)、充実している馬車道店の方が探す楽しみを味わえるのだ。

 隣の棚で手早くレコードをチェックしてこちらにプレッシャーを掛けてくるおじさんにめげることなく自分のペースで楽しみながらレコードを漁る。見つけて買うことだけでなく、この棚を眺めることも楽しんでいるのだから、こちらのペースでやらせて欲しい。自分が若い頃に新品で買った日本プレスのブルーノートが、結構な値段で出ているのを横目で見ながら、お手頃なものを6枚ほど購入。京都の善行堂のトートバック(LPレコードにちょうどいい大きさ)に入れて帰る。

 

 車内では三宅香帆「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(集英社新書)を読む。映画「花束みたいな恋をした」のサブカル好きの主人公が、就職をした途端にゲームの「パズドラ」はできるのに、本を読めなくなったことをキーとして(本書で何度ももこのことが出てくる)、題名の問題を考えていこうとしている。とはいえ、本書の大半は明治から令和にいたる読書をめぐる状況をたどることに費やされている。新書なので簡略な通史となっているが、手際よくまとめてくれているため面白く読める。

 確かに、日々働いていると本が読めなくなる。特に電車通勤をしていないため、通勤時に本を読むことができない。通勤のため15分程度バスに乗るのだが、バスでは活字の本を読むと酔ってしまうため読めない(なぜかスマホの画面を見ているのは大丈夫なのだが)。休日に電車で遠出をすると読書がはかどる。三宅本にも、戦後、サラリーマンの通勤時間が延びることによって読書が時間つぶしのアイテムとして利用された様子が描かれていたが、本を読むためには引っ越しをして、通勤時間を長くふくらませられれば、もっと本は読めるのかも知れないが、そうすると睡眠時間も減ってきっと帰りの電車では寝落ちしてしまうに違いないとも思う。

 

なぜ働いていると本が読めなくなるのか (集英社新書)

 

 

 

 帰宅して、買ってきたレコードを聴きながら、岡崎武志「ふくらむ読書」を少し読み、大河ドラマ「光る君へ」を観る。

 

 

ふらり、観光地。

2024.3.28.(木)

 

 

 ゆっくりと目覚める。久しぶりによく寝られた。

 

 シャワーを浴びて、着替え、朝食をとりにホテルを出る。四条烏丸近辺に泊まった時には毎回前田珈琲本店でモーニングを頼むことにしている。今回も同じ。職場に向かう人々の流れに混じってのんびり店まで歩くのは京都に泊まった朝の喜びとなっている。

 

 朝食を終えてホテルに戻り、支度を整えてチェックアウト。昨日の買い物ですでにボストンバッグは肩に食い込む重さとなっている。まずはこちらをロッカーに預けないことには動き回れない。京都駅のロッカーはまだ午前中ということもあり、すんなりと空きが見つけられた。

 

 身軽になって地下鉄に乗る。昨日、たまたまネットで善行堂の話題を見ていた時に、今日まで村田画廊で林哲夫さんの2人展をやっていることを知った。この偶然を逃してはならじと松ヶ崎駅で下車して画廊へ。住宅街の中にある落ち着いた雰囲気の画廊。ご夫婦でやっていらっしゃるようで、気軽に声を掛けてくれる。書いた住所が横浜だったので驚いたようだった。お茶とお菓子が出てきて驚く。アットホームな場所で好きな画家の絵を見て心安らぐ。その中でパリの書店を描いた水彩画がこんなに安く買っては申し訳ないという値段で出ていたので迷わず購入する。すでに林さんの油彩のパリの書店の絵を持っているため、同じシリーズが増えて嬉しい。そういえば善行堂にも林さんが描いた小津安二郎のポートレイトが置いてあったことを思い出す。あれもいい味わいの絵だったなあ。善行堂でも林さんの絵は買えるのだった(以前にリクエストして坂口安吾のポートレイトを善行堂経由で購入したことがある)。最終日ということで林さんと会えるかなと思っていたが、午後から来るとのことなので、よろしくお伝えくださいと伝言を頼んで画廊を後にする。

 

 

 天気予報アプリは午後3時過ぎから雨と告げているので、先を急ぐ。地下鉄丸太町駅で下車し、京都御所の横を歩いて鴨川近くにある誠光社へ。すでに数人のお客さんがいた。この書店も来るたびに必ず客の姿がある人気店だ。店頭の面陳棚に橋本倫史さんの新刊が置いてあった。地元でも買えるがこの本は観光地・京都で買うべきだろう。

 

-橋本倫史「観光地ぶらり」(太田出版

観光地ぶらり

 

 橋本さんの本は著者自身が撮った写真がカバーに使われることが多く、この本も同じ。そしてそれらが皆いい写真なのだ。橋本作品では個人的に「東京の古本屋」(本の雑誌社)が好きで、自分で読むだけでは飽き足らず、神保町のPassageで借りている貸し棚でもこれまで4冊売っており、今5冊目が並んでいる状態だ。

東京の古本屋

 

 

 会計をしにレジに行くとレジ前でオリジナルブレンドのコーヒー豆が売っており、六曜社由来の豆であると書かれていたので一緒に買う。家で飲むのが楽しみだ。

 

 

 時間は正午を過ぎ、昼食をとるために京都市役所方面へ歩いて移動。京都という街が好きなのは、大通りと大通りを繋ぐ小さな通りを歩いていても、不意に小さな書店や古書店と出会うところ。東京の都心ではこうはいかない。いつの間にか寺町通に出ていたらしく、不意に目の前に三月書房の姿が見えて思わず「あっ」と声が出た。三月書房が週休7日となってからどれくらい経ったのだっけ。戸が閉まっているだけで、店も看板も以前のままだ。今でも京都に行くことを考える時にスケジュールに三月書房を入れそうになってしまう。それくらいこの店に行けなくなったことは大きな損失なのだ。編集工房ノアの PR誌『海鳴り』をもらうのはこの店で編集工房ノアの本を買う時と決めていた。今は善行堂が自分にとっての『海鳴り』の窓口となっている。

 

 

 三月書房前を通り、スマート珈琲店へ。ここでスマートランチでもと思ったが、案の定店前に列ができている。諦めて新京極通へ移動し、スタンドへ行ってみる。カウンターの端の席に空きがあったので滑り込む。正午過ぎだというのに樽酒やサワーが飛び交う店内でスタンドランチを頼む。ここは観光客よりも地元民の割合が高いと感じさせてくれる店。会話の多くが地元の言葉であるのがそれを教えてくれる。隣のおじさんが50年ぶりに食べるというハムカツを「うまい。うまい。」と繰り返す。小学生の時にハムカツを食べている友達から端っこを分けてもらて以来のハムカツらしい。確かにハムカツはそんなに頻繁に食べるものではないが、50年間まったく出会わないというほどレアな食べ物だとも思われない。日本に住んでいて50年ハムカツと出会わない人生というのがなんだか不思議な気がしてしまう。

 

 関東も夕方から雨の予報が出ており、本を抱えて雨に降られるのは避けたいので、3時の新幹線で帰ることにする。四条烏丸進々堂で食後のコーヒーを飲んで時間調整をして、京都駅へ。

 

 

 この頃からくしゃみと鼻水が止まらなくなる。花粉症の薬は飲んでいるのだが、この2日野外で花粉を浴び続けた影響が出たらしい。新幹線では読書を諦めて目をつぶり、身を背もたれに預けてイヤフォンでラジオのタイムフリー録音を聴きながら帰る。

 

 定年退職したら、京都で1年、ロンドンで1年暮らしてみたいとよく冗談めかして言っている。しかし、暮らしてしまったら現在の京都が持っている非日常感は失われてしまうだろう。昼の本屋巡りも夜の京都散歩も僕にとっては日常を忘れさせてくれるこれ以上ないアイテムであり、この2日のために1年ストレスにまみれて働いているようなものだ。それを考えると京都はふらりと行く観光地のままにしておくのがいいのかもしれない。

 

 なんとか雨が降る前に家へたどり着いた。

Japaneseman in 京都。

2024年3月27日(水)

 

 今日と明日の2日間休みをとって京都へ行く。

 

 午前9時の新幹線に乗る。窓際の席を選んだが、隣は空席だったので気兼ねなくトイレにも立てるので快適。

 

 車内の読書用に持ってきたのは森見登美彦シャーロック・ホームズの凱旋」(中央公論新社)。舞台がヴィクトリア朝京都という設定となれば、今日の読書に丁度いい。ホームズ、ワトソン、モリアーティ、レストレード警部となじみの名前が何故か京都の地名の中で生き、行動している不思議。ホームズの下宿は寺町通221Bにある。

 

 

 昼前に京都駅着。買った本を持ち帰る用の大きなボストンバックを駅のロッカーに預ける。インバウンドで溢れる駅のロッカーは使用済みの赤いライトで覆われており、諦めかけた時に一番下の小さなサイズがひとつだけ緑に光っているのを見つける。滑り込みセーフ。

 

 電車を乗り継いで、一乗寺駅へ。目指すは恵文社一乗寺店。だが、その前に腹ごしらえと恵文社の並びの食事処へ入る。海鮮料理が売りの店のようだが、魚より肉派のこちらとしてはランチメニューから豚カツ定食を選ぶ。運ばれてきた豚カツの横には煮魚ののった小皿が添えてあった。そこまで魚推しの店なのだなと驚く。

 隣の席ではお婆さん2人が、京都の池から連れさられた鴨の話題を繰り返ししている。「誰が何のために連れてったのかな」「かわいそうやね」というリフレーンを聴きながらスランプに悩む京都のホームズの出番なのではと思う。

 

 

 腹を整えてから、恵文社へ。平日の昼間だというのに店内は10人近い客で賑わっていた。自分と変わらない年代の男性も数人いたが、お客さんがみんなオシャレな服装なのにちょっとたじろぐ。店の内装や本の展示を眺めながら、ここはモノとしての本の魅力を来る者に感じさせてくれる場所だなと改めて思う。だからこそ、オシャレ空間が得意ではない自分が京都に来るたびに足を運んでしまうのだろう。

 

 

   -櫻庭由紀子「落語速記はいかに文学を変えたか」(淡交社

   -毛塚了一郎「音盤紀行 ①②」(KADOKAWA

   -木村衣有子「私的コーヒーAto Z」(はるあきクラブ)

落語速記はいかに文学を変えたか

音盤紀行 1 (青騎士コミックス)

音盤紀行 2 (青騎士コミックス)

 

 

 

 

 

 櫻庭本は、落語速記と近代文学の関係への興味から。その昔、三遊亭圓朝の作品(速記本)を読んでいるという知人に向けて書いた文章で、三遊亭圓朝の速記本が近代文学の言文一致に与えた影響について言及したことがあり、その時からこの問題に関心を持つようになった。

 

 「音盤紀行」は“レコードにまつわる時代も国もさまざまなオムニバス作品集”と帯にある漫画。こんな漫画があるとは知らなかった。ジャズのアナログレコードブームが再来している自分にとってストライクな作品。

 

 木村衣有子さんの本(冊子)は、出たことは知っていたが、置かれる店が限定されているためこれまで手に入らなかった。恵文社一乗寺店は木村さんがバイトをしていた店。買うならここしかないという感じ。

 

 

 店を出て、線路を渡って萩書房へ。しばらく来ていなかったので店がまだあるのか心配だったが、無事営業していた。せっかくだから何か買って帰りたいと思って棚を眺めていると小林信彦の「虚栄の市」と「冬の神話」(ともに角川文庫)が置いてあるのを見つける。金子國義のカバーが見事なこれらの文庫は絶版のままになっており、他の文庫に移ることもなく現在に至っている。そのため結構な値段がついていることも小林信彦ファンなら周知の事実だ。「虚栄の市」を手に取るとやはりそれなりの値段がついている(もっと高い金額がついていることの方が多い)。「冬の神話」を手に取るとその3分の1程度の値段(講談社文芸文庫の新刊の値段くらい)だったのでこれに決める。「虚栄の市」は電子書籍になっていてKindleでも読めるのだが、何故か「冬の神話」は電子書籍化されていない。その意味でもこの文庫の価値は高いと感じる。それにしても金子國義のカバー絵は魅力的だな。

 

 

 叡山電車出町柳まで戻り、17番の市バスで銀閣寺道のバス停で降りる。通りの向こう側に善行堂が見えた。善行堂の中には数人のお客さんがいて、善行さんが熱心に話をしている。話がひと段落つくのを見計らって挨拶をする。今回の京都行きの目的の一つが善行堂で1万円買い物をするということであった。それというのも、以前に自宅で処分に困っていたジャズのアナログレコードを善行堂に送って買い取ってもらった金額が1万円で、その代金は今度善行堂に行った時にその金額分の本を無料でもらうことで支払に換えるという提案をこちらからして善行さんが受け入れてくれたのだ。早速、1万円を目指して棚から本を抜いていく。昭和のテレビ番組「がっちり買いまショウ」(値段のついていない商品を選び、合計が設定された金額であればその商品をもらえるという番組)のようだなと思う。結果は1万6千円と6千円オーバー。番組なら商品没収となるが、こちらは6千円払えば商品は全て手に入るので安心だ(本の買い過ぎは心配だけどね)。

 

 -長谷川郁夫「編集者 漱石」(新潮社)

   -『SIESTE』(午睡書架)第1号・第2号

編集者 漱石

 

 など(他多数)を購入。『SIESTE』は“シュルレアリスムや異端文学”への関心を形にした小冊子とのこと。画家の林哲夫さんも執筆している。

 

 いつものように善行さんと2時間以上おしゃべりをしてしまう。善行堂を堪能して店の前のバス停から17番の市バスで京都駅まで戻る。

 

 ロッカーからボストンバッグを取り出し、そこに本日の収穫を入れて地下鉄で四条烏丸へ。いつもの東横インはどこも満杯。ネットで検索して許容範囲の値段のビジネスホテルの最後の1室とやらを押さえたのが、相鉄系の真新しいホテル。それでも東横インの倍の値段になった。移動の便のいい四条烏丸でこの値段ならよしとするしかない。フロントやエレベーターで顔を合わせるのは外国からの旅行者ばかりだ。

 

 重い荷物は部屋に置いて、ホテルを出て夕食を食べにいく。錦市場寺町通もインバウンドで埋め尽くされている。そこらの店は行列上等という有様なので、何度か利用したことのある京都市役所近くの柳庵という蕎麦屋に行ってみると「休業」の張り紙が。ここのうどんの出汁の味が好きだったのに残念だ。

 

 これは観光客が行かなそうな店を選ぶしかないと京都出身のグレゴリ青山さんの本で京都市民のソウルフード(?)であると知った“餃子の王将”へ。カウンターの空席に潜り込む。炒飯セットを注文して振り返ると順番待ちの人が並び始めており、ここも安全地帯ではないことがわかる。そそくさと食事を済ませて店を出る。

 

 

 歩いて三条大橋を渡り、三条のブックオフへ。ここは以前に小林信彦の「虚栄の市」や「冬の神話」を100円棚で見つけた聖地と呼んでいる場所。もちろん、そんな僥倖はその時一度きり。今回は半額棚から1冊選ぶ。

 

 -石阪幹将「都市の迷宮 地図の中の荷風」(白地社

 

 

 叢書レスプリ・ヌウボオの1冊。内堀弘「ボン書店の幻」が入っているので知られたこの叢書だが、予定された25冊を出し終わることなく消えてしまった。「都市の迷宮」は「ボン書店の幻」と同じ第3回配本。第5回配本に曾根博義先生の「日本人の生命観 その近代的アスペクト」が予定されていたが出ることはなかった。

 

 

 三条大橋を戻り、木屋町通を歩く。善行堂のお客さんの女性が中心となってこの通り沿いの地下に“深夜喫茶 ホール多聞”という店を開いたと善行さんから聞いたので行ってみる。地下ではあるがホールというように比較的広々とした空間となっているため閉塞感のようなものはなく、趣味のいいナイトクラブのような雰囲気(店の人たちの服装もそれを意識しているような感じ)で、居心地がいい。店内にはアナログレコードの音楽が流れている(一度針が飛ぶような音があったのでそれと分かった)。本日のブレンドエチオピア)とはっさくパウンドケーキを頼む。どちらも美味しかった。この空間を使って何かイベントをやりたいと善行さんも言っていたのでまた『sumus』友の会を開催してほしいものだと思う。

 

 

 店を出て木屋町通を歩き、途中から先斗町を歩く。町屋風の狭い路地に店が並び、夜の闇の中に店々の明かりが差してぼんやりと照らされている風情が好きで、ここを歩きたくなる。もちろん、通りは人で埋め尽くされている。気がつけば前後左右は全て外国からの旅行客であり、まるで自分が外国旅行に来たかのような錯覚に陥る。しかし、風景は京都の先斗町なのだからここが“ヴィクトリア朝京都”だと言われても頷くしかないような気がする。

 

 

 寺町通から、錦小路に入り、人影のなくなった錦市場を通って四条烏丸のホテルへ。ホテル近くのセブンイレブンに寄ってみると店内は外国の人ばかり。レジに行くと2名いる店員も外国の人。

 

 自分こそインバウンドなのではないだろうか。

 

 

ホワイトデーと赤いホリディ。

 仕事帰りの駅ビルで、明日職場で配るホワイトデーのチョコなどを購入。

 

 もちろん本屋にも寄る。

 

-別冊太陽「探偵小説の鬼 横溝正史」(平凡社

-宮内悠介「スペース金融道」(河出文庫

 

探偵小説の鬼 横溝正史: 謎の骨格にロマンの衣を着せて (313;313) (別冊太陽)

スペース金融道 (河出文庫 み 35-1)

 

 

 などを購入。

 

 前者は表紙の写真でノックアウト。これは買うしかないという気にさせるポートレイト。巻頭言が小林信彦というのも僕にはうれしい。

 

 後者は“SF作家・宮内悠介の出発点”と呼ばれる作品の文庫化。タイトルは漫画「ナニワ金融道」からとられたと解説にある。雑誌『モーニング』に連載されていた「ナニワ金融道」を愛読してた身としては見逃せない。

 

 

 帰宅して、この冬の定番となった白菜と鶏団子の鍋を作り、食べる。またぞろウォーターサーバーの水の段ボールが山積みとなって来たので水を使う鍋はどうしても定番となる。

 

 食後に、最近買った村上春樹「デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界」(文藝春秋)の影響でレコード棚からデヴィッド・ストーン・マーティンがカバージャケットのイラストを描いたビリー・ホリディの“All or Nothing at all”(Verve)を取り出して聴く。

 

デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界 (文春e-book)

 

 晩年の録音だが、急がず淡々と歌うホリディが魅力的で、赤に包み込まれる彼女の顔のイラストだけでなく、内容もよくて好きなアルバムだ。

 

All Or Nothing at All-Hq- [Analog]

 

還暦の完食。

 朝起きると還暦になっていた。

 

 今日が60歳の誕生日というわけだ。

 

 トースト2枚とアップルジュースにカフェオレの遅めの朝食を済ませて、出かける。

 

 天気が良くて、自宅マンションの階段から富士山がクリアに見える。3月とはいえ、風はまだ冷たいが、VANJACKETのダウンを着込んできたので問題なし。

 

 今日の目的地である銀座に向かう。以前から還暦になったら自分への誕生祝いとしてモンブランのマイスターシュテュック149という万年筆を銀座の伊東屋で買おうと決めていた。149と言えば多くの作家が愛用したことで知られている。これまでペリカンスーべレーンM800を最高峰(最高値)として手頃な国産万年筆を中心に何本も入手はしているが、いつかは149をという思いがあった。そのためこれまでモンブランの万年筆は1本も購入していない。

 

 思い出してみれば、中学生くらいの頃にモンブランの万年筆を父親から貰ったことがあった。父親が誰かからプレゼントされたキャップが黒(鉄製)で軸が黄色(プラスチック)のものでずうっと透明なケースに入って父親の机の上に置かれていたものだった。本好き(物語好き)で小説家に憧れていた中学生にとって万年筆で原稿用紙に向かう姿はカッコいいものだったから、使わないなら譲って欲しいと頼んでもらったものだった。当時すでに“万年筆はモンブランがいいらしい”“小説家はモンブランを使っているらしい”という噂を聞いていたため、その万年筆がもしかしたらモンブランではないかとロゴを注視するとそこには“MONT BLANC”の文字が。英語すらおぼつかない中学生にはそれが“モントブランス”としか読めず、「なんだモンブランじゃないのか」とその万年筆に対する興味が薄れ、あまり使うことなく、引き出しに入れっぱなしになり、結局その後処分してしまった。後年その万年筆がカレラというモンブランの万年筆だということを知るのだが後の祭りだった。

 

 同じ時期に初めて銀座の伊東屋に行った。地元の文房具屋にはコクヨ製の茶色い罫の原稿用紙しか置いておらず、小説家が使うような特別な原稿用紙が欲しくて銀座まで行き、初めて緑色の罫の原稿用紙を購入して、茶色い罫以外の原稿用紙があることに感激した思い出がある(レポート用紙型の緑罫のコクヨ原稿用紙はその当時まだなかったはず)。

 

 院生時代に修士論文を書くため、いい万年筆を買おうとして行ったのも伊東屋だった。その時に購入したのはペリカンスーべレーンM400。論文の出来と万年筆の良し悪しは比例しないのだと思い知らされたが、M400はいまだに手元にあってまだ使っている。

 

 

 これらの思い出から149を買うのは伊東屋と決めていた。だから銀座に向かうのだ。

 

 車中は読みかけの北村薫「中野のお父さんと五つの謎」(文藝春秋)。この“中野のお父さんシリーズ”もこれで4作目となった。このシリーズを愛読しているのはこれが「謎解き小説」の姿をした「書物エッセイ」だから。以前にも書いたが丸谷才一のエッセイが持っていた“書の気”に溢れたエッセイを継承しているのは北村薫が嚆矢だろうと思う。今作も夏目漱石芥川龍之介松本清張久保田万太郎などの文学者以外にも円朝圓生文楽志ん朝などの噺家の話題も豊富に出てくる。両方が好きなこちらには目がない話ばかり。作中に出てくる書名を眺めていると中公文庫の頑張りがよく分かる。文藝春秋から出ている本だが、読むと中公文庫に感謝したくなるから面白い。

 

中野のお父さんと五つの謎 (文春e-book)

 

 銀座に着いて一目散に伊東屋へ。ここの万年筆売り場にはモンブランのコーナーがあって求めていた149も置いてあった。一緒にペンケースとインクも買う。ペンケースは赤にした(還暦だからね)。伊東屋の会員カードを作ったら今回のポイントでインクは入手できた。

 

 

 目的は達したので、あとは銀座を楽しむ。まずは恒例の教文館書店へ。

 

-QBB「古本屋台2」(本の雑誌社

-村上春樹中国行きのスロウ・ボート」(中央公論新社

 

古本屋台2

中国行きのスロウ・ボート (単行本)

 

 

 前者は『本の雑誌』で連載中の古本漫画。毎号楽しみに読んでいる。登場人物として知り合いが出てくるのも楽しい。

 後者は絶版状態になっていた単行本を復刊したもの。文庫本でも持っているし、これまで何度も読んだ村上春樹の最初の短編集だが、安西水丸画の鮮やかなカバーは大きな単行本がよく映えるので購入する。この時代の村上春樹は僕にとっては長編よりも短編作家としての方が魅力的であったことを思い出す。

 

 

 銀座周辺にはいろいろな思い出があるため、ただ歩いているだけで頭の中にいろいろなことが想起される。無くなってしまった近藤書店、イエナ書店、旭屋書店スターウォーズを観に来た東劇を初めとしてマリオンや銀座文化で観た映画の数々。煉瓦亭、銀座スイスなどの洋食。リプトンティルームや太宰・安吾の通ったルパンなどの店等々とキリがない。60年生きるとはそういうことなのだろう。

 

 

 昼を過ぎ、せっかくだからダメもとで日曜もやっている資生堂パーラーへ行ってみる。案の定予約で店はいっぱい。オムライスでも食べようと思っていたのに。日曜の銀座で昼飯時に飯を食おうなんてハードルが高すぎるため、地下鉄で数駅先の神保町へ出ることにする。

 

 

 神保町の日乃屋でカツカレーを食べる。還暦でもカツカレーを食べる元気と気力を持ちたいと思う。とりあえず完食。ただ、ライスの量に対してルーがすこし少ないのではないかと思う。

 

 

 書泉グランデを覗いたら限定復刻のこちらが売っていたので買っておく。

 

-ファニー・グラドック「シャーロック・ホームズ家の料理読本」(朝日文庫

 

シャーロック・ホームズ家の料理読本 (朝日文庫)

 

 前から予約受付中であったので、予約をしていないと買えないかと思ったら、予約なしでも買えた。テレビの料理番組で知られた著者がホームズの下宿先のハドソン夫人になってホームズが食したであろうヴィクトリア朝の料理のレシピを披露した本。

 

 

 書泉グランデの向かいにある喫茶伯剌西爾へ。今日は好きな街で好きな店に入る日として堪能しようという感じ。ぶらじるブレンドとシフォンケーキ。教文館で貰ってきた『図書』3月号やさっき買った「シャーロック・ホームズ家の料理読本」の前書きなどを読む。

 

 

 帰りの車内も北村薫本の続きを読む。日本近代文学館の喫茶コーナーのメニューに《坂口安吾の特製生チョコレートケーキ》なるものがあるらしい。安吾とチョコレートケーキの結びつきが謎だ。学生時代に通った時にはそんなメニューはなかったはず。機会があったら一度行ってみたいと思ううちに読了。間をおかず最寄駅に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

掌に少し余るような喜び。

 

 帰宅して夕食。食後に岩泉ヨーグルトを食す。ラジオでヨーグルトマニアの人が勧めていたヨーグルトで、大谷翔平が唯一食べているヨーグルトと紹介されていて興味を持って取り寄せてみた。無糖と加糖があるが、無糖の方が好み。粘着のあるコクのあるヨーグルト。

 

 ヨーグルトを食べ終わったら、インターホンが鳴る。届いたのは京都善行堂からのユーパック。

中身は2冊の本と善行堂のトートバッグ。

 

-山本善行 撰「衣巻省三作品集 街のスタイル」(国書刊行会

-『ぽかん』10号

 

衣巻省三作品集 街のスタイル

 

 「街のスタイル」は衣巻省三というモダニズム作家の詩と小説を収めた作品集。自分にとっては未知の作家。稲垣足穂の同窓(同級生とも下級生とも)で、佐藤春夫の弟子で、伊藤整と『文芸レビュー』の同人で、太宰治とともに第一回芥川賞の候補者という来歴だけでとても興味深い。掌にちょっと余るような正方形の小体の本。箱入りという風体もいい。

 『ぽかん』は毎回出るのを楽しみにしているミニコミ誌。山田稔の文章が読めるのは今やこの『ぽかん』と『海鳴り』(編集工房ノア)だけだろう。それだけでも手に入れる意味がある。山田稔で始まり、内堀弘(「ボン書店の幻」の著者)で終わる素敵な冊子。こちらも「街のスタイル」とほぼ同じ大きさの正方形。これも好きな形と大きさ。