火曜日はだめよ。

 先週の三連休(土・日・月)は全て仕事だったので、火(17日)・水(18日)と代休を取った。


 今年の春に職場から勤続30年の景品として提携している宿泊施設で使える優待券をもらった。調べてみたら京都にも券を使える宿があることを知った。優待券には有効期限があるし、せっかくだからここで使うことにする。


 17日の朝、家を出て新横浜駅へ。事前にネットで予約していた「のぞみ」に乗ろうと“プラスEX”カードを改札の機械にかざすがエラー音がしてゲートが開かない。有人改札でチェックしてもらうと“東京駅”からの乗車になっているという。何度もやっているネット予約なので何度か来た確認メールも日付と時間だけをチェックして乗車区間は見逃していた。「ネットで予約の変更をしてください」と言われ慌ててスマホをいじる。乗るはずだった「のぞみ」の乗車駅を変更しようとしたのだが、焦っていて同じ電車が検索できず、仕方なく次の「のぞみ」に予約を変更する。直前なので窓側の席は取れず、残っているのは3人がけの真ん中だけ。以前に電源のある窓側の席にパソコンで作業する人が乗っていてずうっとキーボードを叩く音に悩まされた経験があるのでなるべく窓側の席を取るようにしているのだが。


 ありがたいことに窓側の人はスマホを眺めているだけだった。しかし、通路側の人がかなりの巨体で、普通に座っていても肩がこちらの肩にグイッと食い込んでくる感じ。もちろん、こちらも小さい方ではないので文句は言えない。体を小さくして読書に集中することにする。持ってきたのはこの本。


-西東三鬼「神戸・続神戸」(新潮文庫

 

 

神戸・続神戸 (新潮文庫)

神戸・続神戸・俳愚伝 (講談社文芸文庫)

 

 確か講談社文芸文庫版も持っていたと思うが未読。最近新潮文庫に入ったことを知り買っておいた。スピンもついて薄手で扱いやすいのでするっとカバンに入れてきた。面白いという評判は前から聞いていた。昭和17年に東京から逃れて神戸のホテルで暮らすようになった著者が出会う国際都市神戸に集まる内外の印象深い人々との交流を記録したエッセイ集。京阪神に向かう新幹線の中で読むのに丁度いいはずだ。読み始めると評判通りの面白さに湿り気と熱を帯びた隣人の肉肉しい肩の食い込みも気にならなくなる。戦火のしのび寄る戦時下に水商売の女たちが住むホテルの混沌とした雰囲気は坂口安吾の小説のようでもあり、軍から借りた自動車を福岡まで返しに行く知人に拉致される如く同乗者となるその道中は「虎口からの脱出」を思い出す。「神戸」を読み終わる頃には京都着。

 

虎口からの脱出 (新潮文庫)


 火曜日は善行堂が休みということは頭に入っている。本屋回りは水曜日の明日と決めている。今日はぶらぶら歩いて、時間があれば映画でも観るつもりだ。昼過ぎに着いたのでまずは昼食をということで寺町の喫茶店スマートに行ってみる。ここのランチをしばらく食べていない。いつも店の前に入店待ちの人の姿があり、時間に追われていることの多い京都旅行ではパスをすることが多いのだ。今日は時間はたっぷりある。待ち時間には「続神戸」を読めばいい。しかし、店の前に来てみると「火曜日はランチをお休みします」という内容の貼紙がされていて断念。そのまま京都市役所の方へ進み、三月書房に向かう道の途中にあった“柳庵”という蕎麦屋に入る。店の前に書いてあったオススメのカツ丼セットを頼む。カツ丼とうどんのセット。普通のカツ丼が普通にうまい。出汁の効いたうどんもいける。個人的な経験に基づいた見解で言えば、京都で不味いものを食べた記憶がない。安いものも高いものも大抵うまい。これが文化というものなのだろう。


 腹を満たしてそのまま三月書房へと足を進めたがシャッターが閉まっており、そこに「月曜・火曜定休」と書かれていた。善行堂・スマートランチ・三月書房は火曜ダメということを肝に銘ずる。日帰りで京都に来る時は火曜は避けるべし。

 

 新京極にあるシネコンに行き4時からの映画のチケットを買い、その時間までぶらぶらと時間潰しをする。コーヒーが飲みたくなり、もう一度スマートへ行く。少し待って1階の喫茶コーナーに。この店はほとんどが4人がけテーブル。相席ではなく一人でもそこへ通してくれる。なるほど待つ人が出るわけだ。コーヒーだけでは申し訳なくなりホットケーキも頼む。今年に入って休日の朝食にホットケーキを作ることが多くなったので参考にプロのホットケーキも食べておきたい。使っているフライパンの大きさもあるのだろうがこのちょうどいい大きさの見事な円周とグッとくる厚みはやはり喫茶店の味わいだ。自分で作るとこうはいかない。


 腹ごなしに河原町から四条を歩き、ジュンク堂を覗いたり、錦市場をうろついたりして時間を潰す。4時前に映画館に入る。選んだのはアニメの「ONE PIECE STAMPEDE」。わざわざ京都まで来てなんでこの映画をと思われるかも知れないが、仕事や人生のストレスを忘れるために来ているのだから、人生を考えさせるような映画はお呼びではないのだ。ひと時をぼんやりと楽しめればそれでいい。それも映画の効用のひとつだろう。映画は古き良き時代のスター勢揃いの正月映画のように様々な馴染みのキャラクターが次々と出てきてそれらが協力して強大な敵を倒すという話。三船敏郎勝新萬屋錦之助小林旭宍戸錠石原裕次郎藤純子が一緒に出てくる感じとでも言おうか。


 映画館を出るとやはりもう秋らしく夕暮れの風情となっている。暮れなずむ鴨川べりをゆっくり散策したいところだが、今回の宿は夕食付きのため決められた時間までには戻らなくてはならない。河原町のバス停から5番のバスに乗り平安神宮の先にある宿まで帰る。

 

 宿の夕食は京懐石。優待券で宿代が格安となるため一番いいコースを選んでおいた。これが失敗。料理は見事なのだが、酒を飲まない単独者にとっては一品ずつ時間をずらして持ってこられるのは間が持たない。しかも同じ場所で何組かの客が同時に食事をとっているからあまりダラけた姿もできない。中高年の女性二人組がひたすら親族の愚痴をいい続けているのをBGMとして聞き流し、ひたすらデザートにたどり着くのを待つ。7時に始まった食事が終わったのが8時過ぎ。解放された気分で外へ買い物に出る。昼間は汗ばむ陽気であったが、夜となると風が涼しく心地よい。

 

 風が運んでくる匂いが京都動物園の近いことを教えてくれる。平安神宮の夜景を横目にして進むと煌々と光を発している建物が見える。蔦屋書店だ。夜10時まで営業しているらしい。欲しい本は明日まわる本屋で買うつもりなのでここでは前にも買った京都のコーヒーを買う。近くにこんな時間まで開いている本屋があると便利だなと思う。夜の散歩がしたくなるだろう。


 宿に戻ると床がのべられていた。蒲団に横になりながら「続神戸」を読む。「神戸」と「続神戸」は書かれた時期も発表誌も異なる。そのため単なる続編というよりは共通する人物が出てくる別の作品と考えた方がいいと思う。「神戸」では意図的に避けられていた俳句の話題が「続神戸」ではその中心部にせり出てきている。俳人・西東三鬼に関心のある人はこちらの方が興味深いかも。それにしてもこの文庫1冊読むだけで人間・西東三鬼への関心はどうしようもなく高まってしまう。帰ったら積読本の中から「西東三鬼全句集」(角川ソフィア文庫)を探し出して読んでみよう。

 

西東三鬼全句集 (角川ソフィア文庫)


 「続神戸」と森見登美彦の解説を読んで京都1日目終了。

ご本と言えば。

   7月下旬から8月の初めにかけて10日間ほど海外出張に出かけた。

 

 北半球にある英国領であった小さな都市は夏とはいいながらもかなり涼しかった。何枚か持っていった半袖のシャツは一枚も着ることはなく、毎日長袖のシャツにサマージャケットで過ごした。中日を過ぎる頃から食欲がなくなった。ホテルの朝食(4種類のセットから好きなものを選ぶ)はどれも味は悪くないがボリューム満点であったため、朝食を抜くようになっていった。出張の前にひいた風邪がぶり返したのか、微熱を感じるようにもなっていた。持参したパブロンゴールドを朝食抜きで服用し、現地の仕事場のロビーで関係者を迎えていたら、ふっと視界が白くなった。誰かが肩を叩きながら名前を呼んでいるの気付いて目を開けるとロビーの床に倒れていた。その後、ホテルに戻って2時間ほど寝たら何事もなく回復したので食後用の薬を空腹で服用した副作用だと判断した。体調は問題ないのだが、微熱と咳が続くようになった。帰りの飛行機の中でも咳が続くので、周りの乗客に申し訳なかった。ただ、映画の「アベンジャーズ エンドゲーム」と「キングダム」、そしてTVドラマの「カルテット」(3話と4話)が見られたので咳以外は充実した旅であった。

 

 

 翌日、出勤すると出張時の報告を受けた上司から病院に行くように指示を受けたので、退勤してそのまま最寄りの病院へ行くと、レントゲンを撮られ、「なんでもっと早く来なかったんですか。あなた肺炎ですよ」と言われた。人生初の肺炎だった。仕事を休んで、処方された薬を飲んで大人しくしていろという医者の指示であったが、そうも言っていられないので出勤した。肺炎であると報告を受けた上司から休めと言われた。休みたいのだが、自分が分担している仕事があり、それを投げ出すと、限られたスタッフの誰かが二人分の仕事をしなければいけなくなる。締め切りまではそれほど期間がなかった。肺炎といっても熱もそれほどではなく、ただ咳が出るだけなので、職場でパソコンに向かっていたのだが、3日間やって一つもまともなものを仕上げることができない状況に直面し、さすがに自分に見切りをつけた。このまま直前まで抱えて「できませんでした」と投げ出したら、スタッフにとてつもなく迷惑をかける。今ならまだ、対応する時間的余裕が少しはある。投げ出すなら一刻も早い方がいいと考えるしかなかった。白旗を上げ、頭を下げて自宅に帰った。

 

 

 自宅でただぼんやりしていた。何のやる気も湧いてこない。まったく手つかずの状態で仕事を丸投げしたうしろめたさやもっと早くから手をつけていればこれほどの迷惑を掛けずに済んだはずなのだが、幾つになっても締め切りギリギリにならないと集中して仕事に取り組めない己の悪癖にも辟易した。じゃあ、それで反省して前向きに何かを始めるかといえば、そんなことはなく、やはりやる気は出なかった。読もうと思って買ってある山のような積読本にも手は動かず、結局タブレットで漫画を読んだり、NetflixやHuluでドラマやアニメをぼんやりと眺めているばかり。気がついたら、昨年の夏に続いて漫画の「キングダム」全巻を読み返し、アニメの「キングダム」のシーズン1と2を見返していた。

 

 

 その間にも、何度か医者に行き、レントゲンと血液検査をした。レントゲンの肺の白い影にあまり変化がなかったが、血液検査の方の数値は良くなってきているので、大丈夫でしょうと医者は言った。そしてその病院は1週間のお盆休みに入った。

 

 お盆休みの間に体調は回復していった。熱は出なくなった。食欲も普通にある。睡眠もしっかりとれるようになった。咳だけは相変わらず、出つづけてはいたが、「肺炎の咳はしつこいので完治してからも人によっては1ヶ月も残ることがある」と言われていたので気にはならなかった。

 

 

 そのため週明け19日・20日の1泊2日の出張に出かけた。ホテルのホールで40人ほどを相手に喋る仕事だった。2日間で8回。のべ8時間ほどのお喋りをした。やはり、話しているうちに呼吸が少し苦しくなり、声が小さくなってしまう。それでも体調は悪くなかった。出張明けの21日の仕事帰りにいつもの病院に行った。もう治っているだろうと思いながらレントゲンを撮った。医者は「肺の炎症部分がほとんど変わっていない。もう2週間以上経つのにこれはちょっと心配だ。ただの肺炎ではない可能性が高い。紹介状を書くので大きな病院で検査を受けた方が良い」という。治った気でいたこちらには青天の霹靂としか言いようがない。

 

 

 仕方がないので、今朝紹介状を持って一駅先にある近場で一番大きな病院に行った。受付開始時間のかなり前に行ったので受付番号は3番だった。しかし、CTを撮ったり、血液検査をしたりして結局終わったのは昼過ぎであった。待ち時間がたっぷりあったので、持参したこの本を読み終えることができた。

 

 

-小林信彦「大統領の密使/大統領の晩餐」(フリースタイル)

 

大統領の密使/大統領の晩餐 (小林信彦コレクション)

 

 フリースタイルが出している“小林信彦コレクション”の1冊。すでに「極東セレナーデ」と「唐獅子株式会社」の2冊が出ているのでこれが3冊目。この夏に書店に並んだのだが、実際に出版予定は1年以上前であった。当てもなくただ待っていることには慣れているのでいつかは出るだろうと気長に待っていたのだが、やっと手に入った。雑誌連載時の小林泰彦画伯の挿画も入っているのが嬉しい。両方の作品ともすでに3回以上は読んでいるのだが、それでも前に読んだのは10年以上前だから新鮮な気持ちで読める。そして読みながら「ああ、そうそう」、「このフレーズ懐かしい」、「このエピソードはこの作品ででてきたのか」など様々なことが思い出されて濃密な時間を過ごせる。中学生になってすぐ、近所の本屋の店主に勧められて、角川文庫の「オヨヨ島の冒険」「怪人オヨヨ大統領」「オヨヨ城の秘密」のジュブナイル3部作を読んで夢中になり、そのまま大人向けの「オヨヨ大統領の密使」に突入した。中学生にあの豊穣なパロディ世界を楽しめる知識はなく、前の3冊とは随分違うなという違和感を抱きながらも、でもここには何かすごいものが書かれているのではないかと言う漠然とした思いがあり、そのまま「大統領の晩餐」「合言葉はオヨヨ」「秘密指令オヨヨ」と読み進んで行った。このシリーズのスピンオフとも言える「オヨヨ大統領の悪夢」を繰り返し読んだ時にはもう大学生になっていた。

 

 

 今から考えると、小学6年生の時に読んだ新潮文庫夏目漱石「こころ」と中学1年生で読み始めた角川文庫のオヨヨ大統領シリーズが自分の文学周辺への興味関心のコアのようなものを作った「本」なのだと分かる。僕にとって「本」と言えば、これらの文庫本がまずその筆頭として頭に浮かんでくる。そしてこの歳になった現在でもそのコアの部分はほとんど変わっていないことも実感する。

 

 

 検査の結果は概ね良好であり、担当医の診断は「間質性肺炎の可能性も考えたが、血液検査の数値を見るとその可能性は低いと思われる。ただ、100パーセントないとは言い切れないので状態が急変するようなことがあったらすぐ来院するように」と言うことであった。とりあえず、ほっとする。9月初頭にもう一度経過確認のため診察を受ける予約を入れて病院を後にする。

 

 

 

 昼過ぎに出勤し、状況を報告。いくつか片付けなければいけない仕事を済ませて、4時過ぎに退勤。本屋へ。

 

 

-大岡昇平「成城だより 付・作家の日記」(中公文庫)

-石割透編「久米正雄作品集」(岩波文庫

-堀井憲一郎「教養として学んでおきたい落語」(マイナビ新書)

 

成城だより-付・作家の日記 (中公文庫)

 

 

久米正雄作品集 (岩波文庫 緑 224-1)

 

 

教養として学んでおきたい落語 (マイナビ新書)

 

 「成城だより」は中公文庫の新刊。すでに講談社文芸文庫版で持っているのだが、大好きな日記なのでこちらでも揃えたい。「成城だよりⅡ」は9月刊行予定。70代になった大岡昇平が好奇心旺盛にアレコレに関わっていくその姿に魅了される。それよりも20歳近く若い今の自分が何もする気になれないなんて言っていることがこれを読み直せばちゃんちゃらおかしいと思えるはずだ。

 

 「久米正雄作品集」は芥川龍之介菊池寛の影に隠れてあまり注目されない新思潮派の久米正雄の小説・随筆・俳句を収録している。正直、久米正雄の作品をちゃんと読んだことがない。この機会に読んでみたいと購入。

 

 

 堀井憲一郎の落語本は迷うことなく買うことに決めている。軽い入門書という体裁のため通常の新書より薄くページ数も少ないのが残念。「あとがき」の最後に「落語があるかぎりは日本は大丈夫だ、と私はおもっている」という著者の思いに自分も賛同したいと思う。

「銭湯断片日記」を買った日。

4月から始まった仕事の新体制にもようやく慣れてきたのだが、やはり疲れる。

 

 

 昨日は、夕方から歯医者の予約が入っていたので少し早めに退勤する。疲労感からか何やら甘いものが食べたくなったので、パンケーキミックスを買って帰り、大きめのパンケーキを3枚焼いて夕食にした。1枚目は火力弱く失敗。2枚目はまあまあ。3枚目はこんがり上出来。パンケーキがうまく焼けただけで自分を褒めてやりたくなるのは仕事で自分を褒めることができていないからかもしれない。

 

 

 

 今日から9連休。しかしそれは職場の話。自分の仕事がないのは今日1日だけ。明日から6日までは連日仕事が続く。だから今日は唯一の休日。7時まで寝ていようと思ったのだが、快晴の朝日が部屋に差し込み6時に目が覚めてしまう。寝足りないのだが、眠くない。仕方がないので起きて朝風呂。

 

 

 

 湯舟に睡眠不満足の体を横たえながら、「夢の中で会えるでしょう」のいろいろなバージョンを聴く。この間、ザ・キングトーンズの内田正人さんが亡くなった。その記事を読んでいて氏が自分の職場と関わりのあった人であることを知った。TOKYOFMの「山下達郎のサンデー・ソングブック」が2週連続で内田正人追悼企画を行っていた。ザ・キングトーンズ山下達郎大瀧詠一の関係など興味深いプログラムであったが、ザ・キングトーンズのために曲を書いたミュージシャンに高野寛がいて、その曲が「夢の中で会えるでしょう」であることも知った。

高野寛自身のバージョンや彼とザ・キングトーンズの共演、鈴木雅之のカバーアルバムに高野寛が参加したものなどそれぞれ悪くないのだが、やはりザ・キングトーンズの1995年のアルバム「SOUL MATES」で彼らが歌うバージョンが一番好きだな。

 


夢の中で会えるでしょう/高野寛 & キングトーンズ

 

 トーストとハムエッグの遅い朝食を済ませ、昼前に家を出る。貴重な休日を好きな本を買うために費やすつもり。これが絶好のストレス解消であることを平成の御代よりも長い人生で学んだ。

 

 

 

 駅に向かうバスに乗る時にカバンに本を入れてくるのを忘れたことに気づく。今日の携帯本を北村薫「中野のお父さんは謎を解くか」(文藝春秋)と決め、車内で読むのを楽しみにしていたのに残念だ。このライトな“円紫師匠と私”シリーズとも言える本に関わる日常の謎を解くシリーズは楽しくて、第1作「中野のお父さん」に続いてこの第2作も面白く読んでいた。これまでに短編を3つ読んだ。4つ目の「パスは通ったのか」に早稲田の古書現世店主の向井透史さんが書いた「早稲田古本屋日録」(右文書院)が出てくることを知り、今日満を辞してこれを読むつもりだったのに。

 

 

中野のお父さんは謎を解くか

 

 

 仕方がないので、駅ビルの本屋で代わりに読むための文庫本を買う。

 

-宮部みゆき「誰か somebody」(文春文庫)

 

 

誰か―Somebody (文春文庫)

 

 

 これまで新作・準新作の2冊を読んだ“杉村三郎シリーズ”の第1作。いよいよ私立探偵杉村三郎が誕生する前史を辿ることになった。

 

 

 

 宮部みゆきクオリティと電車の心地よい揺れで気持ちよく読書が進むうちに神保町に到着。東京堂書店で2冊。

 

-山本善行×清水裕也「古書店主とお客さんによる古本入門 漱石全集を買った日」(夏葉社)

-高木伸幸編「井上靖未発表初期短篇集」(七月社)

 

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井上靖 未発表初期短篇集

 

 前者は京都の古本屋“善行堂”店主の山本善行さんと夏葉社のコラボ本の1冊。これまでもこのコラボで魅力的な本を何冊も出している。もちろんこれも迷わず買います。

 

 

 後者は故曾根博義先生の企画立案していた本がその遺志をついで出版されたということが書かれていたのでこちらも買わないわけにはいかない。この本に収録されている未発表初期作品草稿が発見され時にその整理を行った曾根先生が書いた解説も収録されている。

 

 

 

 神田伯剌西爾で神田ブレンドとカボチャタルトを頼み、「漱石全集を買った日」の善行さんによる前書きを読む。対話する古書店主の面目躍如の姿にこの本を読む意気が揚がる。

 

 

 

 

 神保町から地下鉄を乗り継いで雑司ヶ谷駅へ。この駅はいつも風が強く吹いている。エスカレーターに乗りながらまるで自分がT.M.Revolutionにでもなったような気分になる(この喩えも平成とともに忘れられていくのだろうな)。風の中で今日初めてツイッターを開いて本日が谷中千駄木一箱古本市開催日であることを知る。知っていたら午前中に寄ったのにと思うが後の祭り。

 

 

 

 歩いて古書往来座へ。店番ののむみちさんに挨拶をし、店内をぐるりと回る。いつ来ても本は豊富であり、ジャンルも多彩でいい本屋だなあと思う。次の場所まで30分以上時間を潰さなければならなかったのだが店内にいるとそんな時間はあっという間に過ぎていく。新刊の時には値段が折り合わず見合わせた本をここで購入。

 

 

-渡部直己編著「日本批評大全」(河出書房新社

 

 

日本批評大全

 

 

 のむみちさんとあれこれおしゃべりをしているうちにちょうどいい時間となったので店を後にする。目白駅方面に向かって歩き、ちょうど3時少し前にブック・ギャラリー・ポポタムに到着。今日の目的はここにあった。

 

 

 イラストレーターの武藤良子さんが金沢の限定本出版社“龜鳴屋”から新刊「銭湯断片日記」を出版し、その記念イベントが昨日までの3日間ポポタムで開かれていた。しかし仕事で行けず、せめて本だけでも手に入れたいと取り置きを武藤さんにお願いしておいたのだ。日曜の今日取りに行くと武藤さんにメッセージを送り、ポポタムが今日は搬入日のため休みであることを知る。それでも午後3時には店主の大林さんが店にいるからと教えてもらい時間を見計らってこちらに来たというわけ。

休みにも拘らず、大林さんは店内にまだ並べてあった龜鳴屋の本を見せてくれた。本来、限定本を通販で扱うこの出版社の本を店頭で買える機会はほとんどない。そんな機会を独り占めする恍惚と喜びを抱きながら、持っていなかった本を購入。

 

-武藤良子「銭湯断片日記」

-室生洲々子編「犀星スタイル」(絵・武藤良子

-田中康義「豆腐屋はオカラもつくる 映画監督小津安二郎のこと」

 

 

 

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 以上の龜鳴屋本の他に武藤さんが題字を書いた石神井書林の古書目録104号も手に入れた。石神井書林内堀弘さんも僕同様武藤さんの書き文字に魅せられた一人だ。「銭湯断片日記」には栞として内堀さんが書いた「武藤さんの字」という短文が入っている。古書目録100号の題字を武藤さんに依頼した時の思い出を書いたもの。僕もその昔、職場で作ったTシャツに武藤さんの字で勤め先の名称を書いてもらったことがある。そのTシャツは今でも大事に手元に残してある。武藤さんが自分の書き文字で曇天画のTシャツを作るよりちょっと前の話だ。武藤文字でTシャツを作ったのは自分が最初ではないかと内心自慢に思っている。 

 

 

 

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 取り置きをお願いした「銭湯断片日記」には、武藤さんのイラストと文字をあしらったポポタム限定カバーが付けられ、武藤さんのサインと限定079番の数字(書き文字)が入っていた。

 

【追記】

漱石全集を買った日」の装画も武藤さんだったことを後で知った。

呉越同舟からの湯舟。

 27日に屋内仕事の関係で、静岡の浜松へ行った。仕事は午後3時過ぎに終わった。せっかくここまで足を伸ばしかけたのだから、もう少し先まで伸ばしたい。その先には京都がある。

 

 

 27日の夕方に京都着。静岡行きの仕事が決まった時にすでにネットで宿は押さえてあった。手頃な値段で宿をとるのは平日でも簡単ではないのが今の京都である。その昔には定宿としていた四条烏丸東横インはここ数年全く相手にされない。今回も初めてその名前を知ったビジネスホテルにどうにか予約を入れることができた。行ってみて何故ここが空いていたのかが分かった。真新しいロビーには開業を祝う花が並んでいた。まだそれほど知られていないホテルなのだ。ロビーにはフロントと呼ぶのがためらわれるような小さなカウンターがあり、その横に女性が一人立っているだけ。名前を告げるとカードキーを渡され、隣の機械で宿泊税200円を払えという。カードキーを機械に入れ、200円を払ってチェックイン完了。アメニティも部屋着も必要なものはそこにある棚から持っていくシステム。人件費を押さえて収益をあげようというのだろう。ビジネスの旅でただ宿泊できればいいという人にはこちらの方が気楽なのかも知れない。

 

 

 ホテルに荷物を置いて、まだ日が暮れ切らない街に出る。高瀬川沿いの木屋町通では川の中にライトが設置され、川岸の桜をライトアップしている。ただ、今年の桜の開花は個体差が激しく、満開に近いものもあれば、まだ芽吹いてさえいないのではないかと思わせる枝枝しいものまである。そのため、桜並木というような印象は受けない。4、5日遅ければもっと桜を堪能できたんだろうな。古本屋は店仕舞いをし始める時間なので、それは明日にとっておき、遅くまでやっているレコード屋をせめることにする。

 

 河原町のホテルから京都市役所まで歩き、京都に来れば必ず寄る「100000tアーロントコ」と「ワークショップレコード」の入っているビルの前までくる。この先にある三月書房がまだ開いているかも知れないと行ってみるとその通りだった。

 

-いしいしんじ「きんじょ」(ミシマ社)

-「感想文集『天野さんの傘』」(ぽかん編集部)

 

きんじよ (手売りブックス)

 

 

 三月書房に来るとこの店らしい本が買いたくなる。例えば編集工房ノアの本や『ぽかん』といった関西のミニコミなど。「きんじょ」は京都にあるミシマ社の“手売りブックス”の1冊。京都に住む作家の京都での日々を描くエッセイ。「感想文集『天野さんの傘』」は第5回鎌倉ブックフェスタ参加を記念して作られた小冊子。たぶん持っていると思うのだが、目次の執筆者の顔ぶれを見るとたとえダブっていたとしても欲しくなる。服部滋扉野良人林哲夫真治彩、福田和美他。表紙のイラストは林哲夫画伯。

 

 

 道を戻って「アーロントコ」へ。ジャズレコードの棚が増えていて漁りがいがある。値段も手頃で欲しいものがあれこれあるが、まだ序盤だ、この後には「ワークショップレコード」も控えているので2枚に絞った。

 

-「KENNY BURRELL」(Prestige )

-「BIRD FEATHERS」(new jazz)

 

Prestige 7088

Bird Feathers

 

 

 

 

 1階上の「ワークショップレコード」は木曜定休で休みだった。レコードを手に京都を歩く。夕食はいつも新京極スタンドか王将のどちらにするか悩んだが、王将は地元にある店なので、やはりここにしかないスタンドに入る。トンカツ定食を食べながら、耳に入ってくる日本語(京都弁・大阪弁)と英語の割合がほぼ半半という状況に気づく。どこへ行っても当たり前に外国人がいる。それが京都。

 

 

 鴨川沿いやシャッターの降り始めた錦市場などいつもの好きな道をブラブラと歩いてホテルに戻る。部屋で読みさしの横山秀夫ノースライト」の続きを読む。

 

 

 朝になり29日。7時過ぎにホテルをチェックアウト(これも機械にカードキーを入れるだけ)。京都駅のコインロッカーに大きな荷物(昨日買ったものなど)を預けてから活動開始。まずは四条に戻っていつもの前田珈琲でモーニング。進々堂製のイギリスパンがうまい。

 

 歩いて三条近くのシネコンへ。昼近くにならないとお目当の古本屋は開かない。それまでの時間調整に映画を観ようと思い立つ。「グリーンブック」が観たかったのだが、時間が合わず、9時台に始まり11時台に終わる「スパイダーマン スパイダーバース」を選ぶ。アカデミー賞のアニメ部門を受賞した作品。3Dアニメーション作品なのだが、クオリティーが高く、一時期のような違和感を感じない。マーベル映画なので、アニメなのだがワンシーンだけスタン・リーが登場する。まだこの作品製作時には存命だったんだなと思う。多次元世界もので、人種も性別もバラバラなスパイダーパーソン(?)たちが活躍する(ブタも混じっているのでパーソンとも言えないのだが)。アカデミー賞受賞作品だから、最後まで飽きずに楽しめた。ただ、平日の午前の回とあって観客は少なく、ギャグのシーンでも笑い声も聞こえないというのはちょっと寂しかった。

 

 

 

 さあ、お待ちかねの昼が来た。出町柳で自転車を借り、出町桝形商店街へ。前回来た時には開いてなかった古本屋「エルカミノ」がやっていたので入る。図録や美術書など大判の本が多い印象。店頭に100円で「エルマガジン」のバックナンバーが並んでいて、その先頭にあったのが恵文社一条店前で山本善行さんが後に作家となる松田青子さんと共に表紙を飾っている本屋特集号。挨拶がわりにこれを買う。

 

 

 その隣ある出町座に入る。前回はただ映画館という認識だったために素通りしたのが、後で中にブックカフェがあることを知り、今回は入る。カフェの壁をぐるっと古本と新刊の棚が覆っている。先を急ぐので棚を観ただけで出てきたが、次はカフェでコーヒーを飲むことにしよう。

 

 

 この後は最近の定番コース。丸太町通からちょっと入った誠光社へ。

 

-辻井タカヒロ「京都ケチケチ買い物案内」(誠光社)

 

 

 この店が出版元となっている本。家族からケチ呼ばわりされる作者が京都の古本屋やレコード屋などを巡るマンガ。

 

 

 次は二条通の蔦屋書店。花粉症対策の薬服用のためすぐに用を足したくなる。ここのトイレを借りたのでお礼がわりに本ではなくコーヒーを買う。五木寛之の新書を探している年配の男性が、店員に「ここの棚は作家ごとに並んでいないからどこに目当の本があるのかわからない」と言っていた。僕のような人間は作家順ではなく、書店員の個性が現れる内容別の分類や文脈棚を面白く思うが、そうではない人たちにとっては作家別の棚の方が本を見つけやすいいい棚なのだということに今更ながらに気づかされた。

 

 

 そこから白川通のスーパー「フレスコ」近くにある「ホホホ座」へ。

 

-坂口安吾安吾人生案内」(三田産業)

 

安吾人生案内

 

 最近、安吾の本を積極的に出している神戸の出版社。以前にここが出した「安吾巷談」も持っている。

 

 

 

 時刻は2時を過ぎた。まだ昼食を食べていない。次の目的地は善行堂。ここではゆっくりと腰を落ち着けたい。そのためにもしっかりと栄養補給をしておきたい。善行堂の前を通り過ぎ、あれこれ店を物色していたら店前の黒板に「本日のごはんプレート サーロインステーキ」とあるのを発見。それに惹かれて入ってみるとそこは猫カフェだった。猫は嫌いじゃないし、腹は減っているし、今更出るのもかっこ悪いし、でテーブルにつく。そのテーブルの上を悠然と猫が歩いている。客の大半は常連で、店内の猫を名前で呼び愛でている。僕以外は全て女性客。店主も店員も女性。出てきたステーキをサクッと平らげ、店を出る。肉は美味しかった。

 

 

 前回も寄ったスタンドコーヒーの店でブレンドコーヒーを二つテイクアウトし、善行堂へ。ツイッターで善行さんが店にいることは分かっていた。コーヒーを飲みながら、善行さんが最近始めたツイッターの話をする。このブログとは違う名称でツイッターをやっているため、自分のツイッターをフォローした人物が僕だと最初はわからなかったが、あれこれ調べてみるうちに気づいたと言われる。善行さんは店には並べきれていないバックヤードにある本をツイッターで紹介することを始めている。新しい道具を手に入れた高揚感のようなものを感じた。棚をじっくり見てあれこれ購入。

 

-小林信彦「小説世界のロビンソン」(新潮文庫

-山口昌男「回想の人類学」(晶文社

-塚本邦雄「星月夜の書」(湯川書房

-富士川英郎「讀書游心」(小澤書店)

 

 

 

 

 「小説世界のロビンソン」は小説家の書いた文学エッセイの中でも好きなものの一つであり、小林信彦作品の中でも最も好きなものの一つ。後に別の題名で別の出版社から再編集されて出されたが、短縮版だったため、このオリジナル版の方を愛読している。絶版なので何冊持っていてもいい。誰かにあげることもできるから。

 最後の2冊は内容以上に本としての佇まいに惹かれて購入。特に小澤書店の本に対する思い入れの強さにいつも感心する。そして小澤書店の本には精興社の文字がよく似合う。

 

 

 

 善行さんが、ジャズのレコードから大瀧詠一「ロング・バケーション」のレコードに変える。店の中が一挙にポップになる。これはやはりいいアルバムだと2人で話す。

 

 1時間半ほどを過ごして善行堂を後にする。自転車を返し、昨日休みであった「ワークショップレコード」に寄る。しかし、何故か今日はこちらの思いとあちらの棚がかみ合わず何も買わずに店を出る。こんな日もある。

 

 

 

 京都駅に戻り、荷物を取り出し、夕食用に「鹿児島味噌カツと生姜焼き弁当」を購入。京都駅でなぜ「鹿児島」なのかとも思うが、食べたい弁当がこれだから仕方がない。

 

 

 帰りの新幹線で、弁当と読書。「ノースライト」の続きを読む。この作品ではブルーノ・タウトが重要な役割を担っている。巻末の参考文献もタウトに関わるものばかりである。僕がタウトの名前を知ったのは高校時代に坂口安吾の「日本文化私観」を読んだ時。タウトの書いた「日本文化私観」を読んだ安吾は、桂離宮法隆寺に美を感んじるタウトに反発を感じ、「必要としての美」を持った工場や刑務所の美をより上位のものと位置付けた。

 

 タウトに魅せられた登場人物たちの家族回復の物語である「ノースライト」と坂口安吾の本(「安吾人生案内」)がカバンの中で一緒に仲良く収まっている偶然を楽しむ。

 

 

 帰宅して、風呂に入る。BGMは善行堂で「ロング・バケーション」を聴いたのでこれにする。

 

-大瀧詠一NIAGARA CONCERT '83」(niagara records)

 

NIAGARA CONCERT '83(初回生産限定盤)(DVD付)(特典なし)

 

 

 呉越同舟もいいが、旅を思い出しながらの湯舟もまた格別である。

 

64はどこへ行く。

  勤続30年を祝ってやるから来いと言われて本社に当たる所へ行く。

 

 大広間のような場所で組織の一番偉い人から感謝状をもらう。テレビや雑誌ではよく見かけるのだが、僕のような下々の者には実物を間近で見る機会はあまりないので、「あ、動いている」と素直に驚く。

 

 正直、偉い人にも感謝状にも興味はほとんどない。ただ、平成元年同期入社の人たちと会えるのが楽しみだった。表彰式の後の懇親会で久しぶりに話をする。同期と言っても年齢は僕よりも少し上の人が多い。みんな老けたなあと思うが、あちらもこちらに対してそう思っているのだということに思い至って苦笑するしかない。まあ、クビにもならず、死ぬこともなく今日の日を迎えられたことを喜ぶことにする。

 

 

 昼過ぎに散会し、職場へと戻る。出張扱いなので、これで直帰してもいいのだが、心配事もあるので顔を出しておきたいのだ。この春の人事で給料はほとんど変わらないのに、仕事と責任は倍加する役割を割り振られた。この数年は、責任のあまりない立場で自分の仕事をしていればよかったので、お前も給料もらっているのだからもっと働けよということなのだろう。その仕事を始めてからなかなか物事が思うように進まず、ここ2週間ほどモヤモヤとした時間を過ごしている。職場に戻るのはその余波とも言える。

 

 

 職場までの車中ではこれを読む。

 

-横山秀夫ノースライト」(新潮社)

 

ノースライト

 

 「64」以来6年ぶりの長編ミステリーと帯にある。「64」を面白く読んだという思いがあり、こちらも手に取った。建築士の主人公が設計した信濃追分にある家の施主の一家の姿が消える。その謎を主人公が追っていく。主人公は妻と離婚し、中学生の娘とは決められた日に会うことができるだけ。この設定が先日読んだ宮部みゆき「昨日がなければ明日もない」(文藝春秋)の主人公・杉村三郎を思い出させる。主人公が信濃追分の家を訪れ、謎の椅子を発見するところまで読んだ。これから物語が動き出し、面白くなっていく予感がする。2年前の夏に信濃追分に行き、シャーロック・ホームズ像を見てきたので、その近くにある「Y邸」の場所がイメージしやすいのもうれしい。

 

 

 乗り換え駅の神保町で下車し、東京堂へ寄る。

 

 

-荻原魚雷「古書古書話」(本の雑誌社

 

 

古書古書話

 

 地元の本屋は、雑誌である『本の雑誌』は入荷するのだが、本の雑誌社の単行本は入ってこない。そのためこちらで購入。サイン本が置いてあったので、やはりここで買ってよかった。

 

 

 

 職場へ戻り、貰ってきた賞状を置き、お土産の紅白饅頭を食べ、二つ三つ仕事を片付けて帰る。先程の懇親会では久闊を叙すのに忙しく、サラダぐらいしか口にできなかったので、駅ビルの大戸屋へ。いつもの鶏と野菜の黒酢あん単品と手作り豆腐を頼む。すると、これまでは同じ盆にのってきた豆腐だけ先に持ってこられ、黒酢あんの方を待つことに。僕にとって豆腐はライスの代わりだから、これだけ持ってこられても困るのだ。それにホール係が僕よりも年配と思われる人になっており、これまでの人たちと明らかに違う。何があったのだろう。ここの大戸屋には来るたびに驚かされる。

 

 黒酢あんを待つ間に、「古書古書話」のあとがきを読む。冒頭「人知れず文筆稼業三十年。」とあり、魚雷さんがライターを始めたのと自分が今の職場に勤めはじめたのが同じ年であることを知る。

 

 

 

 帰宅して、身に浴びた花粉を落とすために風呂に入る。湯船に浸かりながら、吉田拓郎全部だきしめて」を聴く。最近、この曲を繰り返し聴いている。きっかけは、ピエール瀧の逮捕だ。彼が木曜日のパートナーをつとめているTBSラジオ赤江珠緒たまむすび」で、逮捕報道のあった翌日の水曜日にパーソナリティー赤江珠緒が涙ながらに彼への思いを語った後に流したのがこの曲だった。通勤のバスの中で「たまむすび」を聴くのを日課にしている者にとって、各曜日の中でも木曜日を一番楽しみにしていた者にとって、このニュースの衝撃は思いがけなく強いものだった。「たまむすび」を聴く気になれず、何日もたった後にやっとradikoのタイムフリーで水曜日の放送を聴いた。そこでかかっていた「全部だきしめて」に込められた番組スタッフの思いを考えつつ、「いい曲だな」と思った。前から知っている曲だったが、その歌詞の意味まで意識して聴いたのは初めてかも知れない。ラジオだけでなく、役者としてのピエール瀧も好きだった。「あまちゃん」の寿司屋も「いだてん」のたび屋も「陸王」の敵役も好きだった。NHKドラマの「64」で原作通りの厳つい顔の報道官もよかった。録画は消さずにとってある。彼の逮捕を受けて、「あまちゃん」の再放送が中止されたとか、「64」が動画配信サービスから姿を消したとか、電気グルーヴ音楽配信が止まったとかいう話を聞くと悲しくなる。彼が罪を犯したことを否定するつもりはないし、その罪を彼が償はなければいけないのは当然だと思うが、彼の参加した映画やドラマや音楽を排除することが彼の罪の償いになることもその更生になることもない。個人的には、「あまちゃん」はDVDで、「いだてん」の放送分と「64」はHDへの録画でこれからも見ることができるのがせめてもの慰めである。

 

 

 僕が勤め始めた平成元年は昭和64年として始まった。平成31年として始まった今年はもうすぐ別のものになろうとしている。64から始まった僕の仕事も残り10年。いったいどこへと向かうのやら。

 


吉田拓郎 全部だきしめて

昨日があるから今日がある。

 昨日は誕生日だった。

 

 

 だからと言って特に何があるわけでもない。4月からは忙しくなることが予想されるため今年初めての墓参りに行くことにした。

 

 

 2時間弱の電車の旅のお供は、これ。

 

 

-宮部みゆき「希望荘」(文春文庫)

 

 

希望荘 (文春文庫)

 

 

 “杉村三郎シリーズ”第4弾。4つの短編が入っている。作者が「どうしても震災当日のことを書いておきたくて」2011年の設定で書いた「二重身」を読む。実は宮部みゆき作品は「蒲生邸事件」しか読んだことがない。その1作だけでも彼女が優れたストーリーテラーであることはよくわかった。「希望荘」の作品群を読んでもその印象は変わらない。どの短編も人間ドラマを印象深く読ませてくれる。

 

 

 墓参りを済ませて、知人のパン屋まで足を伸ばす。職場で配るホワイトデー用の菓子を頼んであり、それを取りに行く。

 

 

 

 店内で買ったパンを食べながら、知人と少し話す。知人の娘も店に来ていた。この間生まれたばかりだと思っていたがもう2歳だという。知人と出会ったのは平成2年。その時彼は中学生だった。その彼が親となっていると思うと感慨深い。

 

 

 

 行きの電車で「希望荘」を読み終えてしまったので、帰りはこちらを読む。

 

 

-横田順彌「快絶壮遊[天狗倶楽部]明治バンカラ交遊録」(ハヤカワ文庫)

 

 

快絶壮遊〔天狗倶楽部〕 明治バンカラ交遊録 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 大河ドラマ「いだてん」の関係書籍ということで、最近文庫化された本。巻頭に天狗倶楽部のメンバー表が載っていて総勢は100名を超えるという。

 

 

 

 

 

 乗り換えの神保町で、無性に“杉村三郎シリーズ”の続きが読みたくなり、三省堂に寄って最新刊の単行本を購入。

 

 

 

-宮部みゆき「昨日がなければ明日もない」(文藝春秋

 

 

昨日がなければ明日もない

 

 

 

 こちらも3つの短編を収めた作品集。いや長さからいったら中編集か。最初の「絶対零度」は180ページほどの長さがある。設定は震災後の2011年11月。直接ではないが、震災の存在が背景として感じられるように書かれている。決して明るい話ではないが、人間の善意と悪意がじっくりと書かれていて読ませる。

 

 

 

 

 

 帰宅して、買ってきたパンに焦がしキャベツとベーコンのスープで夕食。「いだてん」と「水曜どうでしょう Classic」を観て就寝。

 

 

 

 今日は、2時46分に職場で黙祷があった。職場の同じ部屋で8年前に大きな揺れを感じたのが昨日のようだ。スマートホンから溜まったポイントを使った寄付をする。少額だが、震災を忘れないように自分に言い聞かせるための行為。

 

 

 今年もこの歌を聴く。毎年同じことを繰り返すのも忘れないため。忘れたいことや忘れた方がよいことは色々あるが、忘れてはいけないこともある。


アン・サリー「満月の夕 」

 

極楽までに何買える。

 

 

 

 

 先日、職場の同僚が亡くなった。病気療養で休職をしていたのだが、体調もよくなり、この春から復帰するつもりであると正月に届いた年賀状にも書いてあった。ああ、元気なんだなあとホッとしていたのだが、病気とはまったく関係のない事故で復帰の夢はかなわなかった。

 

 

 ただ、その事故は彼が学生時代からずうっと続けていた大好きな趣味の最中に起こったことだった。行きたくもない場所でやりたくもないことをやって命を落としたのではなかった。誰かのミスに巻き込まれたのではなかった。自分の好きなことに熱中している時のアクシデントだった。それが不幸中の幸いだと思う。通夜で彼の安らかな顔を見ながら、あと何年生きるか分からないが、自分も好きなことをやりながら死にたいものだと思った。

 

 

 

 そうは言っても、彼のようなスポーツをやる趣味のない僕にとって、好きなことをやりながらの最期とは、本屋か自宅で本の下敷きになっている自分の姿くらいしか想像はできないが。

 

 

 

 ということで、今日も好きな本を買いに行く。

 

 

 車中は、橋本倫史「ドライブイン探訪」(筑摩書房)を読みながら。橋本さんが個人で出していたミニコミ『月刊ドライブイン』全12冊を加筆修正して単行本にしたもの。『月刊ドライブイン』は、行きつけの古本屋や新刊書店に置いてあるのを見かけると買っていたのだが、全てを買い揃えることができなかったので、1冊にまとめられたのはありがたい。1982年生まれの著者が物心ついた時にはすでにドライブインの時代は終わっており、車で出かけても寄るのはファミレスやマクドナルドだったという。著者より20年近く前に生まれたこちらは、子供の頃に車に乗せられて街道を走れば、道の左右には数え切れないほどのドライブインがあった。車で出かけてチェーン店のファミレスに初めて入った時には大学生になっていた。その後、院生の時に女友達とディズニーランドに車で行った帰りに食事をしたのは、ファミレスの藍屋だったから、もうその頃にはドライブインは姿をずいぶんと減らしていたのだろう。そして、今や絶滅危惧種となったドライブインを全国200軒近くまわり、その中から再訪して店主に話を聞いた20軒ほどの記録がこの本に収められている。読み始めてすぐに気づくのは、これはそのドライブインを経営していた人々の記録だけではなく、その店があった町の歴史であり、ドライブインの時代を築き、そしてそれを失っていった日本という国の歴史の記録でもあるということだ。著者は古い雑誌やその地方の記録などにも目を通し、1軒のドライブインが存在する(した)というドラマを奥行き深く、丹念に描き出している。

 

ドライブイン探訪 (単行本)

 

 

 本を買う前に寄りたい場所があるので、地下鉄を乗り継いで日本橋駅で下車。B8出口を出てすぐのビルの2階にあるレストランへ入る。近江牛が売りのこのレストランの店長が知り合いなのだ。実はそのことを知ったのは今年に入ってから。知人たちとの新年会で、久しぶりに会って「じゃあ、そのうち食べに行くよ」と約束したのを思い出したというわけ。カウンターとテーブル席が5席ほどという小さい店のため、満席だったら場所だけ確認しておこうと思ったのだが、ビジネス街の日本橋の日曜はそれほど人も多くなく、席も空いていた。店内に知人の姿はなく、奥にいるのかもしれないが、海原雄山じゃないんだから「店長を呼べ」と言うのも迷惑なので、黙ってカウンターに座る。せっかく近江牛専門店に来たのだから1日限定10名のランチメニューを頼む。近江牛づくしの料理で、ポン酢のジュレがかかったローストビーフが前菜で、メインが近江牛三種の食べ比べ。醤油や味噌など違う味付けと部位になっており、3種類ともに美味い。4、5人の男性たちがキッチンやホールを小気味よく動いている。まだ20代の彼女が彼らを束ねているのかと感心する。落し物をして泣きべそをかいていた中学生の頃から知っているので、感慨深い。店を出てから、美味しかったとメールを送る。

 

 

 

 せっかく日本橋に来たのだからと、銀座に出て教文館へ。

 

 

 今日の目的は、先日亡くなった橋本治の未所持本の購入である。彼が『芸術新潮』に連載していた「ひらがな日本美術史」は全7巻で新潮社から出版されている。大判の本で、カラー図版も美しく、その作品や作者について著者が独特の視点とわかりやすい文章とで説明してくれるこのシリーズは、美術に疎い僕にはとてもありがたいのだ。しかし、訃報を受けて家の本棚を探してみると全7巻のうち1~4巻までしか持っていないことが判明した。全部持っているつもりだったので驚き、これはこの機会に揃えておかなくてはと今日の買い物となった。店内に橋本作品はいくつかあったが、肝心の「ひらがな日本美術史」は見当たらず。その代わり、この本を見つけて購入。

 

 

-イルメラ・日地谷・キルシュネライト編「〈女流〉放談 昭和を生きた女性作家たち」(岩波書店

 

〈女流〉放談――昭和を生きた女性作家たち

 

 編者が1982年に佐多稲子円地文子河野多恵子石牟礼道子田辺聖子三枝和子、大庭みな子、戸川昌子津島佑子金井美恵子中山千夏といった女流作家たちに行ったインタビュー集。日本では初めて活字化されるものだと言う。この本を選んだのは、その中身以上に編者であるドイツの日本文学研究者・イルメラ・日地谷・キルシュネライトへの興味によるものだ。彼女がドイツ語で書いた日本の私小説研究論文が邦訳され、1981年に「私小説 自己暴露の儀式」として平凡社から出版された。それをたまたま古本屋の棚に見つけて面白く読んだ記憶がある。もう20年以上前のことなので、何が面白かったかははっきりとは覚えていないのだが、それまでの日本人が書いた私小説論とは一味違うアプローチに魅力を感じたのははっきりと覚えている。その彼女の名前を久しぶりに思い出させてくれた。

 

 

 

 当初の目的は橋本治本であるため、ここで終わるわけにはいかない。日比谷まで歩いて三田線で神保町へ。

 

 

 東京堂では、橋本治追悼コーナーができていたが、そこにも美術の棚にも「ひらがな」はなし。その代わりにまだでないのかと気になっていたこの雑誌を見つける。

 

 

-『みすず』2019年1・2月号 “読書アンケート特集”

 

 

 

 毎年この号を楽しみにしている。今年の表紙の写真は美術館でフェルメールの絵画を見る人かと思いながら、サイン本のコーナーを見ていると買い逃していた本を見つける。

 

 

 

-植本一子「フェルメール」(ナナロク社)

 

フェルメール

 

 写真家で文筆家の植本一子が7カ国17の美術館を巡り、そこにあるフェルメールの絵を写真に撮り、その旅を文章で記録した本。カバーの写真が先ほどの『みすず』と同じことに気づく。『みすず』も彼女の写真を使っていたのだ。

 

 

 

 また、別の本に寄り道してしまった。次は三省堂へ。美術の棚で目的の本を発見。

 

 

-橋本治「ひらがな日本美術史5」(新潮社)

-橋本治「ひらがな日本美術史7」(新潮社)

 

 

ひらがな日本美術史5

ひらがな日本美術史 7

 

 

 

 

 残念ながら6巻だけは売れてしまっていた。でも、構わない。また、今度それを探しに本屋を回る楽しみが残るから。

 

 

 

 

 今日は好きなことを思い切りやる日と勝手に決めているので、これで終わらない。今度はディスクユニオンへ。

 

 

-THAD JONES「MAD THAD」

-LOU DONALDSON「LOU TAKES OFF」

 

Mad Thad

Lou Takes Off

 

 中古レコードを2枚。サド・ジョーンズのアルバムは彼の他に、ジミー・ジョーンズ、エディ・ジョーンズ、エルビン・ジョーンズクインシー・ジョーンズとメンバーがジョーンズだらけ。その点が「MAD」なのかもしれない。ルー・ドナルドソンの方は、難しいこと言いっこなしのジャムセッションソニー・クラークの参加もポイント。ジャケット写真は宇宙ロケット。1957年の作品であることを考えるとソ連スプートニク1号だろう。この後、1960年代になるとアメリカもソ連を追ってアポロ計画を進めていく。このアポロ時代はまたドライブインの時代でもあった。

 

 

 

 

 買い物を終えて、神田伯剌西爾へ向かう。ここで買った『みすず』読書アンケート号を読むのが恒例なのである。店の隣の小宮山書店の100均棚に橋本治無花果少年と桃尻娘」(講談社文庫)を見つける。高野文子装画のカバーが魅力的。買ってから、伯剌西爾の階段を降りる。

 

 

無花果少年(ボーイ)と桃尻娘 (講談社文庫)

 

 

 コーヒーを飲みながら、ざっと目を通す。人文系の本では、黒川創鶴見俊輔伝」(新潮社)と三浦雅士「孤独の発明」(講談社)が多く取り上げられていた感じ。2冊とも持っているので、読まなくてはという気持ちが強くなる。そして、また欲しい本が何冊も増える。困るような嬉しいようなこの気持ちを味わうために『みすず』の細かい文字をひたすら追う。

 

 

 

鶴見俊輔伝

孤独の発明 または言語の政治学