April in Paris。


 数日前に夜遅く帰宅するとポストに封書が入っていた。

 封筒にはマンションの自分の部屋のちょうど真下に当たる部屋番号とその部屋の住人の名前が書かれている。嫌な予感がして、部屋に入って封筒の中にあった文書を早速読んでみると、その予感は当たっていた。「最近、深夜2時過ぎまで騒音が続き、安眠することができない。どうもその騒音の元はあなたの部屋ではないかと思われるので何とかして欲しい。」という内容であった。普段、夜12時就寝・朝5時起床という生活を続けているため、その騒音がこちらの生活音であるとは考えにくい。音楽を大きな音で聴くことも、洗濯・入浴も夜10時以降にはしないように心掛けている。就寝時にはエアコンを切り、稼働しているのは音の静かな空気清浄機だけという状態である。その旨を文書に記して、封筒に入れ、その部屋番号のポストに入れた。

 ただ、仕事などのストレスから夜中に寝ながら暴れたり、叫んだりしていないかどうかは一人暮らしの人間にはわからないので、スマートフォンのボイスメモをオンにしてその晩寝てみた。5時間にわたるボイスメモには己のイビキが録音されているだけだった。思ったより大きなイビキを自分がかいていることにちょっと衝撃を受けたが、階下の住人が眠れなくなるほどの音量とも思えない。それにしても、おっさんが自分の寝息を1人部屋で聴いているなんていうのは滑稽な光景だなと思わず苦笑い。

 翌日、帰宅するとまたポストに同じ封筒が入っていた。なんだか、文通でもしているみたいな感じになっている。内容は、「昨夜はあなたが帰宅する前の午後6時ごろから騒音がしており、音の発生源があなたの部屋ではないことがわかった。誤解をして申し訳ない。」というものであり、ホッとする。


 その後、ポストに封書が入ることなく、4月を迎えた。3月末日の昨日、一年携わった屋内仕事を終えたのだが、今日は新しい担当者との引き継ぎのため休日出勤する。部外者の立場に立って現場を見ているといかに自分が場違いな存在であったか、いかに自分が無力であったかを思い知らされる。残された者には申し訳ないが、これでよかったのだと思うしかない。明日からは、新しい屋内仕事の現場が待っている。今度はそれを専門とする同僚がいてこちらはその補助的な立場であるため、これまでよりは辛い状況にはならないとは思うが、見方を変えれば「いてもいなくてもいい存在」とも言えるわけで、30年近く関わってきたこの方面の仕事における己の存在価値のなさに何やら立ちすくむような感じ。


 引き継ぎは昼で終わった。職場の桜ももうあらかた散ってしまった。花見の代わりに「神保町さくらみちフェスティバル 春の古本まつり」に行くことにする。


 神保町までの車内ではこの本を読む。


本好き女子のお悩み相談室 (ちくま文庫)


 この本は、北海道から沖縄までの10代から40代の35組・39人の本好き女子の悩みの解決に役立ちそうな本をそれぞれ3冊著書が挙げて答えるという体裁で作られている。「はじめに」と「おわりに」にも書かれていることだが、ここに登場する本好きの女性は各地で行われている“一箱古本市”と呼ばれる形式の古本イベントに関わった女性たちであり、形は違えど、“ミスター一箱古本市”の南陀楼さんが以前に書いた「一箱古本市の歩きかた」(光文社新書)に連なる作品であることが読むとわかる。前著が主に場所や主催者の側から“一箱古本市”を描いたものだとすると、この本はそこに参加した個人(女性)の側から描いたものと言える。どういう経歴や嗜好を持った女性たちがこのイベントを支え、そして楽しんでいるのかを群像劇として見せながら、ブックガイドとしても使えるものにしているのが面白い。


一箱古本市の歩きかた (光文社新書)



 神保町で下車し、まずは東京堂で欲しかった新刊を購入。


曇天記
そして夜は甦る (ハヤカワ文庫 JA (501))



 「曇天記」を手に取り、開き、そこに並んだ文字に目を走らせる。いつもの“精興社文字”かと思ったが今回は違った。同じような細身でありながら少しクセがある文字で組まれている。雑誌『東京人』連載のエッセイ100回分が収録されている。同じ著者の「坂を見あげて」の次に読む枕本とすることに決定。

 「そして夜は甦る」は私立探偵・沢崎シリーズの第1作。先日、14年ぶりのシリーズ最新作「それまでの明日」(早川書房)を読んだ。これまで読んだことのないシリーズだったので、いつもなら最新作を取っておいてシリーズを順番に読み進め、それまでの流れを踏まえてから最後に読むのだが(北村薫太宰治の辞書」の時はそうした)、今回は遅れてきた者の特権として最新作を読んでから過去の作品に遡って読み進めることにした。「それまでの明日」は過去の作品を読んでみたくなる面白い小説だった。事件が解決した後に起こるラストシーンには心震えるものがあった。


それまでの明日


 古書店街の歩道に古本のワゴンが並んでおり、そこを流して歩く。文庫を1冊選ぶ。


 以前は、ソフトカバーや文庫で沢山出ていたこのメグレシリーズも古本でしか手に入らなくなった。



 diskunionにも寄る。

  • 「The CLIFFORD BROWN Quartet in Paris」(Prestige)
  • 「The CLIFFORD BROWN Sextet in Paris」(Prestige)
  • 「richie kamuca quartet」(MODE RECORDS)
  • STAN GETZ PLAYS」(verve)

Quartet in Paris
Sextet In Paris
Richie Kamuca Quartet
スタン・ゲッツ・プレイズ+1



 クリフォード・ブラウンの2枚は未開封。古いレコードなので安かった。「モンマルトルのメグレ」は1950年の作だが、ブラウンがこの2枚をパリで録音したのは1953年。この天才トランペッターがパリで遭遇した事件をメグレ警視が解決する物語を読んで見たいとふと思う。



 帰宅して、録画しておいた「アンナチュラル」最終回を観る。第1話から一日1話ずつ観直して今日で最後。全て本放送で観ているからこれで2巡目だ。毎回番組後半で米津玄師「Lemon」が流れると目頭が熱くなる。まるで「水戸黄門」の印籠シーンを毎回楽しみにしている年寄りみたいだなあと思いながらも、やはり反応してしまう。おっさんが1人でドラマの録画を観ながら目をウルウルさせているなんて滑稽な光景だが、いいものはいいんだから仕様が無い。