休みが取れたので、8時過ぎの新幹線に乗って京都へ向かう。
車中の読書は、ジョルジュ・シムノン「モンマルトルのメグレ」(河出文庫)。トラブルを抱えて警察に来た水商売の女、冷たい雨の気配が漂う警察署内、前言を翻して出て行く女、そして彼女が絞殺されたという連絡がメグレに入る。物語はモンマルトルを舞台に進んで行く。雰囲気のある小説だ。何気ない細部の描写に味わいがある。20年以上前、ドガの墓を探してモンマルトルの墓地をあちらこちら歩き回ったことを思い出した。
10時過ぎに京都着。いつもの出町柳のレンタル自転車屋で自転車を借り、桜が散り切ろうとする鴨川沿いを走る。夕方から雨の予報の京都であるが、まだ陽射しもあって明るい春の装いである。気温は初夏と言っていい。和装の花嫁衣装の新婦と紋付袴の新郎が桜のまだ残る鴨川を背景に写真を撮っている。しばらく走ると今度はウエディングドレスとタキシードのカップルも撮影していた。今日は大安か。
まだ、朝の遅い古本屋は開いてないだろうから新刊書店から攻める。まずは誠光社から。
- オオヤミノル「珈琲の建設」(誠光社)
- 「かもがわご近所マップ」
「珈琲の建設」はこの誠光社で出している本。本文が落ち着いた紫色で印刷されている。「かもがわご近所マップ」はミシマ社・誠光社・100000tアローントコが合同で出しているマップ。
鴨川沿いをまた走り平安神宮方面へ。川風が吹いており、桜の花びらが舞い散って体に降りかかってくる。神宮前の蔦屋書店に入る。
- 「小辞譚」(猿江商會)
帯に“辞書をめぐる10の掌編小説”とある。作者は、文月悠光・澤西祐典・小林恭二・中川大地・三遊亭白鳥・藤谷文子・木村衣有子・加藤ジャンプ・小林紀晴・藤谷治の10人。
会計を済ませてトイレに入り、鏡の前に立つと頭に桜の花びらではなく、花びらが取れてしまったザクが1つのっていた。この頭で店内をうろうろしていたのかと思うとちょっと恥ずかしい。
白川通に出てホホホ座に向かう。確か左側にコンビニがある所を右だったよなと記憶を頼りに進んで行くと、コンビニはないが見覚えのある路地が右側に見えたので入ってみるとそこにあった。前に見た記憶のあるコンビニは潰れてしまったのだろうか。
- 「『高橋真帆書店』という古書店」(龜鳴屋)
- 『ほんまに』19号
金沢の限定本出版社龜鳴屋の本は通常直接版元への注文という通販なのだが、珍しく店頭で売っていたので購入。箱入りの小さな本で、函題紙と表紙は活版印刷で、本文は未綴じという凝った造本。
銀閣寺前を過ぎて一乗寺方面へ。すぐ右には善行堂があるのだが、最後にゆっくりよりたいためにここはスルーして恵文社一乗寺店に向かう。途中空腹を覚えたので、白川通にある“天下一品”総本店に入ろうかと思ったが列ができていたので、諦める。
自転車は原則、車道を左側通行で通らなければならないが、路上駐車をしている車両も多い。それを避けて車道中央に出てしまうと後ろから来る車の邪魔になるだけでなく、こちらの安全にも関わることになるので、歩道と車道を行ったり来たりしながら走って行く。路上駐車の自動車を避けるため、歩道に上がろうとして、歩道の段差でタイヤが滑り(入車角度が小さかったため)、転倒する。幸いに上は長袖Tシャツ、下は寒くなった時を考えて中にヒートテックのタイツ着用という二重防備であったため、着いた肘・膝とも擦過傷程度ですんだ。自分の運転技術を過信することなく、安全運転で行こうと肝に命じてまた自転車にまたがる。
恵文社一乗寺店は相変わらずの賑わいであった。店舗の左側の建物も恵文社のものになっており、来る度に大きくなっている気がする。たまに会う従兄弟の子供を見るような感じ。
サイン本。さすが地元京都の書店だなと思うようにサイン本がいくつか並んでいた中から、まだ持っていないこの本を選んだ。
善行堂へ行く前に腹ごしらえと恵文社一乗寺店の近くにある“つばめ”というカフェレストランに入る。入った瞬間に自分が場違いな人間であると認識したが、出て行くわけにもいかないし、腹も減っている。厨房には女性2人。客もテーブル席の女性2人連れとカウンターでPCに向かっている女性ひとりと全てが女性で占められている。チキンカツ定食とアイスコーヒーを頼む。定食もやはり女性客を意識してかご飯の量も少なめ。炭水化物をあまり取らないようにしている身としてはちょうどいいかも知れない。味はどれも美味しかった。
最初に恵文社一乗寺店に来た頃は、この商店街もちょっと寂れた雰囲気で、通りを歩いている人よりも、恵文社の中にいる人の方が多いくらいだったが、今は並びに恵文社一乗寺店のテイストに近い感じの店が増えて来ていて、この本屋の存在がこの街に何らかの影響を与えているのだろうなと思っていたら、ラーメン二郎のような別のテイストの店もできていた。どちらにしろ、街が活気づくのは喜ばしいことだ。
さっき来た道を引き返し、善行堂へ。いつも予告なしの登場となるので、いつも善行さんには驚かれる。前もって行く旨を連絡しておけばいいのだが、急な仕事で行けなくなる可能性を考えるとそれも憚られ、どうしても突然の来訪となってしまうのだ。
善行堂にアナログプレーヤーが入ってから初めてということもあり、色々とジャズのアナログレコードをかけてくれる。いつもの如く、アレコレとおしゃべり。これが楽しいのですよ。
持っていなかった曾根先生の本を手に入れることができた。僕が曾根先生の教え子であることを知っている善行さんが「これ持ってますか」と教えてくれたもの。
「柴田宵曲文集」は倒産してしまった小澤書店が出していたもの。古書で1冊ずつ気長に集めている。第七巻は「漱石覚え書」などが入っている。中公文庫版も持っているが、小澤書店の端正な佇まいと丹精を凝らした作りの本で読んでみたい。小澤書店の本には精興社の文字がよく似合う。
後の2冊も古本と古本屋好きにとってうれしく、楽しい本。
その他、村上春樹が巻頭エッセイを書いている『BOOKMARK』、善行さんがジャズの本についての連載をしている『WAY OUT WEST』などのフリーペーパーを貰う。
自転車を返して、電車で京都市役所前へ行き、雨がぱらつき始めたので、三月書房とレコード屋を足早に流す。
100000tアローントコで1枚。
- HAMPTON HAWES「FOUR!」(CONTEMPORARY)
ワークショップレコードで2枚。
- 「THE BEST OF MAX ROACH AND CLIFFORD BROWN IN CONCERT」(GNP)
- KENNY DREW TRIO「DARK BEAUTY」(STEEPLE CHASE)
6時過ぎの新幹線で帰る。帰りも「モンマルトルのメグレ」を読む。最後に犯人と思われる人物が死んで終わるのだが、その人物がどのように犯行を行ったのか、そしてその動機も明確にされないまま幕を閉じる。これが謎解き重視の本格派推理小説であれば、「おい、なんだよ」ということになるが、メグレの世界ではそれでいいのだろう。一言でいえば「大人の小説だな」というところか。アガサ・クリスティの「アクロイド殺し」や「オリエント急行殺人事件」を貪り読んだ中高生時代の自分が読んだらこの小説の面白さはきっと分かんなかっただろうな。この年になって読むからまた面白いのだろう。人生や自転車で何度も転倒してきた甲斐があるというものだ。