本でアイロン。


 停滞している。職場の机の上に積み上げられた紙達の氾濫。未処理の書類を入れたクリアファイルや扱いを決めかねる小冊子も机に作りつけられた書棚の本の上で崩れやすい春先の雪山のような不気味な高さを形成している。


 一日忙しく作業をしたものの何かが片付いた実感も持てないまま、夜の職場を後にする。雨はやんでいた。傘を長刀のように脇に携えながら駅への坂道を登る。駅ビルの本屋に寄ると昨日見た「1Q84」の平積みの山が見える。僕の机の山とは違うすっきりと片付いた、まるでアイロンをかけたばかりの白いワイシャツのような山だ。


 自分の気持にアイロンをかけるように白い本を2冊手に取る。雨の日に欲しかった本を買うのはどこか抵抗がある。雨がやんでいる今、その抵抗感もほとんどない。ただ、発売直後に書店に大きな広告幕の掛った新刊本をレジに持って行くのはちょっと気恥ずかしい。そこで昨日買うつもりであった文庫本とともにレジへ持って行く。

1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 2


 なんだか恥ずかしくて一人でデートに行けず、お姉さんについて来てもらった少年のようだな。



 夕食を食べた中華料理屋で「音のない記憶」に入っている井上孝治氏の撮った写真を見る。いいなあ、俯瞰の写真が結構あり、それらが気分を押し広げてくれるような気がする。多くは井上氏の故郷である福岡・春日の写真なのだが、この1950年代の写真の街はなんだかベトナムみたいに見える。


 店を出るとまた雨が降り出していた。


 家に辿り着き、ポストを開けると『ちくま』6月号。雨にしけった封筒は開けやすくなっていて悪くないのだが、なかの雑誌までシトっとしている。ただ、林哲夫さんの描く古本屋の表紙絵にはそのクッタリ加減もまた味なのであった。


 明日は外市。晴れなら晴れの、雨なら雨のまた違った風情を醸し出す古本たちを見に多くの人に来てもらいたいものだと思う。