人はパンのみに行くにあらず。

 今日の日曜は本をちゃんと読みたいと思ったので、電車に乗って埼玉の知人のパン屋へ行くことにした。


 天気もよく、気温も低くない、絶好の外出日和だ。座った車内の背中から暖かな陽光が降り注いでくる。どこに出しても恥ずかしくないような日曜日。


 今日の携帯本はロマン優光「間違ったサブカルで『マウンティング』してくるすべてのクズどもに」(コア新書)。ツイッターで何度か目にした本で、書店で手に取ってみたら前書きで小林信彦が好きだったがある件があって嫌な感じを持ったということが書いてあり興味をそそられたので購入した。サブカルの歴史を編年体で書いてあるという本ではなく、筆者の関心のおもむくまま「サブカル/おたく」に関わる人々をめぐってそのサブカル観、おたく観が書かれている。名前は知っているけどその本は読んだことがないという人が結構取り上げられているのだが、多くの人は“ご存知”というカタチで出てくるため、その人物に関する知識の少ないこちらとしてはただお話を聞いているという感じになってしまう。サブカルを「町山智浩が編集者として扱ってきたもの、そしてそこから派生したもの/その愛好者」と定義していたのが興味深かった。




 目的地の駅に着く直前にちょうど読み終わる。着いた駅は埼玉県にある姫宮という駅。駅前に“ブックス市川”という古本屋がある。まだ一度も入ったことはない。店の前から店内を覗いたことはあるのだが、なんだか入りづらく今日もスルー。この姫宮という所は先月読んだ「冬のオペラ」(角川文庫)の作者・北村薫さんの出身地の近くにあり、この本に出てくる名探偵・巫弓彦の記録係である姫宮あゆみの名字の由来となった町であろうと勝手に思っている。先週やっと手に入れた「遠い唇」(KADOKAWA)所収の『ビスケット』を読んだ。「冬のオペラ」以来18年振りの巫弓彦登場作である。姫宮あゆみは不動産屋の事務員から推理小説家になり、巫弓彦は今でも名探偵をやっていた。気になっていたあの冬の京都の事件の後日談がひっそりと書かれており、少し寂しい名探偵の佇まいをほっとしたような思いで見守りつつ本を閉じた。


 日曜の昼下がりとあって知人のパン屋は賑わっていた。新作を中心にあれこれカゴに詰め、会計を済ませてイートインコーナーで満足するまでパンを食べる。ロカボ生活を続けているのでこんなに糖質をガッツリ取るのは滅多にない。だからこそまた美味いのだな。知人に約束していたジャズのCDを10枚ほど渡す。半分はクリスマスシーズンに店内に流す用のクリスマスアルバムにした。今日のもうひとつの目的は、今月に入って販売を始めたシュトーレンを購入することなのだが、店内にその姿がない。知人曰く、どうしたのか今日焼いたものはうまく行かず、いつものしっとり感がなく固く焼き上がってしまったとのこと。この商品で金は取れないと言われてCDとの物々交換の様に渡される。ドイツパンのマイスターのこだわりに口を挟むわけにもいかないのでありがたくいただいておく。



 帰りの車内はkindle町山智浩「さらば白人国家アメリカ」(講談社)を読む。先日のアメリカ大統領選のトランプ勝利を受けて、町山さんがトランプの選挙戦を追ったこのルポルタージュをやはり読んでおきたいと思ったのだ。TBSラジオテレビ朝日報道ステーション」などに引っ張りだこで、クリントン勝利を予想していた筆者が今どう思っているのかと考えながら読みすすめる。





 1時間ほどで乗換駅の神保町に到着。途中下車して岩波ブックセンターへ。

  • 八木克正「斎藤さんの英和中辞典 響き合う日本語と英語を求めて」(岩波書店
  • 『フリースタイル』33号

斎藤さんの英和中辞典――響きあう日本語と英語を求めて

斎藤さんの英和中辞典――響きあう日本語と英語を求めて

フリースタイル33 森卓也インタビュー

フリースタイル33 森卓也インタビュー




 前者は、この間買った斎藤秀三郎「熟語本位 英和中辞典」の校注者による斎藤英和に関するエッセイ集。やはり、この店で買いたかった本だ。帯に“漱石の時代に誕生した文明開化の古典”とあり、岩波書店漱石押しが微笑ましい。
 後者は、森卓也インタビューが目玉。今年の4月に出た「森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009」(トランスビュー)の編者である和田尚久氏がインタビュアーをつとめている。



森卓也のコラム・クロニクル1979-2009

森卓也のコラム・クロニクル1979-2009



 本屋の後は、ディスクユニオンに寄って中古レコードを1枚。

  • SYOTARO MORIYASU「THE HISTORIC MOCANBO SESSION'54」(ポリドール)

幻のモカンボ・セッション’54

幻のモカンボ・セッション’54


 日本のモダンジャズの黎明期を記録したこのアルバムはCDも廃盤になっているため以前にラジオで流れた音源の録音しか持っていなかったのでレコードが手に入ってうれしい。ディスクユニオンの入っているビルの入口横にあるメロンパン屋に長い列ができていた。その横を通り過ぎざま、順番の回ってきた若い男性が店の人に「このメロンパン、メロンの果汁って入ってますか?」と質問していたのが聞こえた。もし、「入っていない」と言われたら、彼は買わずに帰るのだろうか。そのためにわざわざ列に並んだのだろうかとちょっと気になった。


 神保町駅から最寄り駅までは、買った『フリースタイル』掲載の森卓也インタビューを読む。御歳83歳。小林信彦筒井康隆といった父親と同世代の人のひとり。アニメ、映画、落語、ドラマとコラムニストの側面を持つ人らしく守備範囲が広い。「頭を撫でて尻をつねるような」山田太一を買い、市川森一倉本聰の「情」を排するところに見える氏の嗜好が面白い。インタビューの反歌のように載っている小林信彦「アニメとギャグの人」という森卓也氏のことを書いたエッセイも読む。ちょっと複雑な気分になる。小林氏と言えば雑誌の発行元のフリースタイル社が刊行中の“小林信彦コレクション”。第1回配本の「極東セレナーデ」は楽しく再読させてもらったのだが、次回刊行予定の「唐獅子株式会社」はいつ出るのだろうと思っていたら、裏表紙に11月発売とあってほっとした。もっとも、この会社の予定は油断ならないのは先刻承知の上。まあ、多少遅れても楽しみに待ってますよ。