穴八幡大菩薩。

 本日は職場のシステムメンテナンスのため休業。


 ただし、午前中は職場を離れた場所で野外仕事をしなければならない。海沿いの私鉄の駅に立つと、台風19号の影響を感じさせる風が強く吹いているが、陽射しは夏を思わせる快晴となった。雨の野外仕事を覚悟していたのでありがたい。


 今日の仕事場は海沿いにある公園。平日とあって人も多くない。自転車に乗った幼稚園生の集団が風も気にせず我々の前を疾走して行く。散歩する老人。光る海にはウインドサーフィンの白い帆。レジャーシートの上のカップル。自分が仕事をしているのが不思議に思えるほどの長閑な景色だ。



 昼前には仕事を終えて自由の身となる。昨年も立ち寄った駅前の小さな本屋に寄る。今年の店番はおばあちゃんだけではなくおじいちゃんもいた。文庫の棚を眺めているとレジの電話が鳴る。出たおばあちゃんは「うちなんかもうどん底よ」と嘆く。町の小さな本屋のきびしさが伝わってくるが、サバサバしたその声には悲壮感のようなものは感じられない。来年もこの時期にこの駅を利用することになるはずだから、その時もこの店と老夫婦が健在でいてくれることを願いつつ、文庫を1冊。


 

女優 岡田茉莉子 (文春文庫)

女優 岡田茉莉子 (文春文庫)


 今年はおじいちゃんが文庫に紙カバーをつけてくれたのだが、かけた後にセロテープをピッと切ってカバーを本に貼付けたので思わず声が出そうになった。カバーが外れないようにとの親切なのでそのままありがたくつけておくことにする。
 この文庫本を買ったのは先日西村雄一郎「殉愛 原節子小津安二郎」(新潮社)を読んで面白かったから、この本にも登場する小津映画を彩った女優の自伝を読んでみたくなったのだ。


殉愛―原節子と小津安二郎

殉愛―原節子と小津安二郎


 私鉄の駅から東京へ向かう。途中乗り換えで東京駅で下車。新しくなった駅舎のドーム内に出る。そこにいる人たちが天井の写真を携帯で撮っているのを見て思わずつられて携帯を取り出すと「エラーが発生しました」といってカメラ機能が使えず。まあ、こんなもんです。


 地下鉄東西線に乗り換えて早稲田へ。初日に続いて2回目の早稲田青空古本祭だ。同じ年に2回来たのはこれが初めてかも知れない。

 今日もテント内外をグルグル何周もしてしまう。


 以上5冊を購入。

 戸井本は小林信彦ファンとしては彼の語る“植木等”で充分という思いもあり、雑誌連載、単行本、文庫新刊とスルーしていたのだが、やはり植木等ファンとして持っておいた方がいいだろうと考えを改めた。

 菊池本は高崎俊夫氏編集による清流出版本の1冊。このシリーズには魅力的なものが多く何冊か持っているのだが、これは未入手であった。菊池寛の映画評にそれほど興味を感じていなかったのだが、この本は映画だけではなく文芸や演劇に関するエッセイも収録されていた。それなら、どストライクである。漱石や盟友たちのポルトレの他、加能作次郎「世の中へ」の書評なども入って魅力的。巻頭に亡き田中眞澄氏の「大衆文化としての菊池寛」が収録されているもの興味深い。


昭和モダニズムを牽引した男―菊池寛の文芸・演劇・映画エッセイ集

昭和モダニズムを牽引した男―菊池寛の文芸・演劇・映画エッセイ集


 ビル・エバンス本はその昔講談社が出していた「ジャズ名演シリーズ」というソフトカバーのジャズ解説本の番外編のような1冊。日本たばこが編集になっているのはエバンスファンなら一度は見たことのあるブラックスーツ姿で頭の後に手を組んでくわえ煙草をしているカッコいい写真が表紙になっていることから想像がつくような気がする。


ビル・エバンス―あなたと夜と音楽と

ビル・エバンス―あなたと夜と音楽と


 安吾本は、こんなアンソロジーが出ていたことを知らなかったので買ってみた。PDとは“パブリック・ドメイン”のことで著作権が切れて公共財産になったもののことを言うのだそうだ。つまり、著作権料のかからないもので作ったアンソロジー叢書ということらしい。それはいいのだが、安吾の戦争について書いた戦後のエッセイを“嫌戦”というキーワードで括るのはどうだろう?安吾反戦主義者であったかどうかは疑問だと編者自身も書いているが、安吾が戦争を嫌ったかどうかではなく安吾が戦争をどう書いたかを読むべきなのではないかな。


 「源平合戦の虚像を剥ぐ」は、現在放映中の大河ドラマ平清盛」に触発されて手が伸びた。当時の日本在来種の馬はポニー並みの大きさであると書かれているのを読むだけで少し頭がくらっとする。那須与一もボニーにまたがって沖の扇を射ていたのだろうか。



 青空古本祭は土曜日の6日まで、もう今年は来れないだろうな。


 穴八幡を後にして高田馬場に出、JRで渋谷へ。


 宮益坂を上り、宮益坂上の信号を渡って左に折れ、ひとつ目の曲がり角を右に曲がるとすぐに「ウィリアムモリス 珈琲&ギャラリー」の赤い旗が見える。そのビルの2階にそのカフェギャラリーがある。

 エレベーターを降りるとすでに店の中で、こちらに背を向けて林哲夫さんが座っていた。今月31日までここで林さんの個展「ポ・ト・フ」がおこなわれているのだ。

 アイス珈琲を頼んでから、林さんにご挨拶。僕が野外仕事着姿だったので驚かれた。昔、ロンドンにあるウィリアム・モリス・ギャラリーに行った時の話などをすこしお喋りする。他のお客さんが来たので席を離れ、展示されている絵を見せてもらう。パリの書店を描いた連作とちくま文庫「書斎のポ・ト・フ」のカバー絵など魅力的な絵が並んでいる。その中で入口近くにある3冊ほどの古い洋書が肩を寄せ合って立っている絵とそれと対峙する位置に掛けられた青い空に浮かぶ白い雲を描いた作品に特に惹かれた。ベージュの背景の中にただ茶色くくすんだ本が立っているだけの作品と誰でも子ども時代に一度は書くであろう空に浮かぶ白い雲を描いただけの作品が何故こうも魅力的なのだろう。それを説明する言葉を持たないのでただ実物を見てくださいとしか言いようがないな。


 パリ書店シリーズを絵はがきにした6枚セットと佐野繁次郎を思い起こさせるコラージュをほどこしたポストカードを1枚購入して店を出る。林さんは6日(土)までこちらにいるとのこと。それまでは無理でも会期中にもう一度くらいは絵を見に行きたい。


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ポ・ト・フ 林哲夫作品展
 
2012年10月2日〜31日

ウィリアムモリス珈琲&ギャラリー
東京都渋谷区渋谷1-6-4 The Neat青山2F
開廊時間 12:30 -18:30
休廊日 日曜/月曜/第3土曜
 
http://sumus.exblog.jp/18958915/