小銭で祝うバースデイ。


 誕生日の朝は友人からの借金を依頼するメールから始まった。たぶん、彼は今日が僕の誕生日であることを知らない。この友人は学生時代からタイミングが悪いことにかけては他にひけをとることがない。例えば、僕が好きな同級生の女の子からの電話を今か今かと待っている時になぜか彼からの電話が鳴るのだ。そんなことを知らない当人は気もそぞろの僕を相手にさほど重要とも思われない用件をその羞恥心に富んだ独特の性格からくる婉曲表現を多用した迂回型の会話で伝え続けていく。


 出勤のバスの中で友人への返信を打ちながら、本人にはまったく責任のない独特の間の悪さを面白く思う。



 今朝は駅前でひと仕事をしてから職場へ行くことになっているため、駅近くのドトールで朝食をとる。今日から始まった新メニューのAセットをアメリカンで。今日のうちに職場で根回しをしなければならない書類に目を通す。その双六のような根回しゲームを思い、ちょっとうんざりする。いつ「スタートに戻る」というコマに止まることになるのか分からないからだ。



 ひと仕事を終えて、職場へ行くと机の上に幾つかの包みが置かれていた。おお、誕生日のプレゼントかと思いきや、旅行に行った同僚たちのお土産だった。気を取り直して根回しゲーム開始。思いのほか順調に進み、退勤時間前にすべての行程を終えた。しかし、考えてみたらこれでやっと明日の会議にこの資料を出せることになったというだけであることに気づく。つまり、ある意味「スタートに戻る」みたいなもんじゃないかと気分がヘコむ。


 友人の口座への振込を済ませてから退勤。


 気分をもり立てようと本屋へ行く。よくOLのお姉さんたちが言っている「自分へのご褒美」をまねて思い切って高い本を買ってやろうと思ったのだが、欲しい本が見当たらない。例えば、「小島信夫批評集成」(水声社)や「書影でたどる関西の出版100 明治・大正・昭和の珍本稀書」(創元社)などを見つけることはできなかった。
 文庫の棚を流していたら文春文庫の新刊が並んでおり、これを1冊選ぶ。

小銭をかぞえる (文春文庫)

小銭をかぞえる (文春文庫)


 大枚よりも小銭がお似合いということか。


 本屋を出ていつもの中華料理屋で夕食。店頭に50%オフの張紙が。おお、我が生誕の日を祝うかのようだなと喜んだが、五割引はタンタン麺とスーラー麺のみのお試し価格だった。食べたいのは五目ヤキソバなので関係なし。ヤキソバに大好きな酢をバーッとかけて食べる。無料券の餃子も酢をたくさん入れた醤油で堪能する。妊婦でもないのに身体が酢を欲しているようだ。ストレスのせいかもしれない。
 レジで「390円です」と言われ驚く。やっぱりヤキソバも50%オフだったのかと喜んだが、隣のテーブルのタンタン麺と間違えていたことが分かり、100%の支払いをする。


 帰宅し、TVを観ていると携帯が振動する。あの人からのバースデイメールかと思ったら母親からの電話だった。「誕生日おめでとう」という声を聞きながら、中学生の頃学校で1つも貰えずに帰って来たバレンタインデイの日に母親からチョコを渡された時の気恥ずかしさを思い出した。