赤面してもひとり(もしくは一人で古本市)。

本日も2時過ぎより出張。今日で3日連続だ。
横浜駅から徒歩で出張場所まで。夕方には無事終了。
この出張の会議によって今年の休日出勤がほぼ決まる。4月の日曜日はほとんど休日出張となることが決定。特に4月29日と30日には一番重要な出張が入ってしまう。例年のこととはいいながら、4月5月は週末に休めない日々が続くことになる。
これによって、今年も一箱古本市への参加は不可能となった。古本市の実施時期がずれるか、僕が今の仕事をやめるかしなければ、参加することは難しいということですね。ガッカリ。
一箱古本市用にという名目で買ってきた本たちはどうすればいいのだろう。暇になったらどこかのフリーマーケットに参加して、“一人で古本市”でもやるしかないかな。

横浜駅近くに来たついでに横浜そごう内のそごう美術館で行われている「没後25年 谷内六郎の軌跡ーその人と仕事ー」展を観に行く。先日、東京堂書店で割引券を貰っておいたのだ。
正直言って、谷内六郎氏に関しての知識はほとんどない。子どものころにテレビCMで何度となく見聞きした「週刊新潮は明日発売されます」というアナウンスの背景として写っていた谷内氏の絵を見知っているくらいである。もちろん、その他にも本や雑誌に関わるこれまでの経験の中で目にすることがなかったわけではないが、特に強い興味を持ってはこなかった。ただ、なんとなく氏の絵に対して漠然としたひっかかりのようなもは感じてきたような気がしている。それが何であるのか、今日の展示された多くの谷内作品を観て、分かったように思う。
僕にとって谷内作品は不気味で怖いのだ。世間的には『週刊新潮』の表紙に代表される氏の絵は、日本の古里を表現したものであり、子どもが多く登場することから少年の心を表現した世界であると受け入れられているようだ。今日、展示を観ていた人々の反応もおおむねそのようなものであったように感じた。しかし、よく観ると全体的に暗く、不気味な絵が多い。あの子どもたちの顔もなにやら悲しげで怖くはないだろうか。こんな風に感じるのは僕だけかと思っていたのだが、展示の後半にあった映画「鬼畜」のポスターを観るに及んで、同様の思いを抱いている人がいたことを知った。緒方拳主演のこの映画は、親が子どもを殺す話であったと思うが、ポスターには3つのブランコにのる3人の子どもの絵があり、それが次には一番小さな弟のブランコだけ空になり、そして3枚目には妹もいなくなって空の二つのブランコと一番上の子どもだけがブランコにのっている絵に変わっている。このポスターは谷内作品及び谷内氏が描く子どもの怖さを上手く使っていると思う。
谷内作品に出てくる子どもは、明るく喜んでいる図柄で描かれていても、どこか幸薄そうで、あっけなく消えてしまいそうな負の存在感を持っているのではないか。それが、見る人の心を惹きつける魅力となっているのではないかと感じる。

帰り道、久しぶりに白楽駅で下車して、古本屋を回ってみる。先日から岡崎さんの「気まぐれ古書店紀行」を読んでいて、どうにもぶらり途中下車古本の旅をしたくて仕方ないのだ。
まずは神奈川大学近くの相原書店へ。

300円で。“昭和篇”とあるが、明治篇や大正篇ってあるのだろうか。
大通りに面した高石書店に行く。

  • 岩阪恵子「木山さん、捷平さん」(新潮社)
  • 徳廣睦子「兄の左手」(筑摩書房

高石書店は前回、小島信夫「寓話」を見つけたゲンのいい店。今回もなかなか出会えなかった木山捷平評伝を定価の半額で入手できた。「兄の左手」は実妹による上林暁回想録。500円。
この高石書店は、店が広く、新装なって店内は綺麗なのだが、棚が整理されているようで微妙にゴチャゴチャしており、掘り出し物がありそうな雰囲気がする店。芸能・演芸関係本や文学回想本が豊富に揃っている。美本はあまりないが、まだまだよく探せばいろいろ興味深い本が眠っていそうだ。
駅への帰り道、六角橋商店街にある鉄塔書院も覗く。絶版文庫が豊富にあり、東京本、演芸本、映画本、サブカル系も充実している。やはり、棚を眺めるのが楽しい店だ。今日は何も買わず。
隣に新しくできたラーメン屋でしょう油ラーメンを食べるが、あまり美味しくない。
白楽から東横線に乗り、次の妙蓮寺駅で下りる。ここには駅の近くに普賢堂という古本屋さんがあるのだ。田中栞さんの「古本屋の女房」にも、本でトイレの戸が開かない古本屋として登場していたという記憶あり。小さいが選んで本が置かれているいいお店。しかし、店の前に行くとシャッターが閉まっているではないか。さっき電車の窓から明かりがついているのを確認したつもりであったが、どうやら隣の店の明かりと勘違いしたらしい。あきらめて帰宅。

メールをチェックすると「書評のメルマガ」最新号が配信されていた。これはちくま文庫のリクエスト復刊についての特集号で、昨年暮れに、南陀楼綾繁さんから声を掛けていただき、僕も感想文を書かせてもらった。みなさん、ご自分の意見をのびのびした自然な文章でお書きになっているのに、自分のものは本当に中学生の書いた感想文のようなギクシャクしたものなのでひとり赤面する。
企画そのものはとてもいいものなので、自分の文章が載っていなければ、多くの方に是非一読をオススメしたい。

テレビで「鬼平犯科帳スペシャル」を観る。とりあえず、吉右衛門平蔵を眺めているだけで幸せだ。さすがに年齢的に殺陣はつらくなっているようだけど。
本編が終わり、エンディングの画面になるとホッとする。江戸の四季を描いたジプシーキングス「インスピレィション」が流れるあの映像だ。なぜホッとするかというとこの画面がフィルムで撮影されているから。今や鬼平もビデオによるデジタル画像となってしまっているが、使いまわしのこのエンディングだけは昔のまま。この微妙にボケた陰影のある画像が好き。鬼平で一番好きなのは、エンディングにおける紫陽花越しの雨のシーンだといった友人を僕は支持する。