解説のない名著。

本日も3時より出張。横浜駅よりバスに30分ほど乗り、出張場所へ。
先日、iPodが壊れたため、聴くものもなく、本も読めず、ただ目を閉じて眠りが我が身を誘ってくれるのを待つのみ。
仕事が終わり、また帰りのバスも頭を垂れて、ひたすら時をやり過ごす。横浜駅西口の有隣堂へ。

解説は坪内祐三氏。今回は解説を書くことを意図的に放棄している。そうすることによって「別れた理由」とその続きである「対談・文学と人生」のあり様を表現しようとしているという印象。途中に「水声通信」の小島信夫特集号の原稿執筆を断る話が出てくる。そんなことがあったのか。
帰りの電車で三國一朗「肩書きのない名刺」を読む。こんな箇所が目に留まる。

 徳川(夢声)さん御通夜からの帰途考えた。徳川さんを話芸の名人としてのみきめつけるのは、どんなものか。
 徳川さんの話芸の核心には、文学があった。
 徳川さんは日本人の話芸を近代文学にタッチさせた最初の功労者で、徳川さんの本領はむしろ文学者たることにあったのではないか。とくに晩年の相貌に見られた憂愁と含羞は、徳川さんが詩人であり文学者だったことをよく物語っていたと思う。
 ただ残念なことに、その本領を生かしきることなく徳川さんは死んだ。戦後の徳川さんは忙しすぎたようだ。

徳川夢声の世界」(青蛙房)、「徳川夢声とその時代」(講談社)の著者ならではの評言だと思う。

帰宅後、ブログ散歩。
「デイリー・スムース」で林哲夫さんが、神保町のある書店で自著「古本デッサン帳」がゾッキ本として並んでいることを知人に知らされ、それを買い占めてくれるよう頼むというくだりを読み、昨日神保町で「古本デッサン帳」が850円で売られていたのを見たことを思い出した。僕が見たときは20冊もなかったので、売れたのか、それとも別の店なのだろうか。

河出書房新社のサイトで、3月の新刊に以下の本を見つける。

河出の落語路線は今後もしばらく続きそうだ。頑張れ。