マライヤよりも。

窓から差し込む陽光の強さに目が覚める。部屋に暑熱がこもっているのに驚く。梅雨を飛び越えて夏が来たようではないか。
先日来、頭の中に「ナンダロウアヤシゲな日々」で読んだ言葉が住み着いて離れない。それは、南陀楼綾繁さんの蔵書整理に訪れた牛イチロー氏の「たぶんかなり〈ささま書店〉の均一に並ぶと思いますよ」という一言である。ささま書店の均一台に南陀楼さんの本が並んでいて、それを大勢の客が争うように棚から抜き出そうとしている光景が眼前に浮かび、《もとなかかりてやすいしなさぬ》(山上憶良)という状態になりつつあった。そこで、本日は久し振りに荻窪西荻の古本屋めぐりに行くことに決定。昼前に家を出る。もちろん、市に出された南陀楼さんの本がささま書店によって落札されるという保証はなく、もしそうなったとしても店頭に並ぶのはもう少し先になるだろうことくらいは分かっている。要するに、理由をつけて行ってみたいだけなのです。
ささま書店の店頭に立つ。真夏を思わせる陽光の下、僕を含めたおじさん達が均一台の前に群がる。その人垣をかいくぐり、店員さんが補充に来る。ここの補充に立ち会うのは初めてだ。周囲に緊張感が走り、多くの目が店員さんの持つ本に注がれる。僕の前の棚に4、5冊の本が挿された。その書名をうかがおうとすると、横にいたオジさんが2冊ほどサッと持って行ってしまう。予想外の素早い動きに感心する。結局均一台から4冊購入。

『本コ』のバックナンバーが数冊あった。終刊を記念し、その中で一番興味が持てそうな特集の号を買う。“対論特集 21世紀、本はどうなる?”というテーマで鶴見俊輔氏と片岡義男氏の対談などが載っている。嵐山本は『宝島』の連載をまとめたもので、安西水丸氏の装画や挿画がたっぷり入り、湯村輝彦南伸坊糸井重里村上春樹といった人々が参加している楽しい本。紙質をチープにし、少年漫画誌のような赤や青の紙を一部使用している。
荻窪駅の反対側へ出て、ブックオフへ。ここで105円棚から5冊。

この2冊でハイスミス創元推理文庫は全部集めたはず。神吉さんのこのエッセイは以前小林信彦氏の文章で褒めていた記憶がある。
「雪白姫」はバーセルミというより柳瀬訳ということで。
「東京十二契」はyomunelさんと退屈男さんのやりとりを読んでから興味を持って探していたもの。
西荻へ移動。既に2時を回り、空腹を覚えたので、角田光代さん推薦の「キャロット」に入ろうとするが、2:30〜5:00までは休憩とのことで入れない。僕の前に若い女の子二人組も断られていた。以前に一度だけ入り、そのとき食べたハンバーグがおいしかったのに、残念。あきらめて、隣りの音羽館へ。店内に入り、いつも特設コーナーとなっている棚の前に立つとある本が目に飛び込んできた。桑原甲子雄写真集「東京昭和十一年」(晶文社)である。古書価がほとんどの店で1万円を超える本だ。おそるおそる箱から取り出し、値段を確認する。7000円。重版だが、程度も悪くない。この値段は安いと思う。心のどこかで「1冊の本に7000円なんて、大金持ちのつもりかい」という声が聞こえる。それに対して「マライヤ・キャリーのCDを2枚買うのとほとんど同じ値段だぞ」という声もする。マライヤのCDを2枚買うくらいならこの本を買った方が何倍もいい。とは言うものの、もとからマライヤのCDを買う気などまったくないのだけれど。
欲しかったこの本をついに購入するという高ぶりとも緊張ともつかない状態になり、お金の受け渡しの時にレジ前に積んであったCD(マライアではない)を崩してしまう。すみません。
大きな買い物をしたため、なんだが気が抜けてしまう。「キャロット」の並びにある地下のレストランでカレーランチを食べた後、ハートランド(またコーヒーを頼めなかった)、花鳥風月、興居島屋を覗いたがなにも買う気にならず。最後によった新刊書店の信愛書店ミニコミを2冊買う。

  • 『そらあるき』01号
  • 『O[オー]』9号

『そらあるき』は金沢のブックカフェ「あうん堂」が参加しているミニコミ誌。ぱらぱら眺めているだけで金沢に行きたくなる。こういうものが当然のごとく置いてあるのだから信愛書店はすごい。
帰りの車中で、上原隆「雨の日と月曜日は」(新潮文庫)読了。筆者よりひと世代下なのだが、自分に置き換えて身につまされるものも結構ある。「サウダーデ」のような余りに感傷的な文章には好悪がはっきりと別れるだろうなと思う。いくつか引っかかる部分を感じながらも、自分の中に筆者もモトちゃんも村井もいることを否定できない。今度は北上次郎氏推薦の「雨にぬれても」を読んでみようかな。
帰宅して、「東京昭和十一年」を眺める。桑原甲子雄氏の写真がいい。数年前に他界した父親が生まれた頃の東京とそこに暮らす人々の姿が写し出されている。また、この本の魅力は、写真だけではなく、桑原作品を媒介として書かれた当時の東京に関する著名人の文章が多数収録されていることにもある。芥川比呂志池波正太郎植草甚一小沢昭一北村太郎小林信彦佐藤信鈴木志郎康谷川俊太郎中平卓馬といった錚々たるメンバーだ。まず、小林氏の文章を読む。一銭蒸気に関する思い出を綴った短文だが、氏には珍しく感傷が前面に滲み出してきそうな文章。他の人のものは他日に少しずつ楽しんで読んでいくことにする。
夜、同じ晶文社の「フライング・ブックス」を半分ほど読む。FPやMAと言ったこれまでの古本本では出てこない単語が頻出したり、名前も知らないラッパーやミュージシャンがたくさん出てくるのに面食らったりしたが、フライング・ブックス開店以降の話はやはり古本屋さんらしくなってきて乗って読めるようになった。