みすずは煉瓦街に飛びたつ。

 先日、職場から産業医との面接を受けろとの通知を渡される。先月の時間外労働時間が100時間を超えたらしい。80時間以上で100時間未満の場合は面接を受けるか、否かはこちらが選べるのだが100を超えると面接は強制となる。以前にも一度面接を受けさせられたのだが、その時の産業医はこちらの健康を気遣うのではなく、過労によってこちら精神に異常をきたしていないかをただ確認するだけの様子にもう面接は受けたくないと思った。なので、100時間を越えないようにしていたのだが、この4月からの配置転換などで気がつけば労働時間が長くなってしまっていたようだ。これでも、新しく始まった日曜日の屋内仕事はタイムカードには記録していない(本当はそれではいけないのだが、休日のこの種の仕事は代休や交通費の支給の対象外とされているのでそれを仕事として申請する気にはなれないのだ)。それでも自分が行かなければ屋内仕事は実施できず、スタッフたちが困ることになるのも事実。まあ、自分で納得してやっているのだから構わないのだが、業界としてこの状況を変えられるようにならないとダメだなとは思う。以前に面接をした産業医が「人間の睡眠は5時間あれば充分だ」と言ったのを思い出す。「睡眠時間が平均5時間程度なのでもっと睡眠時間を取れるようになりたい」と言った僕に対する反応であった。いや、だから僕はもっと寝たいのだよ。


 今日は屋内仕事はなし。しかし、午前中に職場から割り当てられた営業の仕事が入っているため惰眠を貪る夢は夢のまた夢となり、睡眠充分時間にプラス1時間で起きる。昨日駅ビルで買ってきた北海道産小麦を使った「十勝ブレッド」(3枚入り)をトーストし、値引き品だった鎌倉ハムの燻製ベーコンをカリカリに炒め、フライパンでスクランブルエッグ風にざっくりと作った卵焼きを添えて朝食。


 睡眠時間は物足りないが、先日突如襲った足の痛みはその後なくなったので体調は悪くない。本日の仕事場は日比谷近くにあるイベント会場。ここで同業他社がブースを並べて自社のアピールをするフェアが行われる。この会場で今年の3月に京都に住む画家の林哲夫さんの作品も展示された「アートフェア東京」が行われ、僕もそれを見に行っているので行き方はわかっている。地下鉄の日比谷駅に向かう車中ではこの本を読む。


みみずくは黄昏に飛びたつ



 作家川上未映子が作家村上春樹に行ったインタビュー集。この本の第1章に当たるインタビューが雑誌『MONKEY』に掲載された時に読んで面白かったので購入した。それは村上春樹の答えが面白かったというよりは(それはいつも通りの春樹節であり、それをうふふと読み進めるのは楽しいのだが)、インタビュアーの川上未映子の存在が興味深いという面白さである。これは単に僕の先入観の問題なのだが、詩人で歌手でもあるこの芥川賞作家はもっと感覚的なタイプの言説をする人なのかと思っていた。それが、しっかりと下調べをした上で、良い意味で事務的なテキパキさを発揮しながらインタビューを進めているのにちょっと驚くとともに好感を持った。この人の作品をちゃんと読んでいればこんな誤解はしなかったのだろうなと反省する。


 日比谷駅について、地下道を会場方面へ向かって歩く。小津映画に出てくるような神奈川から東京丸の内の会社に通勤する人物になったような感じ。ただし、日曜日の朝にそんな会社員の姿はまったく見あたらないが。考えてみれば、一般的な会社員になる気がなくて、この業界に就職したクセに、そんな笠智衆的な姿に憧れを抱く己の矛盾を少し嗤う。会場に少し早くついたので入口横のプロントでアイスレモンティーを飲んでひと休み。これから数時間ブースに訪れる人に対してビジネストークを喋り倒すことになるため喉をしっかり潤しておく。

 会場設営の準備をして10時から午後の担当者がくる13時までの3時間をトーキングマシーンとして過ごす。会場を後にして外に出るとそこは陽光燦々の初夏の東京だった。さあ、自由時間の始まりだ。まず、有楽町駅近くにある無印良品へ。この有楽町店には無印のやっている本屋“MUJI BOOKS”があると聞いていたので来てみたかったのだ。本屋が独立してあるという感じではなく、無印の売り場の中に本棚が沢山あるという作り。このようなコンセプトの店は好きじゃないという人もいると思うが、このようであろうとどのようであろうと本屋があることは喜ばしい。本はジャンル別に並べられていて品揃えもしっかりしているという印象。そしてこれも興味あった無印が出版した「人と物」シリーズという人物叢書の実物を手に取り、「柳宗悦」、「花森安治」、「小津安二郎」の中から、「小津安二郎」を購入する。薄手の文庫本タイプで口絵に小津の遺品の写真、巻頭に小津語録が並べられ、その後は彼の随筆とそれに関わる図版で構成されている。思っていたよりちゃんとした本になっていて、これで500円+税なら悪くないと思う。




 今日はちゃんとした休日出勤及び出張のため昼食代に1000円の補助が出る。ならば、銀座の名店で食べることにしようと煉瓦亭に行くが予想通り日曜はやっていない。並びの「銀座スイス」(カツカレー発祥の店)はやっているが店前に行列で諦める。

 昼食は後回しにして教文館へ。銀座に来る楽しみのひとつはこの本屋に寄ることなので、ゆっくりと回って地元の書店では手に入らなかった本を数冊購入。

あの人の宝物: 人生の起点となった大切なもの。16の物語
子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から




 「あの人の宝物」は16人にその人の宝物について取材したもの。取材対象は知らない人が多いが、岡崎武志さんや春風亭一之輔師匠などが入っているので興味がそそられた。
 「東京の編集者」は信頼のおける夏葉社の本なので迷わず購入。著者の山高登氏は恩師が同人をしていた雑誌『評言と構想』の表紙と口絵を書いていた人として知った。そのため氏が編集者であったことは知らなかった。恩師の自宅にお邪魔した時に『評言と構想』を2冊いただいた。そのうちの1冊(1979年11月の17号)には谷澤永一「署名のある紙礫」が載っている。作りも内容も贅沢な雑誌であったことがわかる。
 「子どもたちの階級闘争」は英国で保育士をしている著者がその経験を通して見た英国の現状が描かれた本。みすずの本というと硬い印象があるが、文章は硬くなく読みやすい。ただし、描かれている内容はシビアなものであるようだ。それにしても、教文館にはまだみすず書房の本を集めた棚があるのがうれしい(その横には岩波書店の本を集めた棚もある)。その棚を見ているだけで気持ちが高揚してくる感じ。地元の本屋でも以前は本棚に少しみすずの本が並んでいる一隅があったのだが、今はもうない。みすずの本を買う店としていた神保町の日本特価書籍も新刊を置かなくなり、その代役と思っていた岩波ブックセンター信山社)も店を閉じた。もちろん、みすずの本を置いてある大型書店は他にもあるが、この白い本を買う喜びを与えてくれる店は僕にとって今ここなのだ。


 教文館を出て、とんかつの梅林に行ってみるとここも行列。日曜の銀座の有名店で食事をしようなんて所詮無理なのだよと自分に言い聞かせる。昼食は諦めて、これも銀座のお楽しみ山野楽器でアナログレコードを買って帰ることにする。今日はこの1枚。

Lee Konitz Meets Jimmy Giuffre




 2人のサキソフォン奏者への関心というよりはピアニストがビル・エバンスだということで購入。CDで持っていないものをレコードで少しずつ集めて行くのが今の楽しみ。



 帰りの車内も川上・村上本を読む。

 地元の“町中華”(@北尾トロ)で冷やし中華と餃子で遅い昼食。今年初めての冷やし中華を食べた。