麦と土。


 週末に控えたイベントの準備等でそれなりに忙しいのだが、当然それなりに疲れているので「お先に」と挨拶して7時過ぎに退勤。


 本屋へ。

  • 瀬川裕司「『新しき土』の真実 戦前日本の映画輸出と狂乱の時代」(平凡社


『新しき土』の真実: 戦前日本の映画輸出と狂乱の時代


 数日前、棚差し前の台車の上で他の本と一緒に平積みされているこの本を見かけた。その時思ったのは「きっと、この店でこれを買うのは自分だけだろうな」ということ。その理由としては著述の対象となっている映画「新しき土」を知っている人はあまりいないだろうし、加えて値段が決して安いとは言えない本であるからだ。では、なぜその本を僕が買うことになるのか。それは、僕が「新しき土」を知っていて(VHSを購入して作品を観、その後DVDも入手している)、しかもこの映画に関わった伊丹万作監督に興味関心を持っていてその全集も所蔵しているからである。案の定、今日までこの本をこの店で買う人間はいなかった。本は店の棚に昨日も一昨日も同じ姿で挿さっていたのだ。「新しき土」は女優・原節子が16歳で主演した作品であり、彼女の映画人生の初期が記録されているとも言える。たまたま今日の昼にNHKBSでデジタル修復版「麦秋」(小津安二郎監督)の放送があり、それを録画していた身としては原節子への親和性を強く感じてしまった。


新しき土 [DVD]

麥秋 デジタル修復版 [Blu-ray]


 「新しき土」は1937年に製作された日本とドイツの合作映画であり、山岳映画監督として知られたアーノルド・ファンクがドイツ語版を監督し、英語版(国際版)を伊丹万作が監督した。伊丹十三の父であり、映画監督だけでなく、文筆家としても知られる伊丹万作のことは何度かこの日記に書いてきた。当時の政治的状況によって生まれたとされるこの映画に関わったことに対して伊丹監督が後悔の念を語っているということを知り、伊丹万作版「新しき土」を観たいと思ってVHSやDVDを購入したのだが、これらは全てファンク版であった。残念ながら現在に至るまで伊丹版「新しき土」を観ることができていない。そんな欠落感を少しでも埋めてくれることをこの本に期待しているのかもしれない。


 「新しき土」の原節子は、火口に身を投じるために思いつめた顔つきで山を登っていく。「麦秋」の原節子は笑顔を浮かべながら軽やかに階段を駆け上がっていく。それは戦争へ向かっていく時代の前者と戦後の青空を感じさせる時代の後者の違いと言ったら紋切り型過ぎるだろうか。「麦秋」を観ながら、紀子(原節子)が「この世界の片隅に」のすずさんとほぼ同世代(2歳上)であることに気づく。周囲の無理解があっても紀子は坦々としてよく笑う。踏まれても負けない麦のように。その微笑みの向こうに戦争があることを小津安二郎監督は忘れてはいない。