尾道での足跡。

 倉敷で1泊して朝を迎える。ホテルの朝食では味気ないので、昨日アーケード街で見つけた午前中だけ営業しているモーニング中心のパン屋まで行ってみるが、盆休みの張り紙が。昨日よく見ておくんだったと後悔する。


 美観地区近くの明るい雰囲気のカフェが開店していたのでそこに入る。地卵を使ったオムレツのモーニングを食べる。スマホ倉敷駅から尾道駅までの列車の時刻をチェック。山陽本線で1時間で行けるようだ。9時過ぎの列車で行くことにする。


 ホテルをチェックアウトして、倉敷駅へ。列車は空いていた。ボックス席を独り占め状態なので、iPadを出して、小津安二郎東京物語」の冒頭のとラストの尾道シーンを観る。母親(東山千栄子)が亡くなってからすぐ終わったような気がしていたのだが、葬儀を終えて最後まで残った紀子(原節子)が東京へ戻って行くラストまで結構な長さがあり、ほとんど車中の時間はそれで過ぎていった。葬儀の後の料理屋での長女(杉村春子)のいやな感じの演技の旨さはやはり絶品。トボけた味の三男(大坂志郎)もいい感じ。末っ子の次女(香川京子)のまっすぐな透明感。そして、浄土寺で夜明けの空を見つめる父親(笠智衆)と紀子のツーショット。ラストの列車に乗る原節子の姿はこの映画はやはり彼女の映画であることを告げていた。


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 尾道は真夏の太陽に照らされてどこまでも明るかった。昨日の倉敷の雨が嘘のようだ。先ほど見た浄土寺へバスで向かう。浄土寺下というバス停で降りて、山陽本線の下を潜って階段を登り、浄土寺へ。「東京物語」で何度も出て来る線路なめの海という光景が目の前に広がっている。映画撮影時とは境内の様子(石灯籠の位置など)は変わっているらしく、映画と同じ光景を写真に撮ることはできない。それでも、ここに「東京物語」の尾道があるということは充分に感じられる。満足。


 せっかくなので、千光寺ロープウェイに乗って千光寺の展望台へ。暑いがよく晴れているので、尾道水道がよく見える。帰りは歩いて山を下る。文学のこみちを歩き、志賀直哉旧居跡へ。管理をしているおじさんがなかなかの話好きで、「志賀直哉先生の本は読みましたか?」「短編を読みました」「『暗夜行路』は読みましたか?」「いえ、まだ」「素晴らしい作品なので是非読んでください」「一度、読んでみたいとは思っているので今度買って読んでみます」「ここでも売っていますよ」という会話の後、新潮文庫の「暗夜行路」を一冊買っていた。ここら辺は猫が多く、歩いているとそこここに猫の姿が。写真に撮りたいと思ってスマホを構えると猫は画面から消えてしまい一枚も撮れなかった。


暗夜行路 (新潮文庫)


 尾道に来た理由の一つは最近見た和氣正幸「日本の小さな本屋さん」(エクスナーレッジ)に載っていた二軒の古本屋に行ってみたいということだった。“弐拾db”と“紙片”の二軒。ところが、場所は確認していたのだが、営業時間を確認し忘れていて“弐拾db”は開いておらず(23時から27時では無理)、“紙片”の営業時間はあっていたのだが、盆休みであることを見落としていてこちらもダメ。


日本の小さな本屋さん


 古本屋巡りに挫折したので、尾道ラーメンを食べることに目的を変更。ガイドに載っていた店は軒並み長い行列を作っていたので却下。通りを挟んだ斜め向かいに空席のある店を見つける。“尾道ラーメン 雑兵”という名前も気に入った。普通の店で普通の尾道ラーメンが食べられればそれでいい。醤油ラーメンと餃子を食べたが、普通に美味しかった。行列店などにとらわれない己を少し誇らしく思いながら会計して外へ出たら店の前に短いながらも行列ができていてなぜか少しヘコむ。



 尾道駅へ向かうアーケードにあった土産屋で職場への土産を買い、その隣にあった昔ながら喫茶店でコーヒーを飲み、のんびり過ごして、駅へ向かう途中に“尾道書房”という古本屋が開いているのを見つける。文庫、新書中心の店であるが、品数は多い。新書も多くが150円と値段も安い。仕事関係の文庫・新書を3冊買った。

 尾道駅近くの歩道脇に有名人の足形が点々と置かれているのに気づく。特に尾道出身者という縛りがあるわけでもないようだ(外国人のものもあった)。とりあえず、赤瀬川源平の足形を写真に撮る。将来この足形たちがプレートがなくなり、謎の足跡としてトマソン物件のようなものにならなければいいなと思う。


 尾道駅から新幹線の乗車駅である新倉敷駅へ。ネット予約してある新幹線を待ちながら駅のベンチで梯久美子原民喜」を読了。広島の原爆を意識したので久しぶりに片渕須直監督の「この世界の片隅に」を観直したくなる。今年末には30分ほどのシーンを加えた長尺版が公開されると聞いたので、その前に現行版をもう一度観ておきたいという気もあった。


 新幹線に乗り込み、テーブルを出し、その上にiPadを立て、イヤフォンをして視聴開始。いい歳したおっさんがiPadでアニメを観ているなんて人が見たらなんて思うかとも思ったのだが、始まってしまうとそんなことどうでもよくなりこれまで同様にその世界に惹き込まれた。ただ、すずさんと晴美さんのシーンや玉音放送後のシーンは人前で観たことを後悔するくらいまた心揺さぶられる。新横浜まであっという間だった。


この世界の片隅に