アン・サリーを聴きながら去りし年を思う。


 早いものでもう大晦日だ。


 気がつけば2ヶ月近くこの日記を書いていない。このままだと宿題を年越しするような気持ちがするので、簡単にこの2ヶ月を振り返っておこう。


 11月は、一年前に病でこの世を去った友人の一周忌だった。命日は仕事の関係で墓参りをするのは難しかったので、次の休日に電車に乗って北関東にある友人の墓所に行った。墓には命日に遺族が供えたのだろう花がすでに枯れた姿で挿されていた。新しい花に挿し替え、墓の掃除をし、駅前のコンビニで買ってきた線香を立てる。風もなく晴れ渡った小春日和だ。夏に友人4人で来て以来の再会をする。あの時は他の友人に遠慮して早々に切り上げた黙祷も心置きなくできる。「また来るよ」と心の中でつぶやいて顔を上げると、急に風が吹いてきて墓の後ろの真新しい卒塔婆がカタカタと音を立てて揺れた。もちろん、ただの偶然にすぎないことはわかっている。でも、他に誰がいるわけじゃなし、彼女が挨拶にきてくれたのだと思うことにする。
 「わざわざ悪いね」、「いや、こちらこそ」。


 そうそう、10月後半には仕事で京都に行った。仕事の隙間を見つけて善行堂に寄る。目的は山本善行さんとのおしゃべりと山本さんが選をしたこの本の入手。


瀬戸内海のスケッチ 黒島伝治作品集

瀬戸内海のスケッチ 黒島伝治作品集


 装幀もすてきな軽やかな本。おしゃべりを楽しんでいたら仕事の電話がかかり、バタバタと善行堂を後にした。


 今年は夏にもなんとか休みを捻出して2泊3日で遊びに行ったので京都に2回行くことができたのもうれしかった。昨年は1泊で京都の本屋を回ったのだが、今年どうしても2泊したかったのは神戸まで足を伸ばしたかったからだ。9月で神戸の海文堂書店が閉店すると聞いてどうしてももう一度行っておきたいと思ったのだ。
 僕が足を踏み入れた8月後半の海文堂書店はすでにどこか帰り支度をしているような寂しさとなお去りがたき名残惜しさがない交ぜになったような雰囲気がしていた。小一時間も店内をうろうろして文庫、新書、単行本とサイズの違う本を3冊選ぶ。それぞれにこの店のカバーを巻いてほしいから。文庫はご当地作家の村上春樹訳のレイモンド・チャンドラー。たまたまレジには北村知之さんがいた。もう何年前になるだろうか、この店で岡崎武志さんのトークイベントがあってそれに参加したのがこの店に足を踏み入れた最初だった。イベント終了後の打ち上げにも参加させてもらい2次会のカラオケ終了後、三宮の東横インに帰る僕は同じ方向に帰る北村さんと二人で夜の神戸をしばらく話しながら歩いたことを思い出した。しかし、残りの時間を店員として粛々と仕事をされている北村さんに声をかけるのはなんだかはばかられた。僕もただ客としてこの店に来たのだという思いもあり、北村さんにカバーをつけてもらった本とおつりを受け取って店を出た。その後、しばらく経ってyoutubeで海文堂閉店の日の映像を見た。そこに北村さんの姿もあった。その姿を見ながら、たった数回しか海文堂に行っていない僕がかける言葉など何もないことに今更ながら気づかされた。


 12月には関内ホール柳家小三治独演会に行った。会の存在を知ったのが遅く、とれた席は2階席の後ろの方だった。見渡す限り自分より年上の人ばかりの会場で遠く下の方に座っている小三治師匠を見つめていた。演目は「金明竹」と「芝浜」。この暮れに師匠の「芝浜」が聴けたのはうれしかった。師走に入っても文字通りドタドタと走り回ってばかりで周りを見回す余裕もなく過ごしていたので、初めて年の瀬であることを感じさせてくれるひと時だった。




 昨日は仕事納め。晦日まで働かされるのかとちょっとブルーになる。しかし、何度目かのリストラでこの年の瀬に無職になった友人のことを思うと文句も言えない。働けるだけでもありがたいと思わなくちゃね。友人宛にアマゾンで米とカップ麺を送る。食べるものがあれば人間なんとかなるだろうと思いたい。



 夕方職場を出て桜木町に向かう。若い知人たちとの忘年会だ。パン屋をやっている知人から誘われた。中には久しぶりにあう人もいる。彼らに最初にあったのは25年ほど前、彼らがまだ10代前半だった頃だから、もう30代半ば過ぎになったのか。子供の話や家の話、そして仕事の話。知人のパン屋がまだ独身で「誰か紹介してあげてくださいよ」と頼まれる。「自分の相手も見つけられないヤツがどうして他の人に紹介できるんだよ」と言ったら「まだ、結婚する気でいるのか」と驚かれた。そう見られてもしょうがない歳になっているということにまったく自覚がないんだよな。これも困ったもんだ。




 今日はフリー。今日中に実家に帰るだけだ。今年最後の朝風呂に入る。BGMは最近出たアン・サリー嬢のCD。「森の診療所」という名の2枚組。新録音のニューアルバムではなく、これまで他のアーチストのアルバムにゲスト参加した曲を集めたDISC1とテレビや映画の挿入歌やCM曲を集めたDISC2からなるもの。アン嬢のゲスト参加したアルバムはほぼチェックしているのでDISC1は僕には目新しさはない。これまで音源化されなかったものを含む2がうれしいので、風呂でもこれを聴く。中でも楽しみにしていたのは以前に小田急ロマンスカーのCMで流れていた彼女の歌う「ロマンスをもう一度だ」。ただこれはCM用の録音のためフルコーラス歌われておらず、冒頭の歌詞を歌ってはいるが、その後はメロディをハミングして1:20ほどで終わってしまう。同じCMで歌っていた畠山美由紀はアルバムに収録する際にフルコーラスにして新録音していたので期待していたのだが、残念。


 このCDと同時に同名のエッセイ集も発売されていて、僕は本とCDがセットになった限定版をネット通販で購入した(ちなみにこの限定版はアマゾンでは買えません)。


森の診療所  アン・サリー (MUSASHI MOOK)

森の診療所 アン・サリー (MUSASHI MOOK)



 この本には「アン・サリーおすすめのアルバム」というページがあり、45枚のアルバムがコメント付きで載っている。最近はこれらのアルバムで未所持のものを少しずつ集めるのを楽しみにしている。まずはジャズのジャンルのものを集めている。ちなみに「Japanese Rock&Pops」で挙げられているアルバムは以下の通り。


 この中では3枚しか持っていない。これから少しずつ手に入れて行くつもり。来年のお楽しみ。



 この時期になるとあちこちで「今年の3冊」という言葉が目に入る。一応自分の3冊は何だろうと考える。正直考えるほど本を読んでいない。買うけど読めないという宿痾はいつも自分とともにある。その中でも印象の強い3冊はこれ。

古本の時間

古本の時間

11/22/63 上

11/22/63 上


 気づけば比較的最近読んだものが多い。別の言い方をすれば物忘れが加速しているので今年前半にどんな本を読んだのかすぐには思い出せないんだよな。


 とくに3冊目の「殺人犯はそこにいる」はつい一昨日読み終えたばかり。読み始めると止まらず一気に読んでしまう。そういう内容を持った本だ。北関東で起きた連続幼女誘拐殺人事件を追ったノンフィクション。ぼんやりとしか知らなかった菅谷利和さんの冤罪事件の顛末は驚くべき事実の連続で言葉もでないが、この本のすごいところはその重大事がただの序章にすぎないということだ。その先に筆者がたどり着いた事実こそが筆者の本当に書きたかったことなのだ。菅谷さんが冤罪で捕まった幼女殺害事件の被害者が生きていれば20代前半になっている。僕の職場にも被害者と同じ県出身の20代前半の女性がいる。職場の忘年会ではその元気さにこちらがちょっと引き気味になってしまうほどのエネルギーを感じさせる。ああ、「若さ」ってこうだったなと正直彼女を見ながら遠い目をしてしまった。幼女殺害事件の真犯人はまだ捕まっていない。もしかしたら被害者は同僚の彼女であったかもしれないと思う。普段そんな風に意識することなどないのだけど、彼女が生きていてよかったなと思う。そう思わせる力のある本だ。





 さあ、そろそろ実家に帰る支度をしよう。本は何を持って行こうか。


 この日記を訪ねてくださった皆様ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。