日帰りで行く善行堂。


 朝、新幹線で何を読もうか考え、以前にサブカル系古本屋の100円棚で見つけた山田稔「あ・ぷろぽ」(平凡社)にする。京都に行くのだから、なにか京都に関わりのある本を読みたくなるのが人情だ。これは山田さんが『月刊百科』に連載していたエッセイを中心にまとめた本。冨士正晴、天野忠といった山田本でお馴染みの人々の思い出や下鴨古本まつり、三月書房、進々堂の話などまさに今日という日にうってつけの1冊だった。


 「あ・ぷろぽ」を読み終わる頃に京都着。駅を出ると空は明るいのだが小雨がぱらつく。貸自転車を借りて古本屋回りをしてみようかと考えていたのだが、やめて地下鉄で京都市役所前まで行く。時間はまだ11時前。今日の目的善行堂の開店が12時なのでまずは腹ごしらえと寺町通りにある喫茶店スマートの2階でランチ。しばらく前から続けていた願掛けの米断ちは願いが無事かなったため今日から米解禁。オムハヤシを食べる。


 スマートを出て市役所脇をすり抜けて寺町通りを進む。目指すは三月書房。その道すがら梶井基次郎檸檬」の舞台となった八百屋「八百卯」にシャッターが下り、そこに閉店のお知らせが貼り付けてあるのを見る。閉店の報は聞いていたがやはり目の当たりにすると実感がわく。これまで三月書房に来た折に何度となく通っていたのにほとんど気にとめることがなかったことを今更ながらちょっと後悔する。


 三月書房は相変わらず。魅力的な棚であり、品ぞろえだ。


 西東本は「yomunelの日記」で、大竹昭子「随時見学可」を読んだyomunelさんが作中に出てくるこの本についての記述に反応しているのにこちらも反応してしまった。近々「随時見学可」は読むつもりなので、そうなればまず間違いなく「神戸 続神戸」を読みたくなってしまうに違いないのだ。

 鈴木本は1970年に出版されたこのフランス文学者の遺作エッセイ集。この箱入りの本が奇麗な新刊として900円で買えるのだからすてきだ(善行堂の棚にもありました。さすが)。


 このあと京都駅に戻り、ロッカーに預けておいた荷物を取り出して、17番のバスに乗り、善行堂に向かう。場所はだいたい見当ついているのだが、降りるバス停が不確かだったので、携帯で「空想書店 書肆紅屋」にアクセス。紅屋さんが善行堂のプレオープンをレポートした記述をチェックすると思ったとおり「銀閣寺道」で降りると近いことが明記されている。さすが紅屋さん、助かります。


 「銀閣寺道」で下車し、今出川通りを反対側に渡って、百万遍方面に少し戻るとあったありました青い庇が。店内には白いシャツを着た山本さんが女性のお客さんと話をされていた。
 善行堂は予想していた以上に素敵な店だった。まず、壁全面の棚を入って左手一面にほぼ集中させ、全体的にすっきりした印象。天井も高く開放感がある。右手には2階に昇る階段があり、その登り口前に文庫が入った胸までの棚が2本。階段の側面にも胸までの棚が1本とガラス戸の付いた低めのケースが並んでいる。そして縦長の店の奥に机があり、山本さんが座っている。ブラックボディのボーズ社製CDプレーヤーからはジャズがいい音で流れていた。


 来客用の椅子に座らせていただいて山本さんといろいろ話をさせてもらう。ひと月遅れの開店祝いとして善行堂に合いそうな古本とジャズのCDを持って来たので山本さんにお渡しする。その中に僕がアン・サリー嬢の歌う日本語の歌をセレクトした「和歌集」を1枚入れておく。実は密かに「善行堂にアン・サリーを流す」ことを目論んできていたのだ。山本さんは「和歌集」を喜んでくれてすぐに流してくれる。あっけなくミッション成功。彼女の歌声は、京都にも、善行堂にもマッチしているように思えた。


 じっくり棚を見せてもらい、数冊の本を選ぶ。


 店の外は陽が射して明るくなってきた。雨の心配はなさそうだ。山本さんのご好意で自転車をお借りする。荷物を善行堂に預けて自転車で北白川通りを一乗寺に向けて走るとあっという間に恵文社一乗寺店に到着。この店はいつ来ても若い文化系女子であふれている。SUREの「セミナーシリーズ 鶴見俊輔と囲んで 1」を買う。


 今度は来た道を戻りながら萩書房へ。ここで先ほどまで機嫌のよかった空から雨粒が。店内をさっと眺めて新刊で買うつもりだった嵐山光三郎の文庫を1冊選ぶ。


 雨が降り始める中を近くのコンビニまで急ぎ、ビニール傘を手に入れてからガケ書房方面へ。全適堂が開いているのでちょっと覗いてからガケ書房へ。本当は今回ガイド代わりに持ってきた『Sanpo magazine』2号で山本さんが松田青子さんと回っていた文庫堂、欧文堂、福田屋書店も回りたかったのだが、雨と時間を考えて今回は見送る。次回の楽しみにとっておこう。


 ガケ書房の滞在がけっこう長くなってしまった。結局、新刊ではなく古本棚から1冊。


 今日山田本を読んできた影響かな。


 ガケを出ると雨はやんでいた。善行堂に戻る。


 また山本さんとおしゃべり。これが楽しいので行きたいと思っていたジャズ喫茶「ラッシュ・ライフ」は次回に回す。


 山本さんがこの善行堂にかける意気込みが言葉の端々から伝わってくる。店売りの古本屋が減ってほしくない、古本屋がやっていけるということを証明したい、古本に30年携わってきた自分が失敗したら古本屋を始めたいと思っている若い人たちのやる気を殺いでしまうかもしれないと考えると責任は重い。古本屋に限らず自営業にとって厳しいこの社会情勢の中での船出であるが、山本さんの顔には不安とともにそれを上回る期待が感じられた。


 11日からの下鴨古本まつりに合わせて京都に来る人が立ち寄れるようにその期間も善行堂は店を開けるそうだ。この機会にぜひ善行堂に寄ってみてほしいな。古本ソムリエが選んだ本が並んでいるのだから、棚の充実度が違いますよ。


 6時半過ぎまでいてお暇する。店主と馴染み客が話しこんでいる古本屋っていうのは本を買いにくいから商売の妨げになったのでなければいいが(僕が帰った後にたくさんお客さんが来店したようでホッとしました)。



 また17番のバスに乗って京都駅へ戻り、駅地下の京漬物西利で「京のお茶づけ」を食べる。ご飯とほうじ茶はお代わり自由。好きな京漬物を堪能する。大根の浅漬けと茄子の漬物を土産として買って帰る。



 帰りの新幹線では小谷野敦私小説のすすめ」(平凡社新書)を読了。