手を上げて横断歩道を。


 今日は休みを取って朝から家を出る。


 行く先は二俣川の運転免許試験場。免許の更新だけならペーパーのゴールド免許持ちなので最寄りの警察署でいいのだが、実は数年前の海外出張時に免許の入ったバッグを盗難にあってしまっているため再発行の申請もしなければならないのだ。


 平日であるが、学生の春休み期間中でもあるため試験場は開場の8時半にはすでに人々が長蛇の列を作っていた。書類を書いて窓口へ行くと、次に並ぶ窓口を指示され、また戻ってきて書類を出すと、今度は別の窓口へ行くように指示される。そんなことを繰り返しているとなんだか自分がへたな映画に出てくる社会主義国家の住人にでもなったかのようなぼんやりとした気分になってくる。そんなしまらない地獄巡りの最後に講習室へと行かされる。


 いちおう優良運転者なので講習は30分だけ。半分はビデオ鑑賞で後半は道路交通法の変更に関する簡単な説明など。あきらかに講習自体が目的ではなく、当日発行の免許証を準備するための時間潰しのような印象を受ける。講習開始前に係の女性が無事故無違反の運転者が申請できるSDカードなるものの勧誘トークを行ったので驚く。このカードを持っていると全国約25,000店の店で割引などのサービスを受けられるのだそうだ。えっ、神奈川県警管轄の公共の施設でこんなメンバーズカードの勧誘みたいなことが行われているんだ。勧誘トークをしている女性も「本当はこんなことしたくないし、あなたがたもなんでこんな勧誘をされるんだと思うと思うけど仕事だから仕方ないのよ」とでも言いたげな表情で自分に与えられた職務を事務的にこなしていた。


 講習終了とともに新しい免許証が渡される。思ったよりも早く終わったので、ここから神保町へと出ることにする。ある本を買いに行きたいのだ。


 神保町までの車中は携帯本の岡崎武志「ご家庭にあった本」(筑摩書房)を読みながら。一昨日高円寺のコクテイルであったこの本の出版記念並びに岡崎さんの誕生日を祝うイベントに参加したので、この本は著者のサイン入りになっている。



 目的地に着くとちょうど正午。空腹を覚えてめぼしい店をのぞくが全て店頭には行列ができている。これは少し時間を置いた方がいいとまずは書店街を越え、三茶書房の前の横断歩道を渡ってヴィクトリアへ。セール品を中心に野外仕事用の服を選ぶ。


 ヴィクトリアの袋を持って三省堂の4階へ。今日の目当ての本はこれ。

  • 「書影でたどる関西の出版100」(創元社

書影でたどる関西の出版100 明治・大正・昭和の珍本稀書

書影でたどる関西の出版100 明治・大正・昭和の珍本稀書



 一昨日のコクテイルでは上京中の林哲夫さんと久しぶりにお会いすることができた。林さんはこの「書影でたどる関西の出版100」の装幀を担当しており、それが評価され今年度の竹尾賞を受賞し、その授賞式出席のための上京であるとのこと。挨拶をされた林さんが、「この本買った人!」と会場に問いかけた時、誰ひとり手を挙げる人がいなかった。本好きしかいない店内で誰も持っていないのはちょっと寂しい。もともと欲しいと思っていたのだが、高価な本のため買うきっかけがつかめずいたところだったのでちょうどいい、ここで買ってやろうと決断した。


 それに恩師のブログには“おすすめの本”として以下のように推奨されている。

《関西の出版史を探索した新聞連載の記事をまとめたものなのだけれど、レイアウト、写真、造本がみごとで、「一見」に値する。【中略】こういう本を出す蓄積も勇気もないけれど、本作りの楽しさを久しぶりに感じさせてくれる本だった。》


 となればやはり買わないわけにはいかないよね。

 

 既に時計は2時近くをさしている。キッチン南海でカツカレーをと思うがまだ列がなくならない。スヰートポーズの前にも人。結局さぼうる2の相席でナポリタンに落ち着く。


 食後に岩波ブックセンターへ。

  • 山澤英雄校訂「誹諧 武玉川(一)〜(四)」(岩波文庫

誹諧武玉川 1 (岩波文庫 黄 244-1)

誹諧武玉川 1 (岩波文庫 黄 244-1)



 以前NHKBSで放送された脚本家・木皿泉のドキュメンタリー番組で脚本を書く時に何度となく参照され、番組中のドラマの各話の題にも使われていたのがこの誹諧集だった。それ以来手に入れたいと思っていたのだがなかなか巡り会わず、ここに来ればあるだろうと思って来たらやっぱりあった。さすが岩波ブックセンター。好きです。



 帰りの電車でも「ご家庭にあった本」を読み継ぐ。各編1冊の古本をとりあげているのだが、その本の解説が主ではなく、それをきっかけとして昭和の様々な風俗や生活について話題を広げて行く。そこが岡崎さんの腕の見せ所。中でも“電気のふしぎ”と題された竹内時男「こども電気学」を扱った1編がいい。谷川俊太郎から話を始め、その父・谷川徹三へ。そして徹三が研究対象とした宮澤賢治に及び、「サザエさん」を挟んで岡本かの子「老妓抄」に結びつける。これが“電気”という言葉によってつながるから面白い。最後は「こども電気学」の絵を描いた画家・木俣武の中にロシア・アバンギャルドの影響を見つつ、それが太平洋戦争開戦へと向かう時代の産物であることを指摘して終わる。僅か5ページ余りにこれだけの項目を入れ込んでまとめあげるのはさすがプロの仕事だと思う。


 岡崎さんはあとがきで川本三郎さんの影響について触れているが、それ以外に丸谷才一エッセイからも岡崎さんは多くを学んでいるのではないか。なぜそう思うかは、この本を読んで想像してみてください。


ご家庭にあった本―古本で見る昭和の生活

ご家庭にあった本―古本で見る昭和の生活


 帰宅後、録音しておいたTBSラジオ森本毅郎・スタンバイ」の岡崎武志さんの書評コーナーを聴く。今日がこのコーナーの最終回ということで岡崎さんは自著「ご家庭にあった本」を紹介していた。