ミル・アン・サリー。


 昨夜からの大風が今朝もやむ気配を見せない。


 朝風呂に入り、昨日の花粉を体から落とす。うかうかしている間に4月になってしまった。好きなスタンダードナンバーである「エイプリル・イン・パリ」を聴きたくてサラ・ヴォーンのアルバムを浴室に流す。

サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン+1

サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン+1

 雨がぱらついているが、風が強く傘をのんびりさしている場合ではない。傘は手に持ち、撥水加工のコートを着てフードを手で押さえながら出勤。


 目前に迫った仕事の準備に追われ追われて一日を過ごす。まだまだ先行きの見通しは不分明である。


 退勤する頃には風も雨もやみ、生暖かい日中が穏やかにひんやりとした夜になった。


 本屋へ。エッセイコーナーでも、ノンフィクションコーナーでも見かけなかったこの本は、やはり旅行記・ガイドコーナーの鉄道寄りの棚の中にひっそりとさされていた。

沿線風景

沿線風景


 買ったところですぐには読めないことは分かっているのだが、この鉄道紀行エッセイの体裁を持った本が実は僕も愛読していた『週刊現代』の「リレー読書日記」をもとにしたものであることを知って驚き、その第1話の舞台が子供の頃から慣れ親しんだ東武伊勢崎線であることに心誘われやはりレジに向かうのだった。


 階下のCDショップで漫然とジャズの棚を眺めていたら我が愛しの歌姫アン・サリー嬢のコーナーに見慣れぬアルバムを見つける。「ANN SALLY『Moon Dance』」と書かれているアルバムは僕の愛聴盤と同じ名前を持ちながらその姿は全く違うものなのだ。よくよく確認してみるとこのアルバムの発売元であるビデオアーツ・ミュージックの25周年を記念した特別限定盤であることが分かった。そのため値段が1,000円なのか。この名盤が中古でもないのに千円札1枚で買えるなんて嘘みたいな話だ。先ほど愛聴盤と言っておきながら格好がつかないのだが、このアルバム(オリジナルの方)がこのところどこにあるのか見つからずずうっと探している状態だったので、この出会いはまさに僥倖なのである。もともと2枚持っていてなんの抵抗もないくらい好きなアルバムなのだから喜んで購入する。

ムーン・ダンス

ムーン・ダンス

 帰宅して、久しぶりに「Moon Dance」を聴くに相応しい場所はどこかと悩み、やはり湯船につかりながら心身ともにくつろぎたいと考えて風呂に入る。しばらく使っていなかったアロマキャンドルを引っ張りだし、灯をともして浴槽横の窓辺に置き、その炎を眺めながらアン嬢の歌声に耳を傾ける。ああ、やっぱりいいな。彼女の歌を聴けば落ち込んだ時も千人力だ、もし無人島に1枚だけアルバムを持っていけるとなったら絶対このアルバムを選ぼう(人のいない場所に電源があるのかという問題はおくとして)とセンチメンタルな気分になる。繊細でいておおらかな歌声に身を委ね、「蘇州夜曲」に生きたはずない戦前の光景が浮かび、「星影の小径」のゆったりとした旋律になにやらまどろみのような安逸を感じる。


 風呂上がりにもう一度アルバムをはじめから聴き返した。


 オリジナルはこれ。

ムーン・ダンス

ムーン・ダンス