サラダ or ドレッシング。


 今年の仕事も山を越えた。仕事は28日まであるが、屋内仕事のみのため一日の半分を職場にいるというような状態にはならない。気持ちが軽くなる。



 山となった(比喩ではない)積読本を読んだり、録り溜めてあるドラマなどに向き合うビッグチャンスなのだが、そんな時に限って魅力的なニューカマーに目を奪われることになる。以前に出た成瀬巳喜男のDVDBOXに入らず、単品のDVDも発売されずにきた「晩菊」(1954)がネット配信で販売されたことを知る。早速購入して視聴。杉村春子主演。芸者あがりで金貸しをやっている“きん”(杉村春子)と元芸者仲間の“たまえ”(細川ちか子)、“とみ”(望月優子)の3人の中年女性をめぐる物語。ここに“のぶ”(沢村貞子)が絡む。この地味に凄い女優たちの共演が見所。いつもながらに杉村春子のうまさに魅了される。過去に心中をしようとした相手で、今は落ちぶれてしまった“関”(見明凡太郎)をにべもなく追い返した後、昔好きだった“田部”(上原謙)の来訪には上気し、嬌声まで上げてみせるその振り幅の見事さ。ただ、その田部も結局は自分の金目当てだと知ったきんの心理が杉村春子のモノローグ(内面の声)として語られるのが気になった。ここ以外では一切心情をモノローグで表現する手法は使われていないためこの場面だけ唐突に感じてしまう。それに、杉村春子だものそんな言葉による説明を使わなくても演技でそれを充分伝えられるだろうに。成瀬巳喜男杉村春子を信用していなかったのか、それとも観客を信頼していなかったのか。どちらかとすればたぶん後者だろうな。望月優子のとぼけた味わい、有馬稲子(とみの娘役)のあっけらかんとした娘ぶり。最初と最後にだけ出てくる加東大介の安定感。ほぼ何も起こらない面白さ。いい映画だ。


 「晩菊」の他に「驟雨」(原節子)、「女の座」(笠智衆高峰秀子)、「あらくれ」(高峰秀子)も配信されている。今のところDVD発売の予定はなさそうなので、これらも配信で観ておきたいと思っている。



 昨日は土曜日なので半ドン。午後から神保町に行く。年末恒例の雑誌『フリースタイル』の“THE BEST MANGA 2019 このマンガを読め!”号を購入するためである。この雑誌は地元の本屋には入らない。まだ昼食をとっていなかったのでキッチン南海で久しぶりのカツカレー。3時の中休み前にギリギリ入店できて喜んでいたら、椅子から転げ落ちて床にゴロンと横になってしまう。腰掛け方が浅く、背もたれがなく、真ん中が盛り上がっている丸椅子のため、尻がずり落ちたのだ。店内の注目を浴びて恥ずかしい。最初のトリプルアクセルで転倒したものの、気を取り直して残りのプログラムに挑むフィギアスケートの選手のように目の前のカツカレーに挑み、無事完食する。



フリースタイル41 THE BEST MANGA 2019 このマンガを読め!


 『フリースタイル』を入手して、神田伯剌西爾へ。コーヒーを飲みながら今年のベストマンガのアンケート結果を読む。1位は鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(KADOKAWA)。このマンガは第2巻まで出ており、すでに読んでいる。『週刊文春』の長嶋有「マンガホニャララ」で褒められていたのを見て早速手に入れて第1巻を読んだ。夫を亡くし一人で書道教室をやっている75歳の老女とBLマンガが大好きで書店でアルバイトをしている女子高校生との交流を描いた物語。年の離れた二人がボーイズラブマンガを仲介として仲良くなっていく。高齢化社会の理想的な世代間交流のあり方としてほっこりとするマンガ。1位という結果に納得する。



メタモルフォーゼの縁側(1) (単行本コミックス)


 マンガといえば伯剌西爾で知らなかった情報を得る。先日読んだ加納梨衣「スローモーションをもう一度」(小学館)の著者が伯剌西爾でアルバイトをしていたとのこと。昔から通っている店なので、たぶん見たことのある人なのだろうな。第4巻に伯剌西爾をモデルとした喫茶店が出てくると言われてその場面を見たらどこからどう見てもこの店(店名も“ブラジル”)だ。言われるまで気づかないとは一体どこを見ていたのやら。



スローモーションをもう一度 4 (ビッグコミックス)


 今日は休み。読みかけの「カササギ殺人事件」を読み進めたいし、西荻窪で“オカタケ・古ツアの古本ガレージセール”があるので昼前に出かける。家にいるとなかなか本を読み進められないことが多い。他のことをやってしまったり、読みながらすぐ寝落ちしてしまったりしてしまう。電車の移動中が一番読書が進むのだ。


 小雨のそぼ降る西荻窪に到着。ガレージセールの会場である銀盛会館にいく道中にある盛林堂に寄る。店内にある岡崎武志棚と塩山芳明棚から1冊ずつ選ぶ。

ガルシア=マルケス「東欧」を行く
隠れたる事実 明治裏面史 (講談社文芸文庫)


 共に欲しいと思っていた新刊2冊。盛林堂を出て、銀盛会館へ。本当にガレージのような場所に本がずらりと並んでいる。そして奥にはオカタケ・古ツアのお二人が並んで座っているのがなんとなく微笑ましい。強者二人の蔵書放出なのだから魅力的な本が並んでいる。「ちくま文庫講談社文芸文庫を安く出しているよ」と岡崎さんから声を掛けられる。おっしゃる通りなのだが、それらの魅力的な本のほとんどをすでに持っているため買うことができない。持っていて嬉しいんだか残念なんだかよくわからない状態でガレージをぐるぐる回る。それでも気がつくと9冊ほど手にしていた。その1冊は盛林堂が出版元となっている岡崎武志素描集「風が穏やかな日を選んで種をまく」。主に映画の一場面を色鉛筆でスケッチしたもの。No.6「男と女」やNo.29「冒険者たち」などに惹かれる。前者は犬を連れた男の後ろ姿。犬をつなぐリードの長さが絶妙。なぜ絶妙なのかは説明できないがそうとしか思えないのだ。後者は、トラック(荷台に小さなクレーンが付いているタイプ。なんという名前なのだろう)とそれに上から近づく二重翼の小型プロペラ機を描く。プロペラ機のしなり具合と哲学者のようなトラックの姿が好き。これだけ買って4千円でお釣りがくる。



 カバンが本でパンパンだし、雨も降っているので大人しく地元にまっすぐ帰る。買うだけでなく、読むことも目的の外出なので、帰りの車内もひたすら「カササギ殺人事件」。



 地元の駅ビルでリンゴとミカンの詰め合わせ袋を買う。店内のあちこちでクリスマス用のチキンを売っている。定番の骨つきチキンが苦手なので、その代わりに大戸屋で遅めの昼食としていつもの“鶏と野菜の黒酢あん”単品と手作り豆腐を注文する。1年ほど前に後払いから前払いシステムに変更したと思ったら、今月になって来てみるとまた後払いシステムに戻っていた。ここの大戸屋はなんだか迷走しているように見える。前払いシステムの時に注文して1時間ほど料理が出てこないことがあり(読書に耽っていたのであまり時間を気にしていなかったのだが自分より後に入った人が自分と同じ料理を食べて出ていくのを見て流石にこれはおかしいと気づいた)、しばらく入るのをやめていたのだが、空いている時間なら大丈夫だろうと今月からまた利用するようになった。今日は、単品の注文でも付くはずのサラダがなかった。前回同じ品を注文した時に、店の人から「単品でもサラダは付きますから」とちょっと自慢げに言われていたので尚更サラダの不在に目がいってしまう。しかも、ドレッシングの入った小さな容器は運ばれてきた盆の上に乗っているではないか。サラダにドレッシングをつけるのを忘れてしまうのはわかるのだが、ドレッシングにサラダをつけ忘れるのはちょっとわからない。面白いのでそのまま何も言わずに食べる。以前にも書いたが、この黒酢あんと豆腐の組み合わせを好むのは、豆腐にかけるように付いてくる削り節を黒酢あんの料理にかけて食べるのが好きだからなのだが、豆腐にはもう一つ小さな容器(ドレッシングと同じもの)に入った生姜も付いており、この生姜の処置にこれまで困っていた。もともと豆腐に薬味はいらないタイプであり、しかも刺激の強い生姜によって豆腐自体のもつ味わいが消えてしまうのが嫌なのだ。前回、この組み合わせを頼んだ時、ふと思い立って黒酢あんと鰹節がまぶされた鶏の唐揚げに生姜を乗せて食べてみたらこれがジャストフィット。うまいのである。これまで持て余していた生姜が、こんなに魅力的なものになるなんて思いもよらなかった。今日などは、もう少し生姜の量が欲しいとさえ思っている自分に気付く始末。「鶏と野菜の黒酢あん」の奥は深い。また、次回も同じ組み合わせを頼んでしまうと思う。サラダの有無など問題ではない。ただ、この迷走する大戸屋がこの街からなくなってしまうことだけが不安である。