石ころと一緒に。

 いつもより30分早く起きて家を出る。今日は職場が提携している施設での年に一度の人間ドックの日。東京へ向かう電車はとてつもなく混むのでそれを避けて6時台の電車に乗り、神保町で下車。コンビニ以外開いていないような閑散としたすずらん通りを過ぎる。人影少なく静かな道に僕の足音が鳴る。それがいつもと違いなぜかカラコロカラコロと不思議な音付きで。靴の裏を見てみると、かかとの部分に小さい亀裂が走り、どうやらそこから小石が中に入ったらしい。それがさっきから音を立てていたのだ。手の入る大きさではなく、また切り口が中に向かってそる形になっているため、入りやすく出にくい状態になっている。これでは取り出すこともできないよ。このまま一日この石ころとともに歩き続けることになった。



 早すぎたかと思ったが施設はすでに開いており、僕が一番最初の受診者となる。巷では新型インフルエンザ対策として駅員やコンビニの店員でさえマスクをしているのに、この医療機関では医者以外だれもマスクをしていない。大らかと言ったらいいのかちょっと不安になる。


 2時間弱で簡易ドックは終了。例年土曜日に来ていたので、この後は古書会館の展示即売会を覗くのが通例なのだが、今日はやっていないため、とりあえず大型書店や古本屋が開く時間までマクドナルドで小林信彦「昭和のまぼろし」を読みながら時間を潰す。


 開店して間もない東京堂に入る。3階に上がり、新刊棚を見ていると編集工房ノア本が並ぶ場所にPR誌『海鳴り』21号が置かれていた。これはうれしい。“ご自由にどうぞ”という紙に感謝して貰う。アストラの奥山さんが作っているミニコミ『葬』の1号と2号持ってレジへ。平日の午前中にスーツにネクタイの男がこのミニコミだけを買っていくというのは何とも不思議な光景なのだろうなあと思いながら1階へ降りる。
 1階では60代と思われる男性が村上春樹新刊がいつ店頭に並ぶのか熱心に聞いていた。そうかもうすぐなんだな。サイン本のコーナーでこれを見つけた。


 林哲夫さんの本の絵を使ったカバーが目を惹く。装丁も林さん。思っていたより版が大きく、それが存在感につながっている。創元社のウェブサイトに連載されていたものに高島俊男お言葉ですが…」風にたっぷり追記がされているお得な1冊。


 混む前に丸香で肉うどん。前に座った男性2人は初丸香のよう。「ここはいつも行列になっていて一度も入れなかったんだよね」「なにがそうさせるんですかね」と言いつつ、うどんを大盛りにし、片方の人が頼んだげそ天の大きさに感嘆し、もう一人も追加で頼んでいた。この人たちもハマったなと思う。


 その後、伯剌西爾で冷しブレンドを飲みながら『海鳴り』から小沢信男「『リレハンメルの灯』のもとに」、山田稔「一徹の人」、庄野至「夜行列車と蜜柑」を読む。それぞれ味わいのある文章であるが、僕には山田さんのものが一番読み応えがあった。同じ会に所属する善良なる人への微妙な距離感を描きだして見事に亡くなったその人へのレクイエムとなっている。


 日本特価書籍で気になっていた新刊を購入。

素白随筆遺珠・学芸文集 (平凡社ライブラリー)

素白随筆遺珠・学芸文集 (平凡社ライブラリー)

久生十蘭短篇選 (岩波文庫)

久生十蘭短篇選 (岩波文庫)

ジョウゼフ・アンドルーズ〈下〉 (岩波文庫)

ジョウゼフ・アンドルーズ〈下〉 (岩波文庫)

 このところの岩波文庫の充実ぶりはうれしい限り。


 午後、都内での会議に出席してから帰宅。


 今週末の5月30日(土)・31日(日)に池袋古書往来座で行われる外市に出品する本を段ボールに詰めてコンビニから送る。今回の伴健人商店は以下の本を出します。



【単行本】
「女たちの本屋」多田淳子
「出版現実論」藤脇邦夫
「出版幻想論」藤脇邦夫
「独身者の住まい」竹山聖
「死んでいるかしら」柴田元幸
白洲正子“ほんもの”の生活」新潮社
「いま、文学の森へ 大阪文学学校の50年」
「なつかしの大阪朝日会館」
東スポエンタメ劇場」
「えの素上」榎本俊二
「えの素中」榎本俊二
「えの素下」榎本俊二
谷川俊太郎エトセトラリミックス」
「微熱都市」川本三郎


【雑誌・ムック】
『CV 創刊準備号』太田出版
『追悼!噂の眞相岡留安則
『モンキー・ビジネス少年少女号』
『モンキー・ビジネス対話号』


【新書】
同級生交歓文藝春秋
「人間を守る読書」四方田犬彦
「日記をつける」荒川洋治
映画芸術への招待」杉山平一
「皇妃ウージェニー」窪田般彌
「最後の物たちの国で」ポール・オースター
「絹」アレクサンドロ・バリッコ
「ミラノ 霧の風景」須賀敦子
真珠の首飾りの少女」トレーシー・シュヴァリエ


【文庫】
「英国に就て」吉田健一
「にくいあんちきしょう」本橋信宏
まぼろしの小学校 ものへん」串間努
「ヤクザの世界」青山光二
「接客セブンティーズ」清水義範
「戦後詩」寺山修治
「下町小僧」なぎら健壱
「立腹帖」内田百輭
「新編魔法のお店」荒俣宏編訳
「静かな生活」大江健三郎
戦艦大和ノ最期」吉田満
魯山人の食卓」北大路魯山人
神谷美恵子日記」神谷美恵子
大化の改新海音寺潮五郎
「小説から遠く離れて」蓮實重彦
「モーダルな事象」奥泉光
「水の上を歩く?」開高健・島地勝彦
「東南アジア四次元日記」宮田珠己
「競馬読本」山口瞳
「ヘミングウエイ全短篇1」ヘミングウエイ
「ヘミングウエイ全短篇2」ヘミングウエイ
「おれのことなら放つといて」中村伸郎
「いいもの見つけた」高峰秀子
ひめゆりたちの祈り」香川京子
「東京デカメロン末井昭
池波正太郎のフィルム人生」池波正太郎
チベット潜行十年」木村肥佐生
「海峡を越えたホームラン」関川夏央
「三太郎日記」阿部次郎
「捕物小説名作選」池波正太郎・選
「記者ふたり世界の街角から」深代惇郎・柴田俊治
「怪しい来客簿」色川武大
藤子・F・不二雄のまんが技法」藤子・F・不二雄
「道化の宇宙」山口昌男
「新編 愛情はふる星のごとく」尾崎秀実
「歌舞伎」戸板康二・吉田千秋
「夕日と拳銃(上・下)」檀一雄
アイデン&ティティみうらじゅん
「歴史の影絵」吉村昭
「最後のちょっといい話」戸板康二
「泥棒」結城昌治
「愛猿記」子母澤寛
「日本反骨者列伝」夏堀正元
「十八歳」谷川俊太郎沢野ひとし
「パンの耳」山藤章二
「癒しのチャペル」辛酸なめ子
新撰組遺聞」子母澤寛
坂本九ものがたり」永六輔
「愛の千里眼伴田良輔
「われなお生きてあり」福田須磨子
「父の背番号は16だった」川上貴光
「かもめホテルでまず一服」関川夏央
孤独のグルメ久住昌之谷口ジロー
「ずばり東京」開高健
「夷齋小識」石川淳
「自伝的女流文壇史」吉屋信子
森鴎外覚書」成瀬正勝
「昭和30年代通信」永倉万治
「ぼくふう人生ノート」吉行淳之介
「男流文学論」上野千鶴子



 栗本薫中島梓)さんの訃報を聞く。「ぼくらの時代」と「絃の聖域」を読み、「文学の輪郭」を横目に見ながらキラキラとした新しい才能がでてきたことを実感した。確かにそこに僕は文学の神から愛でられた人を見た。