パンと墓参。


 久しぶりに屋内仕事のない日曜日。


 朝寝を楽しんだ後、湯船に浸かって神田松之丞「慶安太平記 箱根の惨劇」を聴く。内容は由井正雪の幕府転覆計画に関わるエピソードの一つで、金を持った坊主が襲って来たゴマのハイを返り討ちにする話なのだが、松之丞は“惨劇”という言葉を軽々と超えてコミカルに描き出す。題名から日曜の朝に聴くのはどうかと思っていたが、楽しい気分で湯から上がる。



松之丞ひとり~名演集~



 気がつけばもう師走も中旬を過ぎようとしている。部屋にも『本の雑誌』2018年1月号“本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10”や『週刊読書人』“二〇一七年の収穫!”などの年末アンケートものがあれこれと増えていくことがそれを実感させてくれる。


 年内に墓参りにも行っておきたいし、クリスマス前に知人のパン屋に行ってクリスマス用の焼菓子シュトーレンも買っておきたいしということで出かける。


 車内の読書は、あちらこちらでベスト1を取ったというこのミステリーを選ぶ。

屍人荘の殺人 〈屍人荘の殺人〉シリーズ


 不思議と年末になるとミステリー小説が読みたくなる。年末の忙しなさや煩わしさを忘れるのに大いなる混沌を探偵が神のように整然と秩序づける本格ミステリーが心地よいのかもしれない。その意味でこの作品のとんでもない設定は大風呂敷も大風呂敷、こんな状況の中で本格推理小説を成立させることができるのかと思いながら読み進める。これがデビュー作ということなのだが、よく考えられていることが感じられるし、読みやすく、読者を楽しませるツボもしっかり押さえている。こちらもまさに“惨劇”と呼ぶべき状態を面白く読ませてくれる。



 半分くらい読んだところで墓のある霊園の最寄駅に着く。川沿いにある霊園には冷たい風が強く吹き、墓を拭く雑巾を絞る手を震え上がらせる。同じ霊園にある伯父の墓参りも済ませてとりあえず年越しの準備を一つ終えたということにする。


 霊園から駅までの川沿いの道を歩いて戻る。寒さを忘れようとイヤフォンで落語を聴きながら歩く。立川談笑粗忽の釘」のマクラで師匠談志の一周忌追悼の話をしている。おや、墓参り帰りに丁度いいじゃないかと思ったが、そこは談笑師匠。弟子の誰が談志追悼でもうけたかという話題で笑いをとる。



め組の喧嘩



 駅に戻ってまた少し東武線に揺られると姫宮の駅に到着。歩いてすぐの知人のパン屋へ。ドイツで修行した彼の店はドイツパンを中心とした品揃えが売りであり、その中でもこのクリスマスシーズンの一押しはドイツの焼菓子シュトーレン。クリスマスまでの限定で今シーズン600個を超える数を焼いたという。5年ほど前に彼の店で初めてシュトーレンと出会い、それ以来この店のこの味に魅せられて毎年何個も買ってしまう。職場の同僚にもファンが多い。自分の持ち帰りの分と同僚の分をカバンに入れ、実家その他へ送る分の依頼をして知人と少し話をする。10代前半から知っている彼も今年で不惑の年になったと聞き、己の年齢を思い知らさせる。今年生まれたばかりの彼の娘(パンしか食べないらしい)の顔も見る。店に流れているクリスマスソングは以前手土産で持って行ったCDからセレクトしてくれている。今回は手土産のBGM用のCDとしてこれを持ってきた。

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 アニメソングをフランス語歌詞にしてボサノバ調で歌うアルバム。「うる星やつら」「天才バカボン」「崖の上のポニョ」「サザエさん」「ドラえもん」「タッチ」など子供連れの多いこの店のBGMには丁度いいだろうと選んできた。ドイツパンの店にフランス語の歌が流れているのは如何なものかという問題は考えないことにする。今流れているクリスマスソングはほとんど英語だしね。




 帰りもひたすら「屍人荘の殺人」を読み進める。密室化した建物に閉じ込められる登場人物がほぼ大学生か20代の男女という設定であるから、恋愛の要素もあるし、その若者たちがどうなるのかというドキドキのホラー要素もありと、あれこれと盛りだくさんに詰まっているのに消化不良を起こしていないのも見事だな。また魅力的な探偵の誕生と魅力的な登場人物の劇的な退場もある。シリーズ化してほしいと思うが、これ以上の極限状態を設定しないと第1作のインパクトを超えることはできないという大きな足かせを抱えた作品でもある。なにはともあれ、筆力のある作家の誕生を祝福したい。



 神保町で途中下車して東京堂書店を覗く。地元で買えなかった本をまとめ買い。


フリースタイル37 特集 THE BEST MANGA 2018 このマンガを読め!
おすすめ文庫王国2018
文学問題(F+f)+




 
 『フリースタイル』は年末恒例の“THE BEST MANGA 2018”。僕の読んだものの中でベスト10に入っていたのは6位の熊倉献「春と盆暗」だけだった。

 『おすすめ文庫王国』も年末の楽しみの一つ。こちらは文庫本の各ジャンルのベスト10を挙げている。本の雑誌社が選ぶ文庫ベスト10うち4冊持っているが読んだものは一冊もないので自分の怠惰を反省する。このムック本の他に本の雑誌社が作った浅尾ハルミンさんのイラストがあしらわれた文庫カバーも一緒に入手。濃い赤色がちょっとクリスマスっぽい。

 「文学問題(F+f)+」は夏目漱石がロンドン留学時代に構想した「文学論」を論じた本。それにしても幻戯書房は頑張っているなと思う。魅力的な本を積極的に出しているという印象がある。だから応援したという思いもあり、安い本ではないが迷わず購入した。

 魅力的な本を出している出版社だから応援したいという意味でやはり夏葉社の本は買ってしまう。味わいのある本の復刊で定評のある出版社がまた素敵な写真集を復刊した。写真家の石亀泰郎が自分の子供(年子の2人)を撮った「ふたりっ子バンザイ」。1965年刊行といえば僕が生まれた翌年だ。だからここの写真に写っているあれこれは僕が生まれて初めて目にした物たちが溢れている。僕にも年子の弟がいるのでまるで自分の家の古いアルバムを見ているかのような喜びを感じる。



 帰宅後、買ってきたパンで夕食。十勝産の小麦粉で作ったバゲットやブドウが入ったもっちりとしたレーズンブールなどもまだ残っているのでパンで三日は食いつなげそう。師走のパン祭状態で過ごすことになりそうだ。