ブレイディ&ブレイク。

 今日は、以前の日曜日に日比谷周辺で行った営業仕事の代休。超過勤務に最近敏感になってきた職場が、代休の取得を強く求めるようになったのだが、昨日の日曜日に朝から職場で行った屋内仕事は代休の対象にはならないのだから、何だかよくわからない。職業に貴賤はないと教わったが、仕事内容にはあるということなのかな。


 今日を代休にしたのは、自宅マンションのガス器具の点検が今日の午前中に入っていたからだ。9時から12時までの間に来るということなので、9時までには諸々を済ませておきたい。7時起床で朝風呂に入り、8時からNHK朝のテレビ小説「ひよっこ」を初めて見てから朝食の用意。先週の土曜日の「おかずのクッキング」でやっていた土井善晴先生のフレッシュトマトソースを作る。愛用の雪平鍋に小ぶりのトマトを3つザク切りにして入れ、オリーブオイル大さじ3に塩と砂糖で5分ほど煮れば完成。その間に食パンを短冊に切ってトースターでこんがりと焼いておく。そのトーストにトマトソースを絡めて食べる。簡単だけど作りたてなのでこれが美味い。



 ガス会社の点検員が来る前に、洗い物を済ませ、点検対象のガズレンジ周りを掃除し、溜まっていたダンボールや瓶などを片付けておく。10時半近くに点検が終了。ワイシャツをクリーニング屋に持って行き、出しておいたワイシャツを持って帰る。溜まっていた家事を済ませた後、外出。




 今日はこれから下高井戸シネマに英国映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」(監督ケン・ローチ)を観に行くつもり。定期購読している『Monthly Takamitsu』217号で岡町高弥さんが、この映画を「稀代の傑作」と称賛し、下高井戸シネマで16日までやっていることを教えてくれたので、代休の過ごし方がこれで決まった。



 映画は2時35分からなのでまだ時間がある。ゆっくり神保町経由で行く。車中は先日銀座教文館で買ったブレイディみかこ「子どもたちの階級闘争」(みすず書房)。今日観に行く映画が英国の福祉行政に関わるテーマであると聞いたので、英国の“底辺託児所”で保育士をしている著者が見たブロークン・ブリテンを書いたこの本がベストマッチだと思ってカバンに入れてきた。



子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から



 乗り換え駅の神保町で昼食でもと思ったが、ランチタイムのここいらの混み具合を見て断念。東京堂書店を覗き、1冊購入して下高井戸に向かうことに。

だめだし日本語論 (atプラス叢書17)




 1時半過ぎに下高井戸到着。この街には学生として6年間通い、そして今の職場に就職する前に1年間働いていた所なので駅前に立つだけでちょっとテンションが上がる。食事場所を探して駅周辺をウロウロする。マイルス・ディビスの「バグス・グルーブ」を初めて聴いたパスタの店「ソープ・オペラ」があった通りを以前に古本屋のバラード堂が入っていた店舗の前まで歩く。共にいい店だったなあと思いながら、駅前の通りに戻る。あの頃によく行った珈琲館やポエムなどの喫茶店がまだ残っているのが嬉しい。その通りの中華料理屋・康楽で昼食。この店は学生時代に同級生がバイトしていた所だ。ナスの味噌炒め定食と半餃子を頼む。大きなナスが数本分入っていてナス好きにはたまらない。ナスが美味い季節になったなあと実感。



 いい時間になったので下高井戸シネマへ。途中に学生時代なんども通った居酒屋「ちえ」「きくや」が健在であることを確認する。学生に優しい良心価格の店だった。映画館の前に着くとちょうど前の上映の「この世界の片隅に」が終わって観客が出て来るところ。月曜日の午後2時過ぎというのにその数の多さにちょっと驚く。この規模の小さな映画館に平日の昼間こんなに人が集まるのか。それが「この世界の片隅に」だからという訳でもないということは、窓口で渡された整理券番号が52番であることと広いとは言えないロビーに人がぎっちり詰まって開場待ちをしていることでわかる。前に、この映画館の存続のために有志の方達が呼びかけをしていたことがあったが、こうして無事に続いていることを喜ばしく思う。この下高井戸シネマは僕にとっても「真夏の夜のジャズ」や「ツィゴイネルワイゼン」や「太陽と月に背いて」などの映画を見た思い出の場所なのだから。



 大工のダニエル・ブレイクは心臓疾患で医師から仕事を止められる。そして休職手当の支給も外され、求職手当の申請もうまくいかない。「子どもたちの階級闘争」に書かれていた労働党政権から保守党政権に変わって福祉予算が大幅に減らされた影響がここにも色濃く現れている。そんなダニエルの前に同じように行政からつまはじきにされた若い母親と2人の子どもが。偉い奴らには楯突くが、隣人には手を差し伸べる彼はこの親子のために親身になって行動するが、貧困は若い母親をさいなみ、手当のなくなったダニエルも家財を売るまでに追い込まれ、そして無理解なお役所仕事にその尊厳を傷つけられて行く。ダニエルは妻に先立たれ、子どももなく一人暮らしだ(彼が2人の子どもに優しいのはそのためもあるのだろう)。妻は写真でしか登場しないが、ダニエルが語る妻の面影が妙に印象深い。「グラン・トリノ」でイーストウッド演じるウォルトが語る妻は天使のような存在だったが、ダニエルの妻はそれほど単純には描かれない。気分屋でウイットに富み、頭の中に広大な海を抱えたような女性。穏やかな凪の日もあれば、荒れ狂う嵐もある。だからこそダニエルは彼女を愛し、そして心の病に蝕まれ、死んでいくその姿に寄り添い続ける。単なる善人ではなく、狂気も孕んだ妻との時間がダニエルという人物を深くリアルな存在にしていると思う。英国映画らしいシニカルな優しさとでもいうべきものに包まれた世界がそこにある。ラストはあっけないくらいにスッと終わる。まるで坂口安吾が「文学のふるさと」でいう救いのない救いのような終わり方。それがいい。ダニエルは59歳。僕もそうだが、同い歳の岡町さんも彼の姿に他人事とは思えないものを感じたのではないかな。ここが英国ではないから大丈夫と言えるような場所に我々が立っているとは思えないから。



 帰りも「子どもたちの階級闘争」を読み続ける。ブレイディみかこさんが暮らすブライトンにダニエルの住むニューキャッスルが重なる。この本に興味を持った人は「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観て欲しいし、この映画に惹かれた人は「子どもたちの階級闘争」を読んで欲しい。