ちょい見せの一頁半。

 職場を出ると夜7時半の風の心地よさに思わず「ほう」と声が出た。

 暑くも寒くもなく、爽やかと言い切るにはちょっと夜の湿り気もあるという微妙な感じ。そのちょっとしたさじ加減が今日は心地いい。


 バスには乗らずに歩いて駅ビルにたどり着き、本屋へ。

みんなの神田・神保町・御茶ノ水 (エルマガmook)[本/雑誌] / 京阪神エルマガジン社
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら [ 神田桂一 ]





 なんともブキッシュなムックと本を見つける。
 前者は長方形の雑誌型ではなく正方形をしている不思議な型のムック。鹿島茂×永江朗対談のまとめを南陀楼綾繁さんがやっていたり、遠藤哲夫さんが「宮澤賢治の『東京』ノートと神田の食堂。」という文章を書いていたり、3000円の予算で5冊の本を神保町で買ってくるという「がっつり買いまショウ!!」に神田伯剌西爾の竹内さんが出ていたりと顔見知りが登場するのでなんだか馴染みの店にきている気分になる。実際に神保町で何度も入ったことのある食堂や喫茶店が色々出てくるしね。
 後者は題名の通りに100人(と言っても中には雑誌と言った無機物も含まれるが)の文体模写によってカップ焼きそばの作り方が書かれている。名著、和田誠「倫敦巴里」の文体模写を読んで以来この手の企画は大好きなので思わず購入。作家、評論家、歌手、インタビュアー等々模写されている人たちは多士済々であるが、それだけにあの人が入っていないとか、この人がいるのならあの人もいてほしいだとか思わずあれこれと口を挟みたくなる本だ。これはもう筆者たちの術中にはまっているということだろう。筆者たちがその作家のどの作品の文章を下敷きにして模写しているかを探りながら読むもの楽しい。文体模写は長くなるほど不利になる。そのため、作品のほとんどは1頁もしくは見開きの2頁で平均して1頁半といったところ。カップ焼きそばというと一般的には「UFO派」と「ペヤング派」と「夜店の一平ちゃん派」に別れるが、僕は「一平ちゃん派」だった。最近は糖質を抑えるため食べていないけど。この本のようなライトな遊び心だったら何頁でも行けそうだな。