街は文具で溢れてる。


 この2日間、珍しいことに仕事帰りに本屋に寄っていない。それは忙しいからではなく、寄りたくても本屋がやっていないのだ。いつも行く本屋が昨日今日とシャッターを降ろし、店を休んでいる。シャッターに貼られた告知にはそれが改装の為であることが書かれているが、そこに気になる文言が入っている。「文具コーナー50坪増設のための改装」という言葉である。駅ビルに入っているこの本屋の隣にはカフェがあり、この店はつい先月改装を終えたばかりだからここが文具コーナーになることはない。ということはシャッターの向こう、つまり本屋の元々の敷地内に50坪増設されるということだ。なんだよ、それって本屋が50坪小さくなるということではないか。この街唯一の新刊書店が縮小されてしまうのは、日々この店で好きな本や雑誌を買うことを楽しみとも生きがいともしている者にとって残念な状況である。この改装に関して告知の紙にはこんな文言もあった。「お客様のご要望により」である。文具コーナーが50坪増えることが客の要望なのだろうか。この駅ビルにはすでに女性客で賑わう文房具屋が入っているし、文具が置いてあるダイソーも無印も出店している。そして駅ビルを出て100メートルも歩けば、天井が高く、余裕のある棚並びで店内を歩いているのが気持ちいい個人的に気に入っている大きめの文具店が20年以上前から既にある。この環境の中でどれだけの客が文具コーナーの増設を希望するだろうか。多分、これは売り上げの少ない書籍部分を縮小するための方便なのだろう。そうか、店が小さくなってしまうのか。もちろん、本屋の魅力は広さと比例するわけではない。他の人のことを考えないのなら、京都の三月書房の広さと品揃えがここにあれば正直文句はない。でもここに望まれているのは、セレクトショップ的な本屋ではなく、これまで一般的に捉えられてきた町の本屋なのである。ただ、その中で欲しい本を手に入れたい僕にとってはある程度の広さ(つまり本の量)が必要なのである。マニアックな品揃えがなくても、マイナーな出版社の本がなくても大手の出版社の単行本、新書、文庫本や雑誌があればいい。ここで手に入らないものは、神保町に買いに行けばいいのだからそれでいい。ただ、仕事帰りに毎日散歩のように棚の間を歩ける店のスペースをなくさないで欲しいのだ。最初に単行本の小説本の棚とノンフィクション本の棚に挟まれた通路から歩き始め、文芸誌のコーナー前を通り、文庫と新書の棚を左右に見る通路に曲がり、文庫両面の通路を折り返して、コミックスの平台をチェック、学参コーナーの前を通って左折すると雑誌コーナーに出る。そこを突きあたりまで歩いてまた右に折り返すと旅行ガイドと漫画雑誌の通路。そこを過ぎて今度は左に折り返すと映画・落語・美術の棚と趣味の本の棚の間を通って店の入口前に戻ってくる。ここで終わらず、周回で気になった棚にもう一度足を伸ばす。その頃には最低1冊は手に買うべき本か雑誌を持っている。これが僕の日課である。改装後はもう二度と同じ道を歩くことはないと思われるのでここに記録しておこう。


 明日、本屋部分だけ開店するらしい。増設される文具コーナーはもう少し後になるとのこと。本屋部分を先に開けるのは24日に迫った村上春樹新刊「騎士団長殺し」の発売に間に合わせるためだろう。全国の書店の稼ぎ時を逃してはなるまい。もちろん、僕もこの店でこの本(上下巻)を買うだろう。この街から本屋がなくならないようにこの店で本を買い続けることしかできないから。


 とりあえず、これからドラマ「カルテット」(TBS)を見て、明日は改装なった店に本を買いに行こうと思う。