詩とシフォンケーキ。


 日曜だが、休日出張のため7時過ぎの電車に乗って神保町へ。


 車中の友は、池上彰・竹内政明「書く力」(朝日新書)。読売新聞の名物コラム「編集手帳」を書いている竹内氏を迎えて池上さんが文章(コラム)を書くテクニックについて話す対談本。「編集手帳」を半年分まとめた中公新書ラクレを買っている読者としては読んでいて面白いのだが、読売新聞論説委員朝日新聞社から本を出して大丈夫なのかがちょっと心配になる。


書く力 私たちはこうして文章を磨いた (朝日新書)

書く力 私たちはこうして文章を磨いた (朝日新書)


 人影もまばらな神保町に出て本日の出張先まで歩く。今日の出張はいわば支社に勤めている僕が、本社のからの依頼を受けて本社の仕事をチェックして意見を言うというようなもの。案内された7階のガラス張りの部屋からはよく晴れた休日のオフィス街の空がよく見渡せる。しかし、目の前のディスプレイにはデジタルの時間表示が刻々と時の過ぎるのを伝えており、時間に縛られた仕事であることをこちらに告げている。休日返上のぼやけた頭をコーヒーで起こしてなんとか与えられた仕事を完了する。お偉いさんの挨拶を受け、その後は別室に用意された昼食の弁当を食べ、帰りには手土産の菓子折りまで渡される。さすが支店に当たるわが職場とは予算規模が違うなあ。弁当も菓子折りもいらないからその分を他の必要な予算に回せばいいものをと思う。まあ、ゆるい糖質制限をしている身に白米のみっしり詰まったトンカツ弁当はちょっと重いのと、これから神保町で買い物をしていこうとしている身には菓子折りの紙袋は手ふさがりであると言うのが本当のところだけれど。




 歩いて神保町へ戻り、東京堂書店でこの街で手に入れようと思っていた1冊を購入。


http://natsuhasha.com


 ツイッターで書影は見ていたが判型は思っていたよりも小ぶり。それがまさに“詩集”そのものの姿であるという感じでなんともよい風情である。早起きと緊張からの解放による眠気に襲われまたコーヒーが飲みたくなる。神田伯剌西爾でコーヒーとシフォンケーキ。「美しい街」を手に取り、ページをめくり、数編の詩を読んでみる。1頁に収まってしまう小さな詩と重さを感じさせないシフォンケーキの取り合わせが丁度よいように感じる。


 疲労感が強いのでそそくさと店を出て電車に乗って帰る。車中で「美しい街」の巻末に添えられたエッセイ、能町みね子「明るい部屋にて」を読む。この人の文章をちゃんと読むのは初めてかもしれない。いい文章だな。


《しかし、詩というのものはたいがい短く、亀之助のものは特にそうである。そのため、詩集は散漫に読むのがいい、と私は決めつけました。一篇を読むこと自体は一瞬で終わってしまうできごとで、次から次へと読んでしまうとひとつひとつがあまりに軽くなり、申し訳ない。》



 なるほど、と思ったので「美しい街」の詩は少しずつ、折に触れて読んでいこうと思う。ただ、「明るい部屋にて」で言及されていた散文「泉ちゃんと猟坊へ」は探して読んだ。尾形亀之助についても能町みね子についても自分がほとんど何も知らないことに気づかされる文章だ。最後の一文に気持ちが軽くなる人がいるだろうことは僕にも想像できる。




 帰宅して、録画しておいたTVドラマ「バイプレーヤーズ」を観て(主役の6人プラス竹中直人が1つの画面にいる濃さったらない)、その後30分ほど仮眠をしてから起き出し、昨日届いた熊本産野菜の詰め合わせから、里芋とごぼうを選び、土井善晴レシピを見ながら“里芋のバター焼き”と“ごぼうのきんぴら”を作った。里芋は量が多すぎて食べきれなかった。きんぴらの方はジップロックのタッパーに詰めて明日職場の昼食のサイドメニューにするつもり。