Mind of Blue。


 昼前に家を出て、ワイシャツをクリーニングに出してから職場へ向かう。駅前行きのバスに乗り込んでTBSラジオ「たまむすび」をyoutubeで聞きながら出発を待っていると発車間際に走り込んできた親子連れがいた。若いお母さんと五歳くらいの女の子とその年子くらいの男の子。カラフルなデイバッグを背負ってどこかにお出かけの様子。コットンのジャケットを羽織ってきたことを少し後悔するくらいに暖かい秋晴れの日曜日だから行楽にはちょうどいいだろうな。


 休みを返上しての半日休日出勤だから自分へのご褒美に駅ビルのマイセンでヒレカツサンドを買ってあげる。職場の机でコンビニサラダとカツサンドで昼食。歯磨きを終え、キレイに拭いた机の上に先日準備しておいたワープロソフトで作成した原稿を横に置き、正面にそれを書き写すための清書用紙を出す。世間の会社では提出書類のほとんどがワープロソフトを使った文書ファイルもしくはそのプリントアウトになっていると思うが、この業界ではまだまだ手書きが主流である。しかもこの清書用紙は提出先から送付された一点ものだから書きミスは許されない。この書類にちょっと大げさに言えば人ひとりの人生の何分の一かが掛かっているとも言えなくはないのだから扱いは慎重になる。愛用の筆記具、三菱ジェットストリームを取り出し、レポート用紙よりも細い罫の引かれた用紙に清書を始める。この集中を要する作業を行うために人が少なく集中しやすい休日に出てきたのだ。書き始めてすぐに自分の字の下手さ加減に気持ちが萎える。中学生の頃に“日ペンの美子ちゃん”のボールペン習字通信講座を途中で投げ出したことを後悔するが時既に遅し。


 ミスを防ぐためと少しでも字をまともに書くために、途中で休みを入れたり他の仕事をして頭をリフレッシュしたりしたため、A4裏表の用紙を完成させるのに数時間を要した。しかもその出来上がりはお世辞にも見目麗しいとは言いがたいのだから気持ちはブルーになる。しかし、これが今の自分の力なのだとあきらめて夕方には職場を出る。


 駅ビルでしめじと舞茸と鳥もも肉を買い、本屋で1冊購入。




 フジテレビで放映されてきた中村吉右衛門主演「鬼平犯科帳」の最終回が今年12月2日と3日の2日間に渡って「鬼平犯科帳 THE FINAL」と銘打って行われるためそれに合わせて作成されたもののようだ。ついに終わるのかとも思うが、出演者たちの高齢化は避けがたく、既に相模の彦十(江戸家猫八)や小房の粂八(蟹江敬三)も亡き今となっては、時宜を得た決断だとも思う。「鬼平犯科帳 THE FINAL」の撮影現場のルポを春日太一さんが書いている。その他『オール讀物』に以前に掲載された春日さんの鬼平関連の文章も何編か採録されている。あと頁をめくっていたら既視感のある記事が目に留まる。それは鬼平の出演者たちが鬼平犯科帳に出てくる料理について語っているコーナーで、記事の最後に“『ノーサイド』一九九五年一月号より転載”の記載があり、その理由がわかった。僕が持っている『ノーサイド』の鬼平特集号で読んだ記事だったのだ。とりあえず、これまで楽しませてくれた吉右衛門鬼平の最後をしっかりと見届けようと思う。


 駅前からバスに乗ろうと並んでいると隣に行きのバスに乗ってきた親子連れの姿が。「今日は楽しかったわね」というお母さんの声に「うん」と力強く答える子供たち。やはり、いい行楽日和だったのだな。お姉ちゃんの方が「今日お父さんは朝6時頃にドアをガチャッと開けてお出かけしてった」とお母さんに告げる。それで父親のいない理由がわかった。たぶん、お父さんも僕と同じように休日出勤だったのではないか。「今日は楽しかったわね」の輪に入れなかったお父さんの心中を思って勝手に同情してしまう。


 帰宅して、買ってきた材料を使って土井善晴先生のレシピアプリを参照しながら“きのこ汁”を作る。作りすぎたので、残りは粗熱を取ってから冷蔵庫に入れる。明日の夕餉の膳に取っておく。


 今日、定期購読しているディアゴスティーニの「ジャズLPレコードコレクション」の2号John Coltrane「Blue Train」と3号Bille Holiday「Lady in Satin」が届いた。1号のMiles Davis「Kind of Blue」が990円で発売されるのを知って、180グラムの重量盤でこの名盤がこの値段で買えるなんてと驚き、アナログレコード回帰をしていたちょうどいいタイミングでの発売に心誘われ、思わず定期購読の手続きをしてしまたのだが、気がつけばこの1〜3号までのレコードはすべて同じ180グラムの重量盤ですでに持っていたのだった。それに加えて85号までを予定しているとその後知り、「え、そんなに出るの」と買い続ける自信を失ってしまったのだが、「まあ、行けるとこまで行ってみよう」と開き直っている。



 とりあえず、持っていた方のマイルス・デイビス「カインド・オブ・ブルー」のレコードを聴く。やはりいいアルバムだと思う。一点もののプレッシャーより二点ものの余裕を喜ぼうと自分に言ってみる。