パンダ鮭って。


 午後遅くに反町へ。


 とは言ってもこの地にある神奈川県古書会館の展示即売会に来た訳ではない。 

 自分の担当しているセクションで急遽新しい人員を補充しなければならなくなったため仕事で人探しに来たのだ。


 目的の場所で山のような履歴書に目を通す。その中からこちらのセンサーに感応する人を抜いていく。やはり、写真の第一印象と年齢で選んでいる自分に気づく。「この年齢の人にウチの仕事はムリだ」とはじいた人の年齢が自分とほとんど変らないことに自分自身で愕然とする。ここに自分の履歴書があったら僕は確実に自分を不採用とするだろう。なんだかどんよりとした気持ちになる。


 履歴書の山で人当たりがしたようにがっくりと疲れてその場所を出る。今日はこのまま直帰にしてある。気分転換がしたくなり、白楽で途中下車する。


 六角橋商店街にある古本屋、鉄塔書院を覗き、大好きなアーケード街を歩いてその端っこにある洋食屋キッチン友に入る。「孤独のグルメ season2」で登場したあの店だ。1階のカウンターに座り、井之頭五郎と同じ、スペシャル友風焼きと豚汁をたのむ。スペシャルのきつね色した玉ねぎはニンニクの風味もあってご飯のオカズに最適。その下に隠れている肉もいい。豚汁は思ったより薄味だが、それがスペシャルの邪魔をしない絶妙のバランスとなっている。野菜たっぷりで食べごたえもある。気がつけば頭の中で「孤独のグルメ」風モノローグがグルグルと渦巻いている。それがまあ楽しいんだけどね。


 店を出て、近くの古本屋、猫企画を覗いてから(店主の方が床の上でコタツに入っているのがなんだかすごい)、白楽駅に戻る。駅前に僕が住んでいた10年以上前からやっている小さな新刊書店があり、懐かしくて入ってしまう。やはり雑誌、コミックス中心の品揃えではあるが、文庫の棚も店の3分の1ほどある。こういう店が続いてほしいという思いも込めて文庫を2冊購入。


すーちゃん (幻冬舎文庫 ま 10-2)

すーちゃん (幻冬舎文庫 ま 10-2)

結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日 (幻冬舎文庫)

結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日 (幻冬舎文庫)


 映画化が決まり、シリーズ最新刊も出て評判になっているこの漫画を読んでみたいと思っていたのだ。


 早速電車の中で読み始める。この筆者の作品に共通する心の重箱の隅をつつくような感じは嫌いじゃない。すーちゃんの友達の34歳の美人OLまいちゃんが仕事で厭なことがあった日に独り暮らしの部屋に帰って、「プーッ」とオナラをするシーンに軽い衝撃を受ける。もちろん女性はオナラをしないと思っているわけではなく、このような日常的なことがほとんど漫画に出てきていないことに気づかされた驚きだ。もちろん、漫画はリアリズムを求めることを唯一の目的とするものではないのだから、必要のないオナラを描く必要はないのは当然だが、彼女のオナラはなくてはならないものだと思う。このオナラにちょっとやられる。確かにこの作品は面白い。冒頭の雑誌「クウネル」を褒めながら相対化する手つきも見事だな。



 地元の駅で下りて、やはりいつもの本屋に寄る。


本の雑誌358号

本の雑誌358号


 これが欲しかったのだ。残念ながら駅前のちいさな本屋にはおいていなかったので。



 ここで今日同僚から先日僕が幹事をやった会の会費を払い忘れていたと1万円渡されたことを思い出す。実は、会費をまとめた時、1万円足らず、預かった現金をどこかにやってしまったと思い自分のサイフから補填していたのだった。よかった、なくした訳ではなかったのか。その1万は僕のサイフに戻ってきた。これで気が大きくなり、CDショップにも寄る。



人間と動物(初回生産限定盤)(DVD付)


 先月出た電気グルーヴの最新アルバム。近年、ラジオを通じてピエール瀧のファンになったので遅まきながら電気グルーヴデビューをする。


 このジャケットのパンダ、口にくわえている魚はやっぱり鮭だよね。




 帰宅後、「すーちゃん」シリーズの2冊を読了し(明日職場で同僚の女性の内なる声が聞こえてしまいそう)、続いて『本の雑誌』に移る。4月号はいつもにまして読み出があった。

 荻原魚雷キンドル生活事始」は魚雷さんがキンドルを買って使いはじめた顛末が書かれている。昨年暮れに買ったと書かれているが、昨年12月に高円寺コクテイルで行われた北條一浩さんの出版記念会の二次会で僕が買ったばかりのキンドルPWを話の種に見せた時、側に魚雷さんもいて「初めて見たけど思ったより読みやすい」というような感想を口にされていた記憶がある。ということは僕も魚雷さんのキンドル生活のきっかけを作った人間のひとりかも知れないな。

 その北條一浩さんの「『料理の勉強をされているんですか?』と彼女は言った」は“片岡義男の10冊”を選ぶエッセイ。まるで片岡義男の小説のタイトルのような表題は、北條さんが片岡作品を持っていた時にバスの中で乗り合わせた女性に実際にかけられた言葉なのだ。挙げられた10冊のうちで僕が持っていたり読んだりしたものはほぼ半分。「日本語の外へ」、「青年の完璧な幸福」、「文房具を買いに」、「ぼくはプレスリーが好き」、「日本語と英語」。特に「プレスリー」(僕が読んだのは角川文庫ではなくちくま文庫版だ)は最初に読んだ片岡本で、それまでオシャレな小説を書く作家だろうくらいに思っていた頭をバチコーンと殴られてような濃い本だった。ある種、橋本治に近いような息苦しくなるほど濃密な論理の中でさんざんもがいて本から顔を上げた時に吸い込む空気のうまさはまた格別だった。
 あとの5冊を知りたい方は『本の雑誌』をどうぞ。


 その他、内堀弘「年末年始古本市場日記」も面白い。連載にしてほしいくらいだ。「ボン書店の幻」で内堀さんの文章の虜になっているので、もっと内堀さんの本が出てほしいのだ。『scripta』の連載はいつ本になるのだろうか。


 ヤフーニュースで村上春樹新刊長編の題名が決まったことを知る。本か出たのではなく、題名が分かったことがヤフーのトップニュースになる作家って他にいるだろうか。村上春樹という作家がどれだけ遠くに行ってしまったかを実感する。
 以前にも書いたが、僕が村上春樹作品を最初に読んだのは大学生の時、授業の始まる前の誰もいない教室で「風の歌を聴け」を読んだのだ。「羊をめぐる冒険」が出るちょっと前のことだ。当時はまだ名の出始めた新人作家で、「僕たちの村上春樹」と思えるくらいのマイナーポエットだったのに。


 今日行った白楽の駅前書店にも村上春樹講談社文庫はほぼ揃っていたことを思い出す。