映画の品格。

 昼過ぎまで仕事をして退勤。


 電車に乗って日比谷を目指す。丸の内ピカデリーでやっている映画「グラン・トリノ」を観にいくつもりなのだ。
 最初は松岡正剛白川静」を読んでいたのだが、眠気でぼんやりしてしまい字が目に入ってこないので、iPod春風亭昇太「『26周年記念落語会―オレまつり』ライブ」を聴きながらウトウトとする。ハッと気づくとそこは神保町。日比谷を寝過ごしてしまったようだ。


 映画まで時間があるため、神保町で下りて昼飯を食べることにする。すずらん通りに出ると、休日なのに「スヰート・ポーヅ」がやっているではないか。久し振りに入って餃子定食を頼む。しっかり包みこまないでざっくり巻いた感じの細長い餃子を堪能する。


 東京堂へ。1階の軍艦平台を流していると、レジの人におばあさんが何やら熱心に話している。どうやら先日テレビか何かで豆本東京堂で売っていることを知って中央線沿線からここまで来たというのだ。テレビで見た豆本が手に入る喜びを滔々と語るおばあさんにレジの人は3階にある旨を伝えていた。


 1階を周遊してから3階へあがる。先ほどのおばあさんが畠中さんに先ほど以上に熱心に語っていた。棚を見ながら耳に飛び込んでくるその話題がどうも豆本ではなく、おばあさんの知っている店がテレビで取り上げられて大人気をはくしているという話なのだ。たぶん、東京堂豆本販売がテレビで流れて買いに来る人が増えたということからその話題に流れ込んだものと思われる。しばらく、3階を流していたのだが、おばあさんの話は畠中さんの相槌もすり抜けながらずうっと続いていた。書店員の方も大変であるなあ。


 ちらほらと開いている古本屋の店頭をチェックしながら書泉グランデに至り、東京堂で見当たらなかったこれを買う。

B型の品格―本音を申せば

B型の品格―本音を申せば

 この『週刊文春』連載をまとめた単行本の配本が少ないのではないかと先日書肆紅屋さんが書かれていたが全く同感で、これまで配本されていた地元の本屋で一度も見かけず、このグランデで面陳されていた最後の1冊をなんとかゲット。売れて品薄というわけではなく、やはり配本が少ないから手に入りにくいのだろう。この赤い表紙なのだがらそれなりの配本があればこれまでにどこかで目にしたはずである。ある程度の固定ファン(僕もその一人だ)がいるはずの小林信彦氏でさえこの現状なのか。きびしいな。


 電車で日比谷へ戻り、有楽町マリオンのチケット売り場へ行くと長蛇の列。すでに3:50からの「グラン・トリノ」は残席50を切っているため、入れない可能性があるとスタッフがハンドマイクでアナウンスしている。GWに映画を見に来るという己の愚行を悔やむが今日じゃないと来れなかったんだから仕方がない。なんとか前から4列目の左はじというずうっと右上に首を曲げていないとスクリーンが見えない悲しい席に座ることができた。ジンジャーエールを買って始まった予告編を観ていると人物の顔も何だが水槽越しに見ているようにどこかひしゃげている。なんで同じ金額を払いながらこんな観にくい席が存在するのかと楽しみにしていた映画だけに腹立たしくなる。遅く来た自分が悪いのだが、それを差し引いても座席はある程度の角度で見られるような座席設定がされるべきで、そのために座席数が減ったとしても仕方がないのではないかと思う。もちろん、不景気な映画界にとって少しでも観客を入れ込みたい気持ちはわからないでもないがそれによって映画や劇場への満足度が落ちれば、人はレンタルDVDで快適に観るほうに流れてしまうよ。


 そんなことを考えているうちに「グラン・トリノ」が始まった。それから2時間、席のことなどまったく気にならず、映画の世界に釘付け。エンドロールで湖畔の道をグラン・トリノが走って行き、そのあとに日本車と思われる車たちがただ流れて行く映像にイーストウッドのかすれた歌声がかぶさり、その声が他のシンガーにバトンタッチされる。その映像と音楽に包まれて幸せな充実感を味わう。エンドロールがいつまでも続いてほしいと思うなんていつ以来だろう。うまいな、イーストウッド。素人目にも通常のハリウッド映画と比べて金がかかっていない作品だというのがわかる。舞台は狭い田舎町に限られ、スターも監督を兼ねる本人だけ。それでもいい脚本と監督とたったひとりのスターがいればこれだけの映画が作れるのだということだな。


 以前に書いたのだが、イーストウッド監督の映画には正直ピンと来るものと来ないものがある。例えば「父親たちの星条旗」には来るが「硫黄島からの手紙」には来ないし、「ミリオンダラー・ベイビー」には来るが、「許されざる者」には来ないとか。もちろん、この「グラン・トリノ」にはぐっと来た。「ミリオンダラー・ベイビー」がよかった人は必見でしょう。


 帰宅して『キネマ旬報』5月号の小林信彦×芝山幹郎の「グラン・トリノ」対談を読み返したり、youtubeでテーマソングを繰り返し聴いたりして過ごす。歌っていたのがジェイミー・カラムであることを知った。この映画を見られただけでも悪くないGWだったと思う。