忘れられた新書。


 仕事を万障繰り合わせて早めに職場を出て電車に乗る。


 日比谷で降りてファーストキッチンで腹ごしらえ。隣りが女性の二人組で、困った同僚の話題で盛り上がっている。

「できないのに、『大丈夫、大丈夫』と言って、土壇場になってなにもできていないから、結局誰かがあわててその穴埋めをしなければならない」とか、「あの人は、結局自分勝手だよね。自分が謝りたいからただ謝っているだけで人の話は聞いていない」などの言葉が耳に入ってくる。

 何処も同じかと思いつつ、店を出る。日比谷線の改札前を過ぎ、細い通路をうねうね辿って三田線改札前を通り有楽町線の改札を入る。このルートは高校時代の通学コースだった。うわべは多少変わっているが、あの頃通ったのとほとんど変わらぬ風情にしばし懐旧の情にふける。

 
 新富町の駅で降りて1番出口から地上に出るとすぐ目の前に銀座ブロッサムが見えた。今夜ここで立川談春独演会があるのだ。


 開場を待って中に入る。前から3番目のいい席だった。誘っていただいたNEGIさんに感謝。そのうちにそのNEGIさんが到着する。それで僕の左隣に座っていた方がNEGIさんの同僚の方だと分かる。続いてリコシェ豆ちゃんとお友達がきてメンバーが揃う。7時開演である。


 手元のチケットには「鰍沢」の演目が書かれており、談春さんのホームページの公演情報では「妾馬」の文字があり、どちらをやるのかなと思いつつ、マクラを聴く。先日の「情熱大陸」をネタにたっぷり笑わせてくれる。ここで、番組を観たお母さんの感想を語っていたので、「妾馬」かもしれないと思う。
 そして始まったのが「小言幸兵衛」だった。大家の幸兵衛のところに長屋を借りたいという豆腐屋と仕立て屋がやってきてそのやり取りの面白さで笑わせる。仕立て屋の息子が独身でいい男だと聞いた幸兵衛が、向いの古着屋の娘への影響を考え、妄想がどんどんエスカレートしていくところが聴きどころ。これまで聞いた他の噺家のものとは一味違う噺になっていて楽しめた。


 2席目はやっぱり「妾馬」。まずはマクラで「この噺はお正月らしい感じがするので、これから正月はこれでいきます」とふってから噺へ。僕が初めて談春さんの高座を聴いたのは2年前の1月のにぎわい座で、この「妾馬」だった。その時の「妾馬」一発で談春びいきになってしまったんだよな。
 2度目に聴いたこの噺もやっぱり良かった。麻生総理の読み間違いや鼠先輩の「ぽっぽっぽ」などのくすぐりをうまく入れ込んだ最新バージョンを堪能した。


 はねてからNEGIさんと豆ちゃんと3人で水道橋の「アンチヘブリンガン」に行く。この店に前から来てみたかったんだが、やっと希望がかなった。通されたカウンターの並びに森まゆみさんの姿があった。


 アンチへブリンガンは食べ物がおいしくいい店だ。黒板にお勧めが書かれていたり、パスタがおいしかったりするところは、僕が地元で愛好している料理屋によく似ている。なんだかすでになじみの店のような気分になった。

 NEGIさんは佐伯一麦ファンで朝日新書の新刊「芥川賞を取らなかった名作たち」を楽しみにしているのだが、今日本屋で見つからなかったという。僕も途中通った銀座の地下道にある本屋で探したが見つからなかったのだ。
 そのうちにお隣りの森さんグループが帰って行き、それからしばらくしてそちらに視線をやってみるとカウンターに新書が1冊立てかけてあるのに気づく。なんとそれが今話題にしていた佐伯一麦芥川賞を取らなかった名作たち」ではないか。どうやら森さんが忘れていったらしい。中身をのぞかせてもらうとやっぱり面白そうだ。買うことに決定する。

芥川賞を取らなかった名作たち (朝日新書)

芥川賞を取らなかった名作たち (朝日新書)

 楽しく飲み食いして11時前に失礼する。