裸足のサリー。

 仕事を終えて神保町へ。


 夕方の7時から始まるアン・サリー細野晴臣コンサートまで時間をつぶすとすればここをおいてほかにない。それに、まだ4枚あるチケットの最後の1枚の主が決まっていないのだ。

 昨晩、誰か知りあいに行きたい人がいたらとNEGIさんにお願いしておいたものの、自分でも努力しなければいけないと友人にメールをしたのだがクリスマス・イブの当日に今晩のコンサートに行かないかと言ったところでそれは無理というものだ。当然予想された返事を受け取る。

 
 こうなれば、ここ神保町で見つけようと東京堂の3階に駆け上がり、お仕事中の畠中さんを誘ってみるも、「行きたいんだけど、仕事が8時半までなんですよ」とのこと。それでは来ていただいても聴けずじまいとなりかねない。


 その他、顔見知りの方がいる書店ものぞいてみたが、姿を見つけられず。


 時間も迫ってきたので、日本特価書籍で数冊買ってから恵比寿へ向かう。

おかしな時代

おかしな時代

源氏物語〈第2巻〉花散里~少女 (ちくま文庫)

源氏物語〈第2巻〉花散里~少女 (ちくま文庫)

 津野本は、そのピンクのチェック柄がクリスマスぽっくていい。もちろん平野甲賀文字の装丁も。内容も面白く、それに加えてささやかな本の雑誌社エイドになればいうことはない。


 恵比寿ガーデンプレイスに着くころにはあたりを夕闇が包み込み、クリスマスらしさを纏ったイルミネーションが人々の足を止めていた。久しぶりに来たガーデンプレイスをひと回りして、混雑しているカフェになんとか座席を確保し、カフェラテを飲んでいると携帯が鳴る。


 NEGIさんからこれから職場を出るという連絡。残念ながらあとひとりは見つからなかったとのこと。最後までNEGIさんにはお手数をかけてしまった。申し訳ありません。


 開場時間となり、恵比寿ガーデンホールに入る。初めての場所だ。2階がロビーになっており、カウンターでアルコールやオードブルが売られている。それをロビーに置かれている背の高い丸テーブルにおいてスタンディングで時を待つという形式らしい。おしゃれな場所じゃないか。



 アルコールに弱いのでせっかくのコンサートで寝てしまっては身も蓋もないため、なにも飲まず、テーブルに身をもたせかけて青木正美「古本屋群雄伝」を読む。この空間のこの雰囲気の中でこの本を読むというミスマッチを楽しむ。


 そこへ岡崎武志さん登場。2人してチケットの座席番号が会場案内図を見ると前から二列目のセンターというとんでもなくいい席であることに驚く。ロビーを跋扈するオシャレ系の人たちを見ながら「さすがに古本市と違って知ってる人間なんてひとりもいないな」と岡崎さんがつぶやいたすぐ後に「あれ、岡崎さん」と知り合いに声をかけれて岡崎さんがびっくりしていたのが面白かった。


 NEGIさんも現れ、3人そろったところへ、ノンちゃん夫妻が通りかかる。こちらは事前に来ることを知っていたので驚かない。ノンちゃんの旦那さんと初めてお会いする。なんだか、お二人の服装や雰囲気が戦前の昭和の若夫婦のように見えて、なんだか納得してしまう。


 7時開演。目の前にアン嬢が登場した時は、その近さに少し体が震える。歌っているときの眉の上げ下げも手に取るように見えるのだ。2列目という位置はステージに立った彼女を少し仰ぎ見るような角度になる。上からの白いスポットライトを浴びたホーリーな雰囲気のアン嬢を見上げていると、まるで教会の祭壇の前にひざまづき、聖母マリアの像を見上げている信者になったかのような錯覚に陥る。いや、自分は信者なのだと思いたくなるほど、彼女の声と歌は素晴らしかった。

 何曲目かに「蘇州夜曲」のイントロが流れた時、彼女の足が上下に数度動き、そして何かを滑らせるように左に数度動いたのが見えた。靴を脱いだのだ。その行為は、「蘇州夜曲」という曲が彼女にとって特別なものであり、そしてまたそういうものとして聴いてもらいたというメッセージのように思えた。間奏の時、目を閉じた彼女は何かを思い出すかのように遠い表情をし、なんとも言えぬ、ささやかな愉悦の笑みをその口元に漂わせた。この表情はこの日、自分のステージのアンコールとして歌った「ハレルヤ」の時とのわずかに2度見せただけだった。曲が終わった後に必ず見せる華やかな笑顔とはまた別の何かだった。


 1時間ほどの悦楽の時間が終わり、和やかな笑いとともに細野晴臣さんが登場する。とぼけたぼやきを挟みながら、はっぴいえんどであり、YMOであった62歳になるミュージシャンの音楽と存在を楽しんだ。


 もちろん、最後のアンコールはアン・サリー細野晴臣コラボ。「三時の子守歌」と「ホワイト・クリスマス」。「三時の子守歌」は「デイ・ドリーム」でアン嬢がカバーしたもの。彼女はアルバムとは違う、細野バージョンに合わせて歌う。そこがまたいい。


 おかげで、好きなクリスマスソングの第1位「クリスマス・ソング」と第2位「ホワイト・クリスマス」の2曲を彼女の歌声で聴けるというまたとないクリスマスイブの夜であった。


 コンサートがはねた後、恵比寿駅近くのプロントで3人で飲む。岡崎さんとNEGIさんにごちそうになった。ありがとうございました。