饒舌な不在。


 朝からバタバタと仕事に追われて一日過ぎた。


 退勤するとすでに10時近い。もう、本屋に寄る時間も気力もないので、バスに乗って帰る。iPod桂枝雀「道具屋」を聴きながら。


 コンビニで夕食(夜食に近いか)と『テレビブロス』を買って帰宅。


 『テレビブロス』で、明日から渋谷のPARCOで行われる「ナンシー関 大ハンコ展」を記念した菊地成孔×川勝正幸対談が載っている。菊池氏と故ナンシー関との結びつきが不思議。対談を読むと彼女のコラムを諳んじられるくらいの大ファンだと言う。ナンシー関がテレビの衰退とインターネット興隆の時期にこの世を去ったことを指摘し、《テレビが帝国だった最後の人で、インターネットの時代が来る前に亡くなったというイメージ》という発言が興味深い。
 また、全ハンコを永久保存する豪華ビジュアルブック「ナンシー関 全ハンコ5147」が命日の6月12日にアスペクトから発売される。「大ハンコ展」で販売されるオリジナル手ぬぐいやトートバックを発売するという。欲しい。


 対談や「ナンシー関さんを偲ぶ会」のレポートに目を通して思うのは、ナンシー関の存在の大きさを一番的確に語っているのは、ナンシー関の不在と言う現実そのものであるということだ。