恐るべき同級生。


 11時に家を出て神保町へ向かう。もちろん、アンダーグラウンド・ブック・カフェ(UBC)・ファイナルに行くためだ。


 まず、日本特価書籍に寄り道。

 石堂本はいろいろな人の言及を読んで気になっていたのだが、地元ではまったく見かけなかった。これを買って店を出ようとした時に、平積みのゾッキ本の中に「結城信一評論・随筆集成」を見つけて思わず足を止めた。つい半年前に出た定価5000円のこの本が2000円で売っているのだ。もちろん、もう一度レジへ。安く買えて嬉しいのだが、こういうシブい本が売れない状況を目の当たりにするのは心中複雑である。


 東京古書会館へ。まずはUBC会場を覗く。


 1時から林哲夫さんと西村義孝さんの佐野繁次郎トークショーがあるので、急ぎ足で会場を周り、この1冊を選ぶ。その他、旅猫雑貨店から鳥獣戯画の扇子を買った。


 エレベーターで7階のトークショー会場へあがる。受付に旅猫さんがいた。挨拶して中に入ると講演者の林さん、岡崎武志さん、「だいこんの会」でお会いするぐーるどさんの姿が。その他、糸織さんや「北方人」さんもいらっしゃた。

 まずは、林さんの「モダニスト佐野繁次郎の装幀」という講演から始まる。詳しい内容に関してはたぶん「空想書店 書肆紅屋」さんがブログにお書きになると思われるので(講演後、林さんにその旨の発言をされていたのを小耳にはさんでしまいました)、そちらを参照していただくとして、モダニスト佐野繁次郎が誕生するまでの、生まれた船場という場所や浄瑠璃立川文庫に接していた子供時代がいかに佐野繁次郎の装幀に影響していたかを、数々の写真を使って解説してくれる。「こじつけ」、「牽強付会」などと謙遜されていたが、僕には充分納得できる影響関係だと思われた。もう、林さんには佐野繁次郎評伝を書いてもらうしかないですね。
 その後、今回の佐野繁次郎展の展示品出品者である西村さんを交えてインタビュー形式でトークショーが行われる。西村さんと僕は同い年で、佐野繁次郎装幀本に対する興味を持つという点でも共通しているのだが、その蒐集に対する情熱と収集量は比べ物にならない。以前に十二月文庫で木箱入りの佐野繁次郎装幀「This is Japan」を1万円でどうですかとすすめられたのだが、買う勇気が出なかった。10万以上を出してサノシゲ装幀の巨大本を購入する西村さんにただただ圧倒されるだけだった。
 トークショーは、西村さんのゆったりとした雰囲気が心和ませてくれる楽しい時間であった。


 次の黒岩比佐子さんの講演会まであまり時間がないので、急いで2階の佐野繁次郎展を観に行く。ただ、ただ、眼福。


 黒岩さんの講演会は、最新刊である「編集者国木田独歩とその時代」に関するもの。黒岩さんが身銭と時間をかけて集めた独歩編集の雑誌の実物と写真を見せながら、これまで光が当たってこなかった編集者独歩と彼の下で働いていた謎の女性写真家について語ってくれる。人に好かれる独歩が借金まみれになっても彼を見捨てず、無償で助ける仲間たちとの関係を熱を込めて語る黒岩さんの気持ちが伝わってくるような気がして、なんだか胸が熱くなる。そして、ほとんど何も手がかりがなかった女写真師を、努力と運命的な巡り合せによって突き止めるくだりは、すでに本で読んでいたにもかかわらず、やはり感動ものでした。本が売れないこの時代にフリーのライターをやっていくことの大変さが、言葉の端々に感じられながらも、これを自分の天職としてやり遂げて行こうという黒岩さんの姿が印象に残った。以前、『文學界』に連載していたものも本になる予定があるそうなので、これからも黒岩さんの本が何冊も読めるように、本がたくさん売れることを期待したい。


 改装後初めての東京堂へ行く。もちろん目当ては3階だ。ここに地方出版コーナーがあり、そして畠中さんがいるのだ。久しぶりに畠中さんに挨拶。なんだか、以前よりも若くなったように感じた。新しい職場で生き生きしている様な印象を受ける。元気な姿を見ているだけでなんだかこちらも気分が弾んでくるようだ。


 戸川さんのちんき堂が続くことを願いつつ、本を買う。編集工房ノアの『海鳴り』20号を貰う。

 1階で。

  • 『WALK』56号

 水戸芸術館の機関誌。エッセイ特集で、執筆者が、鹿島茂林哲夫柴田元幸池内紀松山巌と豪華である。


 閉店間際の神田伯刺西爾に飛び込んで、ブレンドとケーキでひと休み。『海鳴り』から山田稔「匿名」を読む。パリ時代に教えていた2人の日本人女性との関係を描く。小説とエッセイのあわいを楽しむ。


 帰りの電車で加藤徹「漢文の素養」(光文社新書)を読む。日本文化における漢文の果たした役割を、中国との関係を横糸に通史的に語っているのだが、古代から近世までその広範囲に及ぶ知識と分かりやすく適度な軽さのある文章に舌をまく。この人の本をもっと読みたいという気にさせられた。プロフィールを見ると僕と同学年だ。西村さんといい、加藤さんといい、今日はすごい同学年に圧倒されっぱなしだ。


 帰宅後、『WALK』から林哲夫「時間があってこれを潰す他の方法も心配もないからエッセイを読む」を読む。エッセイという語の意味を掘り下げていく中で日本の随筆との違いに言及し、最後に極私的ベストエッセイ十冊を挙げている。その中で肥田皓三「上方風雅信」(人文書院)に惹かれる。ただし、絶版だそうだ。気長に古本屋で探すとしますか。