帰って来た男。


 職場のある場所で壊れている椅子とは知らずに腰をかけてひっくり返る。とてもゆっくり自分の足が頭より高い位置に上がっていく光景を見る。別段ケガもなく、見ていた人々から笑われただけ。


 退勤後、散髪に行く。平日の夕方で他の客はすぐにいなくなり、僕だけの貸し切り状態。そのためかいつもより念入りにやってくれる。サービスの肩もみもたっぷり。気持ちいい。
 床屋を出てとなりの中華料理屋へ。パイコーかけ飯と餃子。食事を待つ間、「映画をたずねて 井上ひさし対談集」(ちくま文庫)を読み継ぐ。渥美清=車寅次郎をめぐる4つの対談と1つのエッセイを通し、同じエピソードが繰り返しカタチを多少変えて語られる。またかと思いつつも結核療養から浅草フランス座へ帰って来た渥美清というひとりのコメディアンのきらめくさまは何度読んでもやはり心浮き立つものがある。


 気持ちが落ち着かず、本が手につかない。古典入門の田中本を少し読んだだけ。外市一箱本も文庫は増えずに単行本を数冊追加したのみ。

 最近目にしたり、聞いたりしたことをつらつらと思い返し、考えてみているのだが、堂々巡りをするだけで、自分に取ってプラスの感情や考えは出てこない。結局は以前と同じ、何も変わらない自分がそこにいる。まるで、10年前の自分が帰ってきたかのようだ。


 こんな日は、考えるのはさっさとやめて、早く寝てしまうに限るな。