tea for two

午前中に野外の仕事を終え、午後は出張。
職場のPCでチェックをすると「okatakeの日記」が久し振りに更新されている。岡崎さんの仕事が一段落したのだろうか。たまにでいいから更新してもらえるとうれしいのだが。
出張が早目に終わったので、神保町へ繰り出す。
まずは『彷書月刊』と『BOOKISH』の最新号を求めて書肆アクセスへ。
店内に入ると、アクセスの畠中理恵子さんとサマージャケットを来た男性が話をしているところに出くわす。なんと男性は岡崎武志さん。ちょうどアクセスでは“岡崎武志が選んだ書肆アクセスの16さつ”フェア実施中のため、岡崎さんが様子をうかがいに来店中らしい。お二人の前の棚にはサトウハチロー「僕の東京地図」(ネット武蔵野)が置いてある。ネット武蔵野と言えば、以前岡崎さんが関わった徳川夢声「いろは交友録」を出した出版社。ずいぶん前に岡崎さんの日誌に第2弾として「僕の東京地図」の元本をこの出版社に渡したという記述があり、いつ出るのかずうっと気になっていた本なのだ。すぐさま手に取る。畠中さんが岡崎さんに話しているところでは『BOOKISH』最新号は未入荷とのこと。残念。『彷書月刊』の最新号といっしょに「僕の東京地図」を購入。このサトウハチロー本は、小林信彦「私説東京繁盛記」(ちくま文庫)などで何度も言及される小林さんの愛読本なので以前から気になっていたのだ。
会計を済ませると岡崎さんが店を後にする姿が目に入ったので、店を出たところで声を掛ける。先日、日記にコメントをもらったばかりでもあり、また下鴨でもお会いすることができなかったので、せめて挨拶だけでもと名前を告げると「次の予定があって時間があまりないんだけど、ちょっとお茶でもしましょう」と誘って頂く。すずらん通りに最近できたガラス張りのカフェに入る。しかも、アイスコーヒーをおごってもらってしまい恐縮。さっそく、アン・サリー話に。ぜひ彼女のライブに行きましょうと岡崎さんからお誘いが。12月8日に東京渋谷AXで行われるライブのチケット購入を託される。僕もまだ彼女のライブは未体験。これはぜひ押さえなくてはなるまい。10分ほどで次の予定のある岡崎さんは席を立たれる。お忙しいのに一読者の為に時間を割いて頂きありがとうございました。アン・サリーを一緒に聴ける日を楽しみにしております。
岡崎さんと別れて、古本屋周遊へ。期待の小宮山書店ガレージセールに行くが、最近には珍しく今日は外れ。なにも買えませんでした。田村書店店頭均一も買うまでには至らず。
昼を食べていないので、喫茶ぶらじるのケーキセットで一息入れる。先程買った『彷書月刊』をぱらぱら。この9月号は創刊20周年記念号。巻頭は岡崎武志×坪内祐三×坂崎重盛×石田千という豪華メンバーによる“がっちり買いまショー”。それぞれ一万円以内で古本を買って来てお互いにその成果を報告し合う座談会だ。冊数は均一小僧の面目躍如で岡崎さんの27冊がダントツ。その他の方達もそれぞれシブくたのしいセレクションで読んでるだけで気持ちが浮かれてくる。この座談会を筆頭にいつもの号にもまして読みどころ満載。これで600円+税は買いですよ。
岩波ブックセンターで雑誌を2冊。

  • 『みすず』8月号
  • 『遠近(をちこち)』第6号

『遠近』は山川出版社で出している雑誌で、買うのはこれが初めて。“国際交流がつなぐ彼方と此方”とあるのでそういう方向の雑誌だと知れる。特集は「日本語で話してみませんか」。鼎談として四方田犬彦×柴田元幸×沼野充義「なぜ世界は村上春樹を読むのか」が載っている。これを読みたくて買ったようなもの。これを読んで予想以上に村上春樹氏の小説は多くの言語に訳され、様々な国で読まれていることを知る。特に韓国に与えた影響は大きいようで、四方田氏が紹介するユ・デニョンという作家の「アユ釣り通信」という小説の村上春樹ぶりは笑ってしまうくらい。また沼野氏によればロシアでは「猿をめぐる冒険」という小説が出たとか。面白い鼎談なのだが、惜しむらくは分量が少ない。別のところでも構わないので、続きをやってほしいものだ。
いつものごとく日本特価書籍へ。ここにくるとたくさん買ってしまうので困るのだが、月曜日は素通りしただけだったので、その分つい財布のひもが緩んでしまう。

ユリイカ』は“水木しげる”特集。ああ、また買ってしまった。今年の夏は予定外のアクシデントばかりで、思ったように本が読めず、この夏に消化する予定の本がほとんど手つかずで残っているというのに。よし、明日からは“読書強化週間”とすることに決める。
帰りの電車で、先日の京阪旅行で読み残した藤沢桓夫「大阪自叙伝」(中公文庫)の残りを読了し、小林信彦「昭和の東京、平成の東京」(ちくま文庫)にリレーする。大阪から東京へとバトンが渡るわけだ。冒頭の「銀座と私」は1964年の『銀座百点』に載ったもの。筆者32歳の時の文章だが、そのいにしえの東京を偲ぶ姿は初老の雰囲気である。こんなフレーズに目が留まる。

《もっとも、野田宇太郎の『東京文学散歩』によれば、ここは北村透谷が自殺未遂事件をおこした家があった場所だという。野田宇太郎は、メンズ・ショップのことを「今では服地屋の新しい建物が出来」と書いている。透谷とヴァン・ジャケが一点でつながってしまうところがいかにも面白い。》

ちなみに1964年は僕の生まれた年である。


【月刊アン・サリー計画/今日の1曲】