京都旅行2

京都旅行2日目。京都の本屋を沢山回り、夕方の新幹線で帰ってくる。
29日の記事を書くのに時間をとられてしまったので、詳細は明日書き込みます。
【付記】
この日の詳細について以下に書いておきます。

6時過ぎに起床。朝風呂に入り、ベッドでガイドブックや地図を広げて今日の予定を立てる。8時過ぎにホテルを出て近くの前田珈琲店で朝食。雑誌に紹介されていたB.E.L.Tサンドを注文する。ベーコン、卵焼き、レタス、トマトがカスクートパンに挟まれており、なかなかのボリューム。これから1日歩き回ることになるので、朝からしっかり食べる。
ホテルへ戻り、9時半にチエックアウト。地下鉄とバスの一日券を購入し、地下鉄で京都駅へ。コインロッカーに昨日の収穫物を入れた大きいバッグを収納し、みどりの窓口で帰りの新幹線の切符を買う。京都発16:57。あと7時間近くの時間を自由に使えるのだ。ただし、いくらこちらがその気になっても古本屋の朝は遅い。10時開店の店もないことはないが、大半は11時や12時、中には13時という店もある。まずは、開店がもっとも早いと思われるブックオフ京都三条駅ビル店に向かう。この店は、山本善行さんが最近何度もゴットハンドぶりを発揮した舞台なのである。昨晩もこのブックオフで買ったという大正時代に出版されたお宝本が登場し、みなの度肝を抜いていた。さすが古都京都。「ブ」にまでそんな古書が置いてあるとは。東京では考えられない。地下鉄三条京阪の駅を出たのが9:50。残念ながら開店は10時だった。それにしても開店前のブックオフに並んだのは初めてだ。なんだか、加速度的に人生がある方向へと突き進んで行きそうな予感がする。ちょっと怖い。好きな方向だけにより深みにはまりそうで。そんなことを考えていてもしょうがないので、近くの鴨川の河原へ下りて散策する。三条大橋の下を小さな滝をつくりながら水が音を立てて流れて行く。天気は快晴で、風も心地よい。半年ほど前、仕事で京都へ来た時には、心を重くすることばかりに囲まれて鬱々として楽しめなかったのに、今こうして水の流れを見ていると、細胞のひとつひとつがフツフツと呼吸をしているような伸びやかな気持ちになれる。この数年の鬱屈が嘘のようだ。きっと何年後かにこの瞬間を幸せなひと時として思い出すだろう。そんな、感慨に耽っているうちに10時を過ぎてしまい、あわててブックオフへ戻る。
エスカレーターで単行本・文庫本・新書のフロアである3階へ上がり、まずは単行本の105円の棚に向かう。やはり、場所柄のせいか僕が普段行っている東京や横浜のブックオフに比べて、古い本が多いような気がする。いくつか面白そうな本があるのだが、昨日のお宝本の数々が頭にチラつきそれらを買う気はおきない(我ながら古本の巨匠と素人の自分を同列に考えるという愚に気付いていないのが情けないです)。一通り棚を眺めて、籠に入れたのが埴谷雄高「姿なき司祭 ソ聯・東欧紀行」(河出文藝選書)の1冊のみ。いつもなら買っているような本も、105円で掘り出し物をという頭になっている状態では手が出ない。小1時間ほど粘って結局この1冊だけ持ってレジに行くと、前に並んでいる人がカウンターの上に8冊ほど積み上げている。その本の中には、木村毅「早稲田外史」や「早稲田大学八十年史」、それにさっき僕が手に取って戻した金井恵美子「兎」(筑摩書房)などが混ざっている。その他の本を見ても一目で本職と分かる買い方である。早稲田物の2冊は半額棚の方にあったものであることがシールの色で分かった。105円にこだわったために半額棚をちゃんと見ていなかったことに思い当たり、列を離れて棚へと急ぐ。しかし、この時点で「しまった」という焦りばかりが先行し、棚を見ていても集中力が出てこない。結局何も見つけられずに、もとの1冊を持ってすごすごとレジへ。人間なのに神になろうとして墜落したペガサスの気分で店を後にする。
気分をかえて、新刊書店に向かうことにする。今回必ず行ってみたいと思っていた新刊書店の三月書房に向かう。地下鉄の京都市役所前で下車し、役所の横の細い道を歩いて行くと、途中に古本屋を発見。尚学堂書店である。「ミス古書」に店頭で戦前本が200円で売られていて掘り出し物に出会えるかもと書いてある店だ。確かに店頭には古そうな本が。しかし、それよりもその店の佇まいの方に心を奪われる。しっかりした木の枠に曇りなく磨かれたガラスのはめ込まれた扉。狭いながらもきちんと整理された店内。生まれたときから古本屋をやっていますという顔をした店主のおじさん。すべてが収まるところに収まっている。町家の中に自然にとけ込んだその雰囲気は、東京の古本屋には決してない風情である。もうそれを感じるだけで満足してしまった。店内を軽く覗かせてもらって先を急ぐ。通りが少し広くなり、京都銀行を過ぎた先のガードレールに数人の中国人がたむろして何やら声高に話し合っている。その前が三月書房であった(この人達と店との関係は不明)。思っていたよりも古い店構えで、思っていた以上に普通の本屋の姿である。しかし、一歩店に入って棚を見れば、そんじょそこらの新刊本屋ではないことはすぐに分かる。本は作者別、ジャンル別に単行本・文庫本とり混ぜて並べられており、店による本のセレクションがしっかりと行われていることがよくわかる。また、小沢書店などに代表される倒産した出版社の本が新刊割引(50から60%引き)でずらっと揃っているのは壮観。雑誌もミニコミが充実している。「sumus」のバックナンバーが置かれているので、チェックしているとその後ろから「ARE」の3号が1冊出てきた。同人の人でさえもう残部がないと行っているこの雑誌が新刊で売っているとは。さすが京都、さすが三月書房ということで即購入。ついでに店内に置いてあったちょうちょぼっこ図書目録VOL.5ももらってくる。
来た道を引き返し、御池通を横切って寺町通のアーケードへ入る。そろそろ12時が近づき空腹を覚える。本能寺を横目にスマート珈琲店に入る。ここの2階でランチを食べる。カツレツにクリームコロッケ。今回の京都の食事は喫茶店の洋食で統一する(昨晩だけ旨くないラーメンが入ったのが無念だが)。ここで昼食をとった理由にはこの近くにある12時開店のアスタルテ書房に行くための調整という意味合いもあった。
それでは、アスタルテへ。分かりにくいと言う評判の場所もジュエリーハイツという建物の名前を知っていればすぐに分かった。勝手に高級マンションの一室で秘密結社か会員制クラブのように、ドア前でインターホンか監視カメラで誰何され、苦労したあげくに入室を許可されるのではないかと恐れていたが、古い小さなマンションで、ドアは開け放たれていて気軽に入店できた。代官山のユトレヒトや青山の日月堂に近いあり方なので、なんだかほっとする。赤いふかふかの絨毯が敷き詰められているという出来上がっていたイメージもフローリングの床にあっけなく消し飛んだ。黒いスリッパに履き替えて、店内を見渡すと、やはりその雰囲気はひと味違う。生田耕作オーラの漂う店内、絵画やオブジェが醸し出す非日常感などに気圧されて思わず音を立てずにそっと歩いている自分に気付く。勝手に緊張して何かを買いたいのだが、何を買っていいのか分からず困惑していると、またしても『ARE』の姿が。ここには8号だけが2冊残っていた。異国の地で旧友と再会したような気分になる。迷わず手に取ってしまう。昨日の3冊(昨日の日記で2冊しか買っていないように書いてしまったがそれは誤りで昨晩4号も落札し岡崎・山本両氏にサインまでしてもらいました)と今日の2冊で10号まで出たうちの半分を集めてしまった。まるで、神様が『ARE』を全部集めなさいと言っているようではないか。自分がドラゴンボールを集めているゴクウのように思えてくる。10冊集めたら古本の神様が現れて何か願いをきいてくれるのではないかと夢想してしまう。
その他に「林哲夫作品集」(風来舎・普及版限定300部署名落款入)を購入。絵と文章の両方が収録されているというのが林さんらしく感じられる。
その後寺町通や河原通の古本屋を何軒か覗くが、本格的な古書店ばかりで僕には敷居が高すぎる感じ。いったん鴨川べりに出て、三条から二条へと歩く。二条通に折れてしばらく行くと中井書店と水明洞が軒を並べている。「ミス古書」おすすめの水明洞がいい。店の前に置かれた段ボールには古い紙ものなどが一杯詰まっており、中には小さなノートに書かれた日記などもあった(内容が「畑に行った」というメモ程度の記述だけなので買うには至らず)。店内も風俗資料やサブカルチャー中心で面白そうな構成となっている。今回は買えなかったが、次回も是非覗いてみたいと思わせる店であった。
そこから鴨川に戻り、出町柳へと向かう。気温も高く汗ばんでくる。途中コンビニで飲み物を買ってまた歩き出す。僕にとっての旅の楽しみはこの街歩きにあるので、こんなふうに歩いているだけで心が弾んでくる。出町柳今出川通百万遍の方へ折れる。京大前の古本屋には昨日寄ったのだが、通り道から外れた竹岡書店には寄るのを忘れていたのでそこへ向かうつもりなのだ。さすがに疲労を覚え始めた頃に竹岡に到着。自動扉の前に立つと故障中なので手で開けてくれとの張り紙が。なんだか鎌倉の公文堂書店を思い出させる。あそこの自動扉も手動であった。中に入ると思わず足が止まる。棚と棚の間に束ねられた本が壁のように積まれており、体を横にしなければ先へは到底進めない状態である。ショルダーバッグとトートバッグを抱えてなんとか先へと進む。中公文庫の棚の前までは前進することができた。棚から持っていない2冊を抜き出す。飛田穂洲「熱球三十年」、寺山はつ「母の螢 寺山修司のいる風景」合わせて400円。
京大前まで引き返し、昨日寄れなかった進々堂で休憩。スコーンセットを頼む。ここの広い木のテーブルはいい。斜め前に座っている女性が一瞬渡辺満里奈に見えてドキッとする。よく見れば別人だがよく似た美人である。旅の高揚感があるせいか、京都では美しい人を多く見かける気がする。まあ、見かけるだけで何もない訳ですが(当然ですね)。読みかけの山田稔「旅のなかの旅」を読みながらスコーンセットを待つ。ギリシャスコットランドは自分も行ったことがあるので、その分作者の旅に同化しやすいようだ。作者のする旅の失敗と同じような経験をしたことを思い出す。温かいスコーンとコーヒーでひとごこちつき時計を見るとそろそろ京都駅へと向かう時間になっている。昨日回った古本屋を軽く見ながら出町柳へ戻り、京阪電車で三条へ。三条から地下鉄に乗り換えて京都駅へ着く。
地下の三省堂書店で『エルマガジン』の最新号を購入(山本さんのコラム「天声善語」が載っている)。駅の掲示板を見ると「停電のため三島と静岡の間で運転見合わせ」という文字が目に入った。エッと思って見直すと「3時59分に運転再開」と続いていて安堵する。
16:57発のぞみで京都を後にする。車中で「旅のなかの旅」を読了。続いて三島由紀夫「永すぎた春」(新潮文庫)を読み始める。実は旅行中に読むつもりでこの本を家で探したのだがどうしても見つからず、今日の古本屋巡りの途中、ブックファーストに寄って買っておいたのだ。青木正美「古本屋五十年」(ちくま文庫)でも取り上げられている古本屋小説である。ただし、主人公の婚約者が古本屋の娘というだけであまり古本屋に関わることは出てこない。青木さんが触れていた古本の市場の場面もあっさり終わってしまうので物足りない。車中で半分ほど読んだところで地元の駅に着いた。ホームに下りて歩き出すと肩にボストンバックの重みが伝わってくる。わずかな衣類を除くと買ってきた本と雑誌しか入っていないそのバッグの重さが今回の旅行の充実度を伝えてくれているように思われて、肩に食い込むその感触も悪いものではないなと感じながら家路についた。