絵の中で散歩。

 ゴールデンウィークであるが、いつも通りにほぼ仕事である。ただ、4月29日だけは休みが取れることが分かっていたので、28日の仕事を終えてから仙台へ向かった。本のイベント“BOOK! BOOK! SENDAI!”が10周年を迎え、そのイベントが28日に行われるためそれに合わせて知人たちが集まるということを聞き、久しぶりに杜の都に行ってみたくなった。

 GWの始まりとも言える日であるため、東京駅に着いてからチケットを買うのでは席を確保できるかが心配だったので、初めてモバイルSuicaでチケットを購入する。とは言っても紙の特急券が発券されるわけではなく、列車名と号車・座席名の入ったメールがくるだけなので、座席に着いてもなんとなく落ち着かない。すると「すいません、席をお間違えではないですか?」と言われて「やっぱり」と思いながらも、メールを見ながら「18のDなのですが」と言いつつ壁の表示を見たら「8D」と書いてあり、慌てて席を移る。


 車中は呉座勇一「陰謀の日本中世史」(角川新書)を読む。ベストセラー「応仁の乱」(中公新書)の著者の本なので興味があった。天邪鬼なのでベストセラーには手を出さず、こちらを選んでみた。「アンナチュラル」関係でNHK大河ドラマ平清盛」のDVDを買ったので(崇徳帝と平重盛が監察医とその助手なのだ)、保元の乱平治の乱から始まるこの本は観る前のちょうどいいサブテキストになるだろうという思いもあった。
 

陰謀の日本中世史 (角川新書)


 夕方に仙台駅に到着。地下鉄南北線広瀬通駅まで行き、駅前にある“ドーミーイン仙台広瀬通”にチェックイン。荷物を置いて待ち合わせ場所の三越ライオン前へ。そこから国分町焼肉屋へ移動する。店頭の“しあわせの焼肉”という看板が期待を高めてくれる。地下にある店内は焼肉屋というよりも洒落たライブハウスのような印象。あとで聞いたら元はBARだったらしい。1人1480円でワンドリンク付きというコースは値段を上回る量と質で満足満足。その後、場所を沖縄料理店へ移して二次会が始まる。店名の“島唄”の通り歌のうまいおじさんが店主で、三線(さんしん)を弾きながら沖縄の歌をいくつか唄ってくれる。とても味のある歌声と演奏に聴き惚れる。北の都・仙台で波照間島出身のおじさんの唄を聴いている不思議な時間を堪能する。
 寝不足気味なので、途中で山上憶良のように宴を罷ることにする。ホテルまでブラブラと歩いて帰る。杜の都の名の通り街の中心部にも樹々が生い茂っており、とても気持ちがいい。来るたびにいい街だなあと思う。4月から始まった新しい屋内仕事では毎年3月に仙台でイベントをやることになっているため、この街にくる機会も増えそうである。



 翌朝は、10時に仙台駅前集合だったので、7時過ぎまで寝ている。ドーミーインはビジネスホテルなのだが2階に大浴場があるので、朝風呂に入ってからチェックアウト。立ち食い蕎麦の“神田”がおいしいと聞いていたのでそこで朝食をと思っていたのだが、僕が行った店舗はまだシャッターが閉まっていたため、近くにあったモスバーガーに入る。モスは好きなハンバーガーショップなのだが、地元の街にはないのでよその街に行った時でないと食べる機会がない。最近ニュースで経営的に苦しいというようなことを聞いたのでモス贔屓としてはやはり寄っておきたい。期間限定商品のチーズの入った照り焼きバーガーを食べながら、待ち合わせの時間までのんびりする。朝から気持ちのいい晴天で店内も明るい。スマートフォンで職場のクラウドサービスをチェックする。自分が責任者をしているグループの構成員だけが見られるクラウド上のグループに毎日連絡事項をアップするようにと指示されているため休日を除く平常勤務の日はここ1年ほど毎日連絡事項を更新している。このグループにはなぜか「いいね」ボタンが存在し、記事を読んだらボタンを押すことになっている。しかし、連絡事項を書くことは義務付けられているが、グループ構成員たちがそれを読むことは義務付けられていないというヘンテコなシステムのため、数十人いるメンバーの全員が「いいね」を押してくれたことはまだ一度もない。書かされているのに読まれないのは癪なので、連絡事項以外のここでしか読めないコンテンツを入れてやろうと考えて、毎日600字から800字程度のコラムを書くようになった。それの効果か約半数のメンバーが「いいね」を押してくれるようになった。ただ不思議なのは、書いている僕には言わないのに他のグループリーダーの方に「いいね」は押していないが「連絡事項」を読んでいると話しているメンバーがいることである。読んでいるなら「いいね」(これはあくまで価値判断のボタンではなく読んだことを表す確認ボタンであることは共有されている)を押してくれればいいのにと思う。先日は、グループメンバーの1人から「実は、『連絡事項』の隠れファンです」と告白された。いや、あなたたちが見るためのコンテンツなのになぜ「隠れ」なければならないんだよ、まるで江戸時代のご禁制のキリスト教じゃないかと変な気持ちになった。先日書いた「連絡事項」はなんとか二桁を維持していた。


 10時に知人たちと集合し、東西線宮城県美術館へ向かう。かの洲之内徹コレクションを有する場所である。国際センター駅で下車し、宮城県美術館に向かう。背が低く横に広い建物は空間的な余裕を感じさせ、明るい陽光の中で心地よく見える。混む前に館内のカフェで一休み。連休ではあるが、それほど人が多くなく、広い敷地で子供たちが気持ちよく動き回っているのを見ながらシナモンロールとミルクティーを楽しむ。それから、特別展の“絵本のひきだし 林明子原画展”をみんなで見る。絵本にはまったくの素人なので、恥ずかしながら林明子という名前になんの心当たりもなかった。同行の知人たちは「あの林明子」というスタンスなので、こちらは大人しく「勉強させてもらいます」という気持ちで展示を眺める。彼女の物語絵本デビュー作である「はじめてのおつかい」の原画を見て、心惹かれるものを感じる。昭和40年代の生活が画面一杯に描かれており、俯瞰の街の絵のあちらこちらに小さな仕掛けがされている遊び心や、はじめてのお使いに行く小さな女の子の動きの見事さに目を奪われた。店先に赤電話、店の横には青電話という自分がちょうど小学生くらいの時の生活空間がそこにあり、その中を一緒に散歩しているような気分になる。他の原画も色々見たが、この「はじめてのおつかい」が個人的に一番印象深かった。売店で絵本を買おうかと思ったのだが、原画を見た後に印刷の絵を見てしまうとどうしても色あせた印象を受けてしまうため、買うには至らなかった。その代わり、2013年にこの美術館で行われた“洲之内徹と現代画廊 昭和を生きた目と精神”の図録を購入した。どうやらこれが在庫最後の1冊だったらしく、僕の後に買おうとした知人が買えなかったとボヤいていた。申し訳ないが、こちらは林明子ではなく洲之内徹目当てできているのだから許してほしい。



 その後、歩いて東北大学の植物園に行く。植物園といっても青葉山という小さな山が丸々収まっているといった感じで、ちょっとしたハイキングコースである。受付の人に1周1時間くらいですと言われたが、本当に1時間あまり歩き続けることになった。夏日でもあり、木陰ではあったが、急な勾配を歩いていると汗が流れ落ちてくる。それでも、聞いたことのない植物の名前をプレートで確認しながら楽しく歩けた。



 仙台駅まで戻り、book cafe“火星の庭”に行く。ここで他のメンバーと待ち合わせ。遅めの昼食をとる。ココナッツカレーとバナココ(バナナとココナッツのドリンク)を頼む。豆がたっぷり入ったカレーは歩き疲れた空腹の胃袋を満足させてくれる。濃厚でいてさっぱりした後味のバナココも美味しい。腹を満たした後は本棚をチェック。あれこれ眺めてこれを選ぶ。


フランス文学案内―代表的作家の主要作品・文学史年表・翻訳文献等の立体的便覧


 定年後にでも時間ができたら読みたいと思っている積読本シリーズの1つに篠沢教授が書いた「篠沢フランス文学講義」(大修館書店)全5巻があって、そのサブテキストとして欲しかったもの。フランス文学の作家事典としても使える。久しぶりに来たけれど、火星の庭は前と変わらず魅力的な店だった。今度仕事で来た時にも時間を作ってぜひ寄りたい。


 その後、皆んなで新しく開店する古書店を覗いたり、民芸品を扱っている“光原社”にいったりする。光原社では、アイスクリーム用スプーン(毎日食べるヨーグルト用として)と藍染の文庫本カバーを買った。



 もう一泊する知人たちと別れて、仙台駅へ向かう。前からリーズナブルで美味しいと聞いていた駅構内にある“北辰鮨”に行く。噂に聞いていた行列も数人だったのですぐに店内に入れた。全てカウンターでの立ち食い方式。新幹線の時間を気にしながら、中とろ、中落ち、煮だこ、ヤリイカ、炙りトロ、玉子などを速攻で食べる。特に炙りトロがたまらなかった。また食べたい。


 結構歩いたし、暑かったので体力消耗気味の帰りの車内は軽く楽しく読めるものをと駅構内の本屋でこれを選ぶ。


間違う力 (角川新書)


 去年の海外出張の機内で読んだ「ワセダ三畳青春記」を思わせるような探検部の先輩たちのエピソードなどを楽しく読むうちに東京駅着。月曜から屋内仕事が始まるためまっすぐ帰宅。