落語という「教養」。

本日は完全フリーの一日。
部屋の暑さで8時に目覚める。旅行鞄を開けて、洗い物を洗濯機へ。寝床で横になりながら出張で読み残した洲之内徹「砂」を読了。
洗濯物を干してから、街へ下りていく。自分の部屋が駅から15分以上坂を上ったところにあるのでこういう感覚になる。本屋へより3冊。

文學界』は特集が“落語探求”。「日本近現代文学とわたし」(id:samsa01)の“今月の文芸誌これが買い”を読んで、この特集を知り、楽しみにしていたのだ。特集から小谷野敦「落語を聴かない者は日本文化を語るな」を読む。氏が落語の前近代的な毒を中和させようとした志ん朝をあまり評価せず、故人では円生、馬生、可楽、三木助を好んでいるというのを興味深く読む。僕は志ん朝ファンであるが、氏の指摘には成る程なと思う。それでも、やはり志ん朝師匠の落語は素晴らしいという思いが変わるわけではないが(小谷野氏も志ん朝は名人であると評価している)。氏は、落語を聞かない近代文学研究者や文藝評論家を認めないという立場を取るのだが、これも落語に日本人にとっての「常識」、「教養」を見るからだろう。「志ん朝のあまから暦」の解説で中野翠さんが、福田恆存氏の教養の定義《一時代、一民族の生き方が一つの型に集結する処に一つの文化が生まれる。その同じものが個人に現れる時、人はそれを教養と称する》を引き、落語家・志ん朝の死にその「教養の死」を見ているのだが、落語に共通感覚としての「型」をもとめるという点でお二人は共通している。そして、その思いは僕にもあるものだ。
「神秘家列伝」は水木しげるさんによる《勝手気ままで強力な変わり者》たちの伝記漫画。この4冊目では仙台四郎、天狗小僧寅吉、駿府の安鶴、柳田国男泉鏡花の5人を取り上げている。その中から仙台四郎柳田国男泉鏡花の3人を読む。仙台四郎は、昨年仙台に行った時に福の神として写真やグッズが売られているのを見て気になっていた人物。どういう出自の人かを初めて知った。柳田国男という人はずいぶんワンマンな一面があったらしい。この漫画でも少し触れられているが、その困った面に関しては岡茂雄「本屋風情」(中公文庫)に詳しい。「本屋風情」という題名も書店兼出版社を経営していた岡茂雄に対して柳田国男が浴びせた言葉から取られている。この本は面白いので、ぜひ復刊してもらいたいものだ。
吉野家で豚肉生姜焼き定食を食べて帰宅。『文學界』に載っている「[生誕百年]成瀬巳喜男監督最後の現場」と題した司葉子さんへの特別インタビューを読む。小津監督と成瀬監督の違いや役者の芝居ではなく編集で自分の映画を作っていく成瀬流映画術がうかがえて楽しい。その勢いで、ガリガリ君のコーラ味を食べながら、成瀬巳喜男「めし」をDVDで観る。原作・林芙美子、主演・原節子上原謙。昭和26年頃の大阪の街の映像が興味深い。大阪に転勤して夫婦(上原と原)二人で住んでいるところへ、上原の姪が突然家出してやってくる。上原が姪と一緒に市内観光バス(東京のはとバスみたいなもの)に乗るシーンで、バスガイドが色々と大阪の街並みを説明してくれる。それにしても成瀬巳喜男という監督はバスが好きだなあ。「稲妻」でも「あにいもうと」でもバスが出てきていた。それに「秀子の車掌さん」という映画も撮っている。
物語は、夫と姪の関係への嫉妬や家事に追われるだけの生活への疑問から家を出て実家へ帰った原節子が、いろいろと考えた末に夫のもとへ戻るというふうに展開する。実家が川崎の矢向で洋品屋を営んでおり、母親を杉村春子、妹婿を小林桂樹が演じている。珍しく杉村春子の母親は穏やかで優しいだけの人物。お得意のちょっとケンのある感じのキャラではないので逆に難しい役かもしれない。人がよくってちょっと頑固な妹婿の小林桂樹がいい。こういう真面目なんだけど面白い人物をやらせるとこの人はなんとも言えない味が出る役者さんですね。いい意味で脇で光る人です。黒澤明椿三十郎」での押し入れに入っている捕虜の侍役なんて最高。思い浮かべるだけでニヤついてしまいそう。
原作の「めし」は新聞連載小説で林芙美子の遺作。未完のため妻が夫のもとに帰るという結末は映画オリジナル。ハッピーエンドにしてほしいという映画会社の要望によるものらしい。小説「めし」の魅力については岡崎武志「古本生活読本」(ちくま文庫)所収の「林芙美子『めし』で巡る大阪ガイド」に詳しい。
映画を観た後、『すばる』4月号を引っ張り出し、井上ひさし「円生と志ん生」を読む。この戯曲を読むつもりで買った雑誌なのだが、いつもの例に漏れず積ん読のままになっていたところ、「新・読前読後」(id:kanetaku)で取り上げられているのを見て、この機会を逃してはならじとページを繰ることに。この両名人が満洲へ慰問に行き、終戦後もしばらく中国大陸に抑留されていたという事実をもとに創作された作品。もうこの設定だけで僕などは満足してしまう。作品の詳しい内容については「新・読前読後」をどうぞ。やっぱり、kanetakuさんの言う通り、ぜひお芝居で見てみたい。ただ、実在の落語家が主人公だけに、演じる役者さんの力量が試される作品だと思う。
TVをつけると、郵政民営化法案がらみで衆議院が解散という騒ぎに。それではいけないと思いながら、もうどうでもいいという気分になる。賛成も反対もできず棄権した大仁田議員の涙目でのインタビューを見ながら、ひたすら情けなさが募るのみ。
「悪漢と密偵」経由でBOOKCLIPの更新を知る。トップページでは8月の新刊のままになっているのだが、文庫をクリックしてみると中は9月の新刊が並んでいるではないか。いろいろ気になる書名はあるが、今日はこれまで。明日から仕事なのでもう寝ます。