1968

本日も出張。朝5時起きで出かける。はっきりしない天気で雨天を心配していたのだが、予想を裏切るぐらいの好天となる。なにも遮るもののない野外での立ち仕事なので、直射日光が肌に痛い。みるみる顔や腕が赤くなって行く。
出張場所から横浜駅へ向かうバスの中で、後ろに座った女子中学生がこんな会話を交わしていた。
「明日のテスト、漢字の読み、出ると思う?」
「でるよ。きっと」
「でも、『しゃも(軍鶏)』の読みなんて覚える必要ナインジャナイ」
会話を聴きながら、心の中でこんなふうに思う。
「いや、君たちが将来池波正太郎鬼平犯科帳」のファンになった時、『軍鶏』という漢字が読めることをきっと嬉しく思うはずだ」
もちろん、僕がテスト作成者だったら絶対こんな問題を出すのだが。
《次の( )内の漢字をひらがなに直しなさい。
 『長谷川平蔵は五鉄で(軍鶏)鍋を食べた。』》
彼女達が鬼平ファンのシブいOLになることを祈る。
横浜駅西口の有隣堂によって雑誌売り場で2冊。

先日、神保町で入手できなかった『エルマガジン』が有隣堂で手に入るとは。うれしい。さっそく山本善行さんの「天声善語」に目を通す。梶井基次郎檸檬」で有名な京都河原町丸善”閉店の話からはじまり、小沢書店のPR誌『ポエティカ』の話となる。こんな魅力的な雑誌が出ていたことを知らなかった。残念。こんど古本屋で探してみよう。また、今注目のPR誌として編集工房ノアの『海鳴り』が挙げられている。他の方も確か推薦していたはず。まだ、書肆アクセスにあるだろうか。
『東京人』は特集が“新宿が熱かった頃 1968−72”。新宿には特別な思い入れがある方ではないが、新宿が象徴していたあの頃には興味があるので。
帰宅して、冷えピタシートを腕、額、首筋に貼る。日焼けで皮膚が熱を持ってしまって痛いのだ。そんなものを貼付けたまま、ビデオで前田陽一監督、前田陽一中原弓彦小林信彦)共同脚本「進めジャガーズ! 敵前上陸」(1968年製作)を観る。昨日の「新・読前読後」でkanetakuさんが録画失敗で途中までしか観られなかったと嘆かれていたのを読んで、俄に観直したくなったのだ。
この映画のことは脚本に関わった小林信彦氏が何度が文章にしていたはずだ。それらの文章には、ビートルズ主演の「HELP」のような映画をということで始まった話が、主演の交代や映画会社側の無理解、プロデューサーの無責任さなどにより意に満たないものとなってしまったことが書かれていたと記憶する。
映画は、現在の目で観るとテンポが悪かったり、間が抜けて見えたりするところがあるが、当時の文化・風俗を伝えてくれるカルト的な異色作として充分楽しめた。たぶん、公開当時はただ“ナンセンス”で“ハプニング”なよくわからない作品としてほとんど無視されてしまったのだろう。内容は日本版「HELP」(アイドルが悪者から狙われて逃げ惑うドタバタ)をベースとしている。特にスキー場の場面は本家そのままという感じ。低予算(映画内に色々CMが入っていることからも分かる)に加えて無理解な映画会社と日本社会の存在を考えればその出来を本家と比べてしまってはかわいそうかもしれない。しかし、kanetakuさんもご指摘の通り、小林氏が早くからその存在を評価していた伊東四朗さんが準主役として大いに活躍の場を与えられていたり、三遊亭円楽師匠の不気味な2枚目警部役の怪演ぶり(これはスゴイですよ)はある意味貴重な記録といえる。
終盤、硫黄島で悪の組織とジャガーズが対決するクライマックスで、この映画は日本版「HELP」とは違った様相を見せ始める。日本軍の生き残り兵(南道郎)が登場し、ジャガーズから戦後日本の歴史(原爆、終戦朝鮮戦争東京オリンピックベトナム戦争、学生紛争、昭和元禄)を聞かされるシーンを挟み込むことで、映画は日本の戦後に対する違和感のようなものを持ち込んでくることになる。日本帝国に殉じて死んで行く生き残り兵の姿は決して笑いの対象となっていない(と同時に物語を終わらせる役割以上の意味も与えられていないが)。
共同脚本であるためこの映画のストーリーを小林氏と直結させてはいけないとは思うが、この戦後日本に対する違和感や太平洋戦争へのこだわり(この硫黄島のシーンが、後年の「ぼくたちの好きな戦争」に出てくるベルガウル島の日本軍玉砕シーンと無関係とは考えにくい)には、やはり小林信彦ワールドをかいま見せられたような気がしてしまう。
その他にも、ゴレンジャーの元ネタかと思いたくなるような5色のビキニを着た殺し屋5人娘(なぜか、ピンクではなく白いビキニをきた藤田憲子さんがいたいけな感じで登場)や悪の頭領(内田朝雄)が観覧車で「第三の男」のパロディをしていたりと見所も多い。
映画を観終わって『東京人』を眺めていたら、「敵前上陸」が作られた1968年の事件・世相年表が載っているのを見つける。この年表を参照しながら映画の場面を思い出してみるとまた一段と興味深い。