五反野名物

昨晩は実家に泊まる。お土産を待っていた姪っ子達に起こされて、午前中は遊びに付き合わされる。彼女たちが飽きたところで、自転車を借りて外出。天気がよくて気持ちいい。地元に最近越して来たと「ミステリーファンのための古書店ガイド」に載っていた古書店に行くが、“在庫整理のため休業中”の貼り紙が。それならと、実家から近い足立区にある古書店を回ってやろうと心を決め、東武伊勢崎線で北千住に出て千代田線に乗り換え、綾瀬駅へ。
綾瀬といえばデカダン文庫だ。以前から行こう行こうと思っていた店のひとつ。「ミス古書」記載の住所をたよりに探すと、千代田線沿いを北千住方面に少し戻ったところにデカダン文庫はあった。店内の本は文庫を除くほとんどの本にグラシン紙がかかっており、しっかりと値段がつけられている。そして、それに見合う本がびっしり詰まっているという感じ。しゃがみ込んで一番したの棚までじっくり見てしまう。デカダンという名の通り、安吾や太宰、織田作関係の本も多い。欲しい本、気になる本を挙げていったら切りがないので、悩んだ末、手頃な2冊を。

前者は、“シリーズ民間日本学者”の1冊。リブロポート倒産の引き金となったと言われるこのシリーズを、以前から少しずつ集めている。これまで15冊くらいは家にあるはず。予告されて刊行されなかった高田衛三遊亭円朝」や中沢新一寺田寅彦」など残念な書名も多い。
後者は、山猫先生こと長谷川四郎氏が世界文学について語ったエッセイ集。こんな本が出ていたことを知らなかった。安野光雅氏の装幀もいい。レジに持っていくと店主の方が、「長谷川四郎が好きなの」と声をかけてくれる。それから、「こんな珍しいものがある」と署名入りの初版本「阿久正の話」を見せてくれる。表紙の絵がまたよく、新書判サイズでとても愛らしい本。下手に値段を聞いてしまっては欲しくなってしまいそうなので、あえて触れず。その後、店主の方と色々と話をする。卒論が安吾だというと、「安吾はいいものを書いたね」としばし安吾話に花が咲いた。今度実家に帰省した時にはまた寄りますと挨拶し店を出る。
北千住に戻り、駅を出ると、以前とは随分駅前の雰囲気が変わっている。これも丸井ができたせいか。駅前の道を真っ直ぐ進み、日光街道に突き当たって右に折れるとカンパネラ書房がある。あるのだが、残念ながらシャッターが下りており、日曜定休なのかもしれない。「ミス古書」には定休日のデータはないので仕方ないか。帰り道にあるブックオフ北千住店を覗くが、本の量が少なくがっかり。105円棚がこれほど分量のない店は初めて。仕事がらみの文庫を1冊だけ買って早々に退散。
伊勢崎線に乗り、五反野駅で下車する。駅を出て線路と交差している駅前の道を右に折れて少し行き、右の路地を入ったところに四季書房がある。見かけは小さなごく普通の街の古本屋なのだが、看板に“初版本・限定本”とうたってあるように中に入るとうれしくなるような“時代のついた”本が並んでいる。おじいさんとおばあさんがや2人でやっているのもいいですねぇ。自分にとってはど真ん中ストライクの店。南陀楼綾繁さんが、この店の目録で小林信彦「夢の街・その他の街」を手に入れたというのが納得できる。高校・大学と東武伊勢崎線を使って通っていながら、この五反野駅近くにこんな店があろうとはまったく知らなかった。自分の不明を恥じる。四季書房とは駅を挟んで反対側にある「五反野名物 長崎カステラ」という看板のシュールな面白さにばかり気を取られていたせいか。それにしても五反野ってなんだかすごい街だな。
四季書房で2冊。

ともに装幀がすばらしい。獅子本は芹沢けい(金へんに圭)介、横光本は佐野繁次郎の両画伯の手になるもの。
この店もこれから実家に帰る度に足を運ぶことになりそう。むしろ、これらの店に来るだけで、実家に寄らずに帰ってしまいそうで怖い。そんなことしていたら家族にアイソを尽かされそうだ。
地元に駅に戻り、中高時代によく行った餃子屋に寄って見る。昔は、TVなどでよく紹介され(店員の新人研修が無人島で水と餃子だけで1週間過ごすというものだった)、店舗も数軒あったはずだが、今は日曜の午後だというのに僕が入ると客は1人だけ。その客も見覚えがあると思ったら、店のおじさん(今やおじいさん)が、客席に座ってTVを見ているだけだった。現在店は娘さんと思われる女性が切り盛りしているようだ。切り盛りできるほど客がいればの話だが。前はライスなどもあったはずだが、今は餃子以外の食べ物メニューは一切ない。餃子も昔より小さくなっている。味はまあまあなのだが、特別おいしいというわけではなく、これでライスやビールも置いていないのでは経営は苦しいのではないかと思う。それに、店内に貼られた手書きの“キャベツジュース”のポスターが不気味。どうやらこの店一押しの商品らしく、メニューにもジュースを飲んで健康になったと言うお客さんの声なるものが書かれている。お洒落なライフスタイルと結びつかない健康志向、自然志向が大衆の心をつかまないことの好例をここに見た気がする。
買った本は鞄に詰めて、手土産にアイスを買い、実家に戻る。久し振りに帰省して、ろくに家にいず、古本屋回りをしていると知ったら、親は嘆くだろうな。悪い息子だ。
夕食を食べてから、実家を出て2時間かけて自宅へ帰る。
車中の読書は、山口昌男「『挫折』の昭和史(上)」(岩波現代文庫)。昨日読了した多川精一「焼跡のグラフィズム」(平凡社新書)で語られていた東方社と雑誌「FRONT」に関わった人達が山口昌男ワールドの中で多川本とはまた違う姿をあらわしてくるのが面白い。挫折者たちの昭和史を語りながら、同時にそれらの人々と山口昌男さんとの関わりが描かれていくことにより、山口昌男というハブによって様々な人々が繋がっていくネットワークの広がりが楽しい。
ブダペストの古本屋」の著者徳永康元さんの名前が何度も出てくるため、積ん読本の徳永さんの著作を読めとせかされているような気分になる。こうして読書のネットワークも広がっていく。これがまたうれしい。