鎌倉散策古書店奇譚。

本日GW初の休日。
8時過ぎに起きる。すでに眩しいばかりの陽光がカーテン越しに部屋を明るくしていた。カーテンの向こうのベランダには昨晩洗濯して干しておいた白いアンダーシャツが十数枚びっしりと並んでいる(溜め過ぎだよな)。まるで世間に降伏したことをアピールしているみたい。


朝風呂に浸かりながら立川談春明烏」を聴く。若旦那が家から出てくるのを待っている源兵衛と太助が、若旦那の姿を見つけて「見ろよ、珍しいね、このご時世に全力疾走でやってくるよ」と評するところが可笑しい。遊び人の江戸っ子が使うには適さないと思われる「全力疾走」という漢語的表現だが、そのギャップがあるからこそ面白い。そして、この一言で若旦那という無垢で真面目で滑稽な若者を鮮やかに表現している。


この好天の休日に家に籠っていてもつまらないので、出かけることにする。場所は鎌倉。先日『編集会議』の古書店紹介コーナーに鎌倉の公文堂書店が取り上げられているのを読んで是非またかの地の古本屋巡りをしてみたいと思ったのだ。鎌倉に行くのは一昨年の11月以来だ。


横浜から横須賀線に乗り換え、鎌倉に向かう。電車はすでに寿司詰状態。いつもなら北鎌倉で降りて、鎌倉まで歩くのだが、既に北鎌倉は大勢の人で埋め尽くされていた。とても楽しく歩ける状態ではない。鎌倉駅まで行き、下車。


一体、何が悲しくて人はこんな人ごみの中に来るのだろうと思いたくなるほど小町通は大混雑。そのため脇道を行くことにする。一本隣りの路に入るだけで人の姿は極端に少なくなる。閑静な住宅街を歩いて距離を稼ぎ、小町通に戻る。まずは芸林荘へ。小町通から5メートル脇に入っただけなのに店の前には人通りがない。何も買わなかったが演芸本の充実ぶりが目を惹いた。徳川夢声の問答有用うらばなし集の本にそそられる。


小町通を先に進み、木犀堂へ。ここの店頭台(300円均一)から2冊。

  • 辰野隆「燈前茶後」(日本協同出版株式会社)
  • 「現代の文学 月報」(講談社

前者は、背の下の部分に水染みの汚れありだが、署名本。“恭呈 鎌倉仁兄 隆”というベンによる書き込みがある。そして、裏には持ち主の“k.kamakura”という署名もあった。この「燈前茶後」は林哲夫さんの「daily-sumus」で触れられていた本。表紙と扉に六隅許六の絵が使われている。この六隅許六装幀本は以前に渡邊一夫「ふらんす文學襍記」(白水社)を買ったことがあり、ペン画とペン文字を使ったシンプルでありながら味わいある装幀となっている。
「現代の文学 月報」は講談社で出した「現代の文学」(全39巻)の月報を製本したもの。月報には単行本に収録されない文章が載っていることが多いので買っておく。長谷川四郎、冨士正晴、小島信夫小沼丹藤枝静男阪田寛夫といった人たちが執筆している。


今日の目的は前回来た時に寄れなかった鎌倉キネマ堂に行くことがその一つであったのだが、結局見つけられず。残念。また、前回由良君美風狂 虎の巻」、小島政二郎「鴎外荷風万太郎」といった本を買った古本カフェ「遊吟舎」は休み。


芸林荘の前の路を横須賀線に向かって入っていく。小町通の喧噪が遠くになり、気持ちが落ち着く。ふと見上げると住宅の間から新緑のかたまりとなった小高い山が見える。今が一年で一番新緑が美しい季節だろうなと思う。線路を渡り、鎌倉駅方向へ戻っていくと四季書林があるが、この店は中に入らず、店頭台とガラス越しに店内をちょっと覗いてすぐに立ち去る。以前この店に入った時、店主の方から「何か」とまるで誰何するような調子でにらまれた経験があるので苦手なのだ。

そこから御成通に出て、街道にぶつかったところを右折し、公文堂へ。前の時も思ったが、この店はいろんな本がいい意味で雑然と置いてあり、掘り出し物がありそうな予感をさせてくれる店だ。黒っぽい本が多いのもいいな。

前者が180円で後者が500円。田中本は新刊で買うつもりだった本なので、ほぼ半値で入手できた。


いったん鎌倉駅まで戻り、高橋源一郎さんオススメの新刊書店「たらば書房」に寄る。小さな本屋だが、品揃えは相変わらずいい。大型書店でも置いていない講談社文芸文庫のシブいところがさりげなく並んでいる。
それにしても、GWの鎌倉は混み過ぎだ。江の電に乗る乗客の列が駅から出てたらば書房の先まで続いているのだから。ご苦労様です。


人が行く名所旧跡や観光スポットには目もくれず、踏切沿いにある游古洞へ。ここは骨董の瀬戸物と古本が一緒に並んでいる小さな店。本のセレクトは文学書中心でなかなかシブい。目についた本もあったのだが買うまでには至らず。


昼はとうに過ぎ、空腹を感じているのだが、食事の店はどこも行列ができている。いったん小町通に戻るとある店の前に行列ができているのが目にとまる。“かまくらの定食屋さん”という張り紙がしてあるこの店は、前回来た時に空いているという理由で入って大失敗した店だ。ここで食べたカツカレーは量味ともに最低だった。なのに今日は行列ができているとは。並んでいる人たちに同情する。店のディスプレイには前回なかったあるタレントの色紙が飾ってあった。“まいうー”と書かれているその色紙を見ながら、「罪なことを」と呟く。


目的の古本屋回りを終えたので、そそくさと電車に乗って帰る。帰りが夕方にかかるととんでもない大混雑になるのは必定だ。
車内では携帯本の茶木則雄「帰りたくない!」(知恵の森文庫)を読む。目黒孝二さんの解説に引用されている中条省平さんの言葉の通り、己の家庭を露悪的に描いた私小説的エッセイであり、書店員を辞めてフリーライターとなる“男のロマン”を笑わせながら感じさせる作品になっている。それにしても、この手の書名が頻出する本を読んでいて読んだことのある本が全くと言っていいほど出てこないのも珍しいな。まあ、それだけミステリィを中心としたエンターテイメント系のものを自分が読んでいないということなのだが。


地元でカツ丼とざるそばのセットを食べてから帰宅。「帰りたくない」を読了。茶木さんってギャンブラーなんだ。恐妻家で笑える書店員の阿佐田哲也といったところでしょうか。


先日ざっと見ただけの『彷書月刊』“岡崎武志古本劇場”号をちゃんと読む。岡崎さんが『鳩よ』に詩人四コマ漫画を書いていたことを知り、持っているバックナンバーを数冊出してくる。残念ながら所持しているものには載ってなかった。しかし、96年、97年頃のこの雑誌は今眺めるとなかなか面白いや。海野弘嵐山光三郎尾辻克彦坪内祐三斎藤美奈子宮沢章夫といった豪華連載陣に、読書系の特集も多いし。すでに詩の雑誌として出発した面影はまったくないけど。あと数年もするとこの雑誌けっこう古書価がつくかもしれないな。


今日は1冊読了で、新刊購入なし。

【購入できる新刊数=3】