火曜日はだめよ。

 先週の三連休(土・日・月)は全て仕事だったので、火(17日)・水(18日)と代休を取った。


 今年の春に職場から勤続30年の景品として提携している宿泊施設で使える優待券をもらった。調べてみたら京都にも券を使える宿があることを知った。優待券には有効期限があるし、せっかくだからここで使うことにする。


 17日の朝、家を出て新横浜駅へ。事前にネットで予約していた「のぞみ」に乗ろうと“プラスEX”カードを改札の機械にかざすがエラー音がしてゲートが開かない。有人改札でチェックしてもらうと“東京駅”からの乗車になっているという。何度もやっているネット予約なので何度か来た確認メールも日付と時間だけをチェックして乗車区間は見逃していた。「ネットで予約の変更をしてください」と言われ慌ててスマホをいじる。乗るはずだった「のぞみ」の乗車駅を変更しようとしたのだが、焦っていて同じ電車が検索できず、仕方なく次の「のぞみ」に予約を変更する。直前なので窓側の席は取れず、残っているのは3人がけの真ん中だけ。以前に電源のある窓側の席にパソコンで作業する人が乗っていてずうっとキーボードを叩く音に悩まされた経験があるのでなるべく窓側の席を取るようにしているのだが。


 ありがたいことに窓側の人はスマホを眺めているだけだった。しかし、通路側の人がかなりの巨体で、普通に座っていても肩がこちらの肩にグイッと食い込んでくる感じ。もちろん、こちらも小さい方ではないので文句は言えない。体を小さくして読書に集中することにする。持ってきたのはこの本。


-西東三鬼「神戸・続神戸」(新潮文庫

 

 

神戸・続神戸 (新潮文庫)

神戸・続神戸・俳愚伝 (講談社文芸文庫)

 

 確か講談社文芸文庫版も持っていたと思うが未読。最近新潮文庫に入ったことを知り買っておいた。スピンもついて薄手で扱いやすいのでするっとカバンに入れてきた。面白いという評判は前から聞いていた。昭和17年に東京から逃れて神戸のホテルで暮らすようになった著者が出会う国際都市神戸に集まる内外の印象深い人々との交流を記録したエッセイ集。京阪神に向かう新幹線の中で読むのに丁度いいはずだ。読み始めると評判通りの面白さに湿り気と熱を帯びた隣人の肉肉しい肩の食い込みも気にならなくなる。戦火のしのび寄る戦時下に水商売の女たちが住むホテルの混沌とした雰囲気は坂口安吾の小説のようでもあり、軍から借りた自動車を福岡まで返しに行く知人に拉致される如く同乗者となるその道中は「虎口からの脱出」を思い出す。「神戸」を読み終わる頃には京都着。

 

虎口からの脱出 (新潮文庫)


 火曜日は善行堂が休みということは頭に入っている。本屋回りは水曜日の明日と決めている。今日はぶらぶら歩いて、時間があれば映画でも観るつもりだ。昼過ぎに着いたのでまずは昼食をということで寺町の喫茶店スマートに行ってみる。ここのランチをしばらく食べていない。いつも店の前に入店待ちの人の姿があり、時間に追われていることの多い京都旅行ではパスをすることが多いのだ。今日は時間はたっぷりある。待ち時間には「続神戸」を読めばいい。しかし、店の前に来てみると「火曜日はランチをお休みします」という内容の貼紙がされていて断念。そのまま京都市役所の方へ進み、三月書房に向かう道の途中にあった“柳庵”という蕎麦屋に入る。店の前に書いてあったオススメのカツ丼セットを頼む。カツ丼とうどんのセット。普通のカツ丼が普通にうまい。出汁の効いたうどんもいける。個人的な経験に基づいた見解で言えば、京都で不味いものを食べた記憶がない。安いものも高いものも大抵うまい。これが文化というものなのだろう。


 腹を満たしてそのまま三月書房へと足を進めたがシャッターが閉まっており、そこに「月曜・火曜定休」と書かれていた。善行堂・スマートランチ・三月書房は火曜ダメということを肝に銘ずる。日帰りで京都に来る時は火曜は避けるべし。

 

 新京極にあるシネコンに行き4時からの映画のチケットを買い、その時間までぶらぶらと時間潰しをする。コーヒーが飲みたくなり、もう一度スマートへ行く。少し待って1階の喫茶コーナーに。この店はほとんどが4人がけテーブル。相席ではなく一人でもそこへ通してくれる。なるほど待つ人が出るわけだ。コーヒーだけでは申し訳なくなりホットケーキも頼む。今年に入って休日の朝食にホットケーキを作ることが多くなったので参考にプロのホットケーキも食べておきたい。使っているフライパンの大きさもあるのだろうがこのちょうどいい大きさの見事な円周とグッとくる厚みはやはり喫茶店の味わいだ。自分で作るとこうはいかない。


 腹ごなしに河原町から四条を歩き、ジュンク堂を覗いたり、錦市場をうろついたりして時間を潰す。4時前に映画館に入る。選んだのはアニメの「ONE PIECE STAMPEDE」。わざわざ京都まで来てなんでこの映画をと思われるかも知れないが、仕事や人生のストレスを忘れるために来ているのだから、人生を考えさせるような映画はお呼びではないのだ。ひと時をぼんやりと楽しめればそれでいい。それも映画の効用のひとつだろう。映画は古き良き時代のスター勢揃いの正月映画のように様々な馴染みのキャラクターが次々と出てきてそれらが協力して強大な敵を倒すという話。三船敏郎勝新萬屋錦之助小林旭宍戸錠石原裕次郎藤純子が一緒に出てくる感じとでも言おうか。


 映画館を出るとやはりもう秋らしく夕暮れの風情となっている。暮れなずむ鴨川べりをゆっくり散策したいところだが、今回の宿は夕食付きのため決められた時間までには戻らなくてはならない。河原町のバス停から5番のバスに乗り平安神宮の先にある宿まで帰る。

 

 宿の夕食は京懐石。優待券で宿代が格安となるため一番いいコースを選んでおいた。これが失敗。料理は見事なのだが、酒を飲まない単独者にとっては一品ずつ時間をずらして持ってこられるのは間が持たない。しかも同じ場所で何組かの客が同時に食事をとっているからあまりダラけた姿もできない。中高年の女性二人組がひたすら親族の愚痴をいい続けているのをBGMとして聞き流し、ひたすらデザートにたどり着くのを待つ。7時に始まった食事が終わったのが8時過ぎ。解放された気分で外へ買い物に出る。昼間は汗ばむ陽気であったが、夜となると風が涼しく心地よい。

 

 風が運んでくる匂いが京都動物園の近いことを教えてくれる。平安神宮の夜景を横目にして進むと煌々と光を発している建物が見える。蔦屋書店だ。夜10時まで営業しているらしい。欲しい本は明日まわる本屋で買うつもりなのでここでは前にも買った京都のコーヒーを買う。近くにこんな時間まで開いている本屋があると便利だなと思う。夜の散歩がしたくなるだろう。


 宿に戻ると床がのべられていた。蒲団に横になりながら「続神戸」を読む。「神戸」と「続神戸」は書かれた時期も発表誌も異なる。そのため単なる続編というよりは共通する人物が出てくる別の作品と考えた方がいいと思う。「神戸」では意図的に避けられていた俳句の話題が「続神戸」ではその中心部にせり出てきている。俳人・西東三鬼に関心のある人はこちらの方が興味深いかも。それにしてもこの文庫1冊読むだけで人間・西東三鬼への関心はどうしようもなく高まってしまう。帰ったら積読本の中から「西東三鬼全句集」(角川ソフィア文庫)を探し出して読んでみよう。

 

西東三鬼全句集 (角川ソフィア文庫)


 「続神戸」と森見登美彦の解説を読んで京都1日目終了。