呉越同舟からの湯舟。

 27日に屋内仕事の関係で、静岡の浜松へ行った。仕事は午後3時過ぎに終わった。せっかくここまで足を伸ばしかけたのだから、もう少し先まで伸ばしたい。その先には京都がある。

 

 

 27日の夕方に京都着。静岡行きの仕事が決まった時にすでにネットで宿は押さえてあった。手頃な値段で宿をとるのは平日でも簡単ではないのが今の京都である。その昔には定宿としていた四条烏丸東横インはここ数年全く相手にされない。今回も初めてその名前を知ったビジネスホテルにどうにか予約を入れることができた。行ってみて何故ここが空いていたのかが分かった。真新しいロビーには開業を祝う花が並んでいた。まだそれほど知られていないホテルなのだ。ロビーにはフロントと呼ぶのがためらわれるような小さなカウンターがあり、その横に女性が一人立っているだけ。名前を告げるとカードキーを渡され、隣の機械で宿泊税200円を払えという。カードキーを機械に入れ、200円を払ってチェックイン完了。アメニティも部屋着も必要なものはそこにある棚から持っていくシステム。人件費を押さえて収益をあげようというのだろう。ビジネスの旅でただ宿泊できればいいという人にはこちらの方が気楽なのかも知れない。

 

 

 ホテルに荷物を置いて、まだ日が暮れ切らない街に出る。高瀬川沿いの木屋町通では川の中にライトが設置され、川岸の桜をライトアップしている。ただ、今年の桜の開花は個体差が激しく、満開に近いものもあれば、まだ芽吹いてさえいないのではないかと思わせる枝枝しいものまである。そのため、桜並木というような印象は受けない。4、5日遅ければもっと桜を堪能できたんだろうな。古本屋は店仕舞いをし始める時間なので、それは明日にとっておき、遅くまでやっているレコード屋をせめることにする。

 

 河原町のホテルから京都市役所まで歩き、京都に来れば必ず寄る「100000tアーロントコ」と「ワークショップレコード」の入っているビルの前までくる。この先にある三月書房がまだ開いているかも知れないと行ってみるとその通りだった。

 

-いしいしんじ「きんじょ」(ミシマ社)

-「感想文集『天野さんの傘』」(ぽかん編集部)

 

きんじよ (手売りブックス)

 

 

 三月書房に来るとこの店らしい本が買いたくなる。例えば編集工房ノアの本や『ぽかん』といった関西のミニコミなど。「きんじょ」は京都にあるミシマ社の“手売りブックス”の1冊。京都に住む作家の京都での日々を描くエッセイ。「感想文集『天野さんの傘』」は第5回鎌倉ブックフェスタ参加を記念して作られた小冊子。たぶん持っていると思うのだが、目次の執筆者の顔ぶれを見るとたとえダブっていたとしても欲しくなる。服部滋扉野良人林哲夫真治彩、福田和美他。表紙のイラストは林哲夫画伯。

 

 

 道を戻って「アーロントコ」へ。ジャズレコードの棚が増えていて漁りがいがある。値段も手頃で欲しいものがあれこれあるが、まだ序盤だ、この後には「ワークショップレコード」も控えているので2枚に絞った。

 

-「KENNY BURRELL」(Prestige )

-「BIRD FEATHERS」(new jazz)

 

Prestige 7088

Bird Feathers

 

 

 

 

 1階上の「ワークショップレコード」は木曜定休で休みだった。レコードを手に京都を歩く。夕食はいつも新京極スタンドか王将のどちらにするか悩んだが、王将は地元にある店なので、やはりここにしかないスタンドに入る。トンカツ定食を食べながら、耳に入ってくる日本語(京都弁・大阪弁)と英語の割合がほぼ半半という状況に気づく。どこへ行っても当たり前に外国人がいる。それが京都。

 

 

 鴨川沿いやシャッターの降り始めた錦市場などいつもの好きな道をブラブラと歩いてホテルに戻る。部屋で読みさしの横山秀夫ノースライト」の続きを読む。

 

 

 朝になり29日。7時過ぎにホテルをチェックアウト(これも機械にカードキーを入れるだけ)。京都駅のコインロッカーに大きな荷物(昨日買ったものなど)を預けてから活動開始。まずは四条に戻っていつもの前田珈琲でモーニング。進々堂製のイギリスパンがうまい。

 

 歩いて三条近くのシネコンへ。昼近くにならないとお目当の古本屋は開かない。それまでの時間調整に映画を観ようと思い立つ。「グリーンブック」が観たかったのだが、時間が合わず、9時台に始まり11時台に終わる「スパイダーマン スパイダーバース」を選ぶ。アカデミー賞のアニメ部門を受賞した作品。3Dアニメーション作品なのだが、クオリティーが高く、一時期のような違和感を感じない。マーベル映画なので、アニメなのだがワンシーンだけスタン・リーが登場する。まだこの作品製作時には存命だったんだなと思う。多次元世界もので、人種も性別もバラバラなスパイダーパーソン(?)たちが活躍する(ブタも混じっているのでパーソンとも言えないのだが)。アカデミー賞受賞作品だから、最後まで飽きずに楽しめた。ただ、平日の午前の回とあって観客は少なく、ギャグのシーンでも笑い声も聞こえないというのはちょっと寂しかった。

 

 

 

 さあ、お待ちかねの昼が来た。出町柳で自転車を借り、出町桝形商店街へ。前回来た時には開いてなかった古本屋「エルカミノ」がやっていたので入る。図録や美術書など大判の本が多い印象。店頭に100円で「エルマガジン」のバックナンバーが並んでいて、その先頭にあったのが恵文社一条店前で山本善行さんが後に作家となる松田青子さんと共に表紙を飾っている本屋特集号。挨拶がわりにこれを買う。

 

 

 その隣ある出町座に入る。前回はただ映画館という認識だったために素通りしたのが、後で中にブックカフェがあることを知り、今回は入る。カフェの壁をぐるっと古本と新刊の棚が覆っている。先を急ぐので棚を観ただけで出てきたが、次はカフェでコーヒーを飲むことにしよう。

 

 

 この後は最近の定番コース。丸太町通からちょっと入った誠光社へ。

 

-辻井タカヒロ「京都ケチケチ買い物案内」(誠光社)

 

 

 この店が出版元となっている本。家族からケチ呼ばわりされる作者が京都の古本屋やレコード屋などを巡るマンガ。

 

 

 次は二条通の蔦屋書店。花粉症対策の薬服用のためすぐに用を足したくなる。ここのトイレを借りたのでお礼がわりに本ではなくコーヒーを買う。五木寛之の新書を探している年配の男性が、店員に「ここの棚は作家ごとに並んでいないからどこに目当の本があるのかわからない」と言っていた。僕のような人間は作家順ではなく、書店員の個性が現れる内容別の分類や文脈棚を面白く思うが、そうではない人たちにとっては作家別の棚の方が本を見つけやすいいい棚なのだということに今更ながらに気づかされた。

 

 

 そこから白川通のスーパー「フレスコ」近くにある「ホホホ座」へ。

 

-坂口安吾安吾人生案内」(三田産業)

 

安吾人生案内

 

 最近、安吾の本を積極的に出している神戸の出版社。以前にここが出した「安吾巷談」も持っている。

 

 

 

 時刻は2時を過ぎた。まだ昼食を食べていない。次の目的地は善行堂。ここではゆっくりと腰を落ち着けたい。そのためにもしっかりと栄養補給をしておきたい。善行堂の前を通り過ぎ、あれこれ店を物色していたら店前の黒板に「本日のごはんプレート サーロインステーキ」とあるのを発見。それに惹かれて入ってみるとそこは猫カフェだった。猫は嫌いじゃないし、腹は減っているし、今更出るのもかっこ悪いし、でテーブルにつく。そのテーブルの上を悠然と猫が歩いている。客の大半は常連で、店内の猫を名前で呼び愛でている。僕以外は全て女性客。店主も店員も女性。出てきたステーキをサクッと平らげ、店を出る。肉は美味しかった。

 

 

 前回も寄ったスタンドコーヒーの店でブレンドコーヒーを二つテイクアウトし、善行堂へ。ツイッターで善行さんが店にいることは分かっていた。コーヒーを飲みながら、善行さんが最近始めたツイッターの話をする。このブログとは違う名称でツイッターをやっているため、自分のツイッターをフォローした人物が僕だと最初はわからなかったが、あれこれ調べてみるうちに気づいたと言われる。善行さんは店には並べきれていないバックヤードにある本をツイッターで紹介することを始めている。新しい道具を手に入れた高揚感のようなものを感じた。棚をじっくり見てあれこれ購入。

 

-小林信彦「小説世界のロビンソン」(新潮文庫

-山口昌男「回想の人類学」(晶文社

-塚本邦雄「星月夜の書」(湯川書房

-富士川英郎「讀書游心」(小澤書店)

 

 

 

 

 「小説世界のロビンソン」は小説家の書いた文学エッセイの中でも好きなものの一つであり、小林信彦作品の中でも最も好きなものの一つ。後に別の題名で別の出版社から再編集されて出されたが、短縮版だったため、このオリジナル版の方を愛読している。絶版なので何冊持っていてもいい。誰かにあげることもできるから。

 最後の2冊は内容以上に本としての佇まいに惹かれて購入。特に小澤書店の本に対する思い入れの強さにいつも感心する。そして小澤書店の本には精興社の文字がよく似合う。

 

 

 

 善行さんが、ジャズのレコードから大瀧詠一「ロング・バケーション」のレコードに変える。店の中が一挙にポップになる。これはやはりいいアルバムだと2人で話す。

 

 1時間半ほどを過ごして善行堂を後にする。自転車を返し、昨日休みであった「ワークショップレコード」に寄る。しかし、何故か今日はこちらの思いとあちらの棚がかみ合わず何も買わずに店を出る。こんな日もある。

 

 

 

 京都駅に戻り、荷物を取り出し、夕食用に「鹿児島味噌カツと生姜焼き弁当」を購入。京都駅でなぜ「鹿児島」なのかとも思うが、食べたい弁当がこれだから仕方がない。

 

 

 帰りの新幹線で、弁当と読書。「ノースライト」の続きを読む。この作品ではブルーノ・タウトが重要な役割を担っている。巻末の参考文献もタウトに関わるものばかりである。僕がタウトの名前を知ったのは高校時代に坂口安吾の「日本文化私観」を読んだ時。タウトの書いた「日本文化私観」を読んだ安吾は、桂離宮法隆寺に美を感んじるタウトに反発を感じ、「必要としての美」を持った工場や刑務所の美をより上位のものと位置付けた。

 

 タウトに魅せられた登場人物たちの家族回復の物語である「ノースライト」と坂口安吾の本(「安吾人生案内」)がカバンの中で一緒に仲良く収まっている偶然を楽しむ。

 

 

 帰宅して、風呂に入る。BGMは善行堂で「ロング・バケーション」を聴いたのでこれにする。

 

-大瀧詠一NIAGARA CONCERT '83」(niagara records)

 

NIAGARA CONCERT '83(初回生産限定盤)(DVD付)(特典なし)

 

 

 呉越同舟もいいが、旅を思い出しながらの湯舟もまた格別である。