東京のアン嬢さん。

 やっと秋めいてきたようで、朝の気温も低くなってきた。職場で朝飲むコーヒーも水出しのペットボトルのものから、ペーパーフィルターで淹れるチコリ入りコーヒーに変わった。この夏、ニューオリンズに行った知人が土産にくれたもの。現地のカフェの名物で有名なものらしい。チコリとは植物の根を原料とするものとのこと。飲んでみるとクセもなく飲みやすい。朝の定番になりそう。


 ニューオリンズと言えば、アン・サリー「ブラン・ニューオリンズ」。彼女がニューオリンズに留学中に現地のミュージシャンと共演したアルバム。全アルバムの中でも好きな一枚だ。今日の夜は久しぶりに彼女のライブに行くことになっている。


 それを楽しみに今日の仕事をこなす。午前、午後と職場でイベントがあり、受付を担当する。元気に挨拶、笑顔で接客。こんなおっさんの笑顔が何かのプラスポイントになっているとは思えないのだが。



 午後5時には仕事が終わる。日比谷線六本木駅へ向かう。車中はこれを読む。

  • 北村薫「中野のお父さん」(文春文庫)


中野のお父さん (文春文庫)


 出版社に勤める二十代後半の女性が、困ったことがあると中野の実家にいる高校の国語教師である父親に相談することで問題を解決して行くという連作短編集。作者お得意の日常の謎ミステリー。高校の国語教師であった作者にとってこのお父さんは感情移入できるキャラクターなのではないかと思う。



 六本木駅で下車し、地下から東京ミッドタウンに入る。昔知人との待ち合わせにきたことがあるが、それ以来なので勝手が分からない。それにしてもハレしかない場所だな。ここを職場としている人たちは疲れないのかなとケの世界から来た人間はそう思う。



 18時半の開場よりも結構早く着いたので、TSUTAYA書店で本を物色。小さなスペースしかない店なので、それほど時間は潰れない。講談社文芸文庫の新刊、「昭和期デカダン短編集」を探したが、文芸文庫は置いてないようだ。



昭和期デカダン短篇集 (講談社文芸文庫)


 エレベーターで4階へ。東京ビルボードライブの入口がここにある。カウンターで予約の確認をして、中に入る。ここに来るのは初めて。ステージを見下ろす、duoシートというボックス席が今日の居場所。19時半の開演前に待ち合わせ相手の岡崎武志さんが登場。岡崎さんと聴くアン・サリーライブは、渋谷、恵比寿、柿の木坂、横浜赤レンガと来てこれが確か5度目となる。息を引き取る時は、アン・サリー嬢の歌声を聴きながらを合言葉とする同志である。


 今日のライブは、昨年出たアルバム「Bon temps」の曲を中心としたもの。1曲目がアルバムの1曲目である「雲のむこう」であることがそれを物語っている。その歌い出しの一声を聴いただけで、「ああ、アン・サリーがそこにいる」と実感する。彼女の声はまさに唯一無二、そう思わせるものがある。その歌の存在感とMCのたゆんとしたほのぼの感のギャップもまたいい。2曲目「あたらしい朝」を挟んで、「Bon temps」の曲が続いて行く。「All Together」「形なき姿」「トラジ」「Why Me So?」。バンドメンバーのパフォーマンスを盛り込んだ「Walking one & only」でブレイクを入れて、「満月の夕」「銀河鉄道999」と「Bon temps」に帰る。「銀河鉄道999」で舞台後ろのカーテンが開き、六本木の夜景が広がる。自分も見たいのか、歌の途中でアン嬢が後ろを振り向くのがご愛嬌。
 この後のラスト2曲「胸の振子」「蘇州夜曲」が素晴らしい。昼夜の2セット制ということもあるのだろう、あっという間の1時間半で終演を迎える。「Bon temps」のメイン曲だと勝手に思っている小沢健二「僕らが旅に出る理由」が出てこないので、アンコール曲になっているのではという予想は当たった。再びカーテンが開いて夜景をバックに「東京タワーから続いてく道」と歌は流れる。やはり、この曲が「Bon temps」の基幹曲であるという自分の思いが間違ってなかったことを確信する。そして最後は「こころ」。秋という季節と宴の終わりの両方を兼ね備えた歌詞の曲を持ってきたのだなあと納得する。この4曲の繋がりと歌の素晴らしさに陶然とする。ライブで何度か聴いている曲がほとんどなのだが、それでも感銘は変わらない。ああ、これが生で歌を聴くということなのだと思わせてくれる時間だった。


 また、機会を見つけて彼女の歌を聴きに行くだろう。






 ライブ終了後、六本木の星乃珈琲店で1時間ほど岡崎さんと話す。ほとんど僕が職場の愚痴を聞かせるようなことに。岡崎さんに聞きたいことはいくらでもあるはずなのに何を話していたのかと帰りの電車で反省する。