古書の森へ。


 昨日の休日出張屋内仕事を終えて、今日は休み。そして次の屋内仕事は14日の午後。となれば明日の午前中までは自由である。そこで7:29発ののぞみ9号に乗って京都へ向かう。


 朝食がわりに、新横浜駅で買った崎陽軒の“横濱チャーハン弁当”を食べる。先日亡くなった桂歌丸師匠のお気に入りだったということをそのニュースの中で知った。久しぶりに食べたがチャーハンが美味しい。冷めていてもなんの問題もない。おかずのシウマイを邪魔に感じるくらいチャーハンに夢中の自分に気づく。


 お盆時期なので窓際の席は取れなかった。そこで二人掛けの通路側をとったのだが、隣がラップトップパソコンで何やら作業中の人であった。窓際には電源があるため作業がしやすいのだろう。自分がやっている時は気にならないが隣で他人がキーボードを叩く音がどうしても耳についてしまう。身勝手なものである。そこでイヤフォンをつけて音楽を聞きながら本を読むことにする。音楽は山下達郎がコンサートの開始前に会場でかけていた自身で編集したドゥーワップのコンピレーション音源をCD化した「Doo Wop Nuggets vol.1」。本は、今年新潮文庫で復刊された高田宏「言葉の海へ」。日本で初めての近代国語辞典「言海」を編纂した大槻文彦の伝記。


言葉の海へ (新潮文庫)
デザリー~ドゥー・ワップ・ナゲッツ VOL.1
 



 昼前に京都着。地下鉄で四条に行き、ネット予約をしておいた三井ガーデンホテル京都四条に大きな荷物を預ける。もう10年間以上前になるが仕事で一度泊まったことがあるホテル。今回偶然ここに空室を見つけることができたのだ。



 身軽になって地下鉄と京阪電車を乗り継いで出町柳に。猛暑・酷暑と呼ばれた今年の夏に恥じない陽射しが照りつけてくる。しかし、それが苦にならない場所が視線の先にある。下鴨神社糺の森。そこで行われている下鴨古本祭の会場へとずんずん歩く。この時期に京都に来れるなんて何年振りだろうか。森を流れる小川を渡り、古書で溢れるテントの群れの中へ身を投じる。古書店主には申し訳ないが、何かを買うということよりもこの空間に身を置き、他のことを考えずひたすら棚の本を眺めているこの時間が楽しいのだ。それでもここまで来て何も買わないのもつまらない。2時間近くかけてすべてのテントを見てこの2冊を購入。

方法論論争 (日本近代文学研叢)
オヨヨ大統領の悪夢 (角川文庫 緑 382-12)



 僕が大学の国文科の学生だった時に近代文学研究の世界で話題となっていたことの一つが三好行雄谷沢永一およびその周辺で間で行われていた“方法論論争”であった。その経緯が知りたくて当時大学の図書館で『国文学 解釈と鑑賞』や『國文學 解釈と教材の研究』などのバックナンバーを漁って関連記事を読んだりした。「方法論論争」には谷沢永一の書いた関連文章が集められている。あとがきの代わりに“編集者と著者との雑談”が収録されており、これが歯に衣着せぬ舌鋒で論争相手をメッタ斬りにしている。内容が正しいかどうかはともかく、読み物として面白い。ただ、編集者の当意即妙な受け答えがうますぎて、著者谷沢永一による架空対談なのではないかと思われる。


 「オヨヨ大統領の悪夢」は小林信彦オヨヨシリーズの中でも一番繰り返し読んだ愛読書。絶版になって久しいのですでに5冊以上持っているが見かけるたびに買ってしまう。ちくま文庫でオヨヨシリーズが復刊された時にこの番外編的な短編集は除外されてしまっていた。現在、フリースタイル社がオヨヨシリーズの復刊を進めているが、ぜひこの「オヨヨ大統領の悪夢」も入れてくれないだろうか。ただ、今年春に出る予定だった「大統領の密使/大統領の晩餐」が遅れに遅れて8月31日刊行予定に伸びてしまっていることを考えると望み薄かもしれない(一説によると表紙の江口寿史画が遅れているためだとか。若い頃にもこの漫画家の休筆で残念な思いをしたのだが、この歳になってまだ同じ思いをさせられるとは思わなかった)。


 本の他にも口笛文庫のブースでジャズのCDが並んでいたので、1枚購入。

  • 「MULLIGAN MEETS MONK」(RIVERSIDE)


マリガン・ミーツ・モンク



 容赦なく降り注ぐ太陽光線にモーローとして来たのでここらで退散する。会場近くの生研会館1階のグリルで昼食。ミックスグリルのライスなし(100円ほど安くなる)を頼む。出された水を一気に飲み干してしまい、「すぐ、お代わり持ってきます」と店の人に言われる。



 出町柳に戻る。いつもならここからレンタサイクルで善行堂に向かうのだが、この暑さで自転車は無理と判断し、バスに乗って銀閣寺前へ。バス停のすぐ近くに善行堂がある。
 

 山本善行さんに挨拶をし、棚を見る。まず、念願の『ぽかん』7号を手に入れる。そして、「庄野潤三の本 山の上の家」(夏葉社)も購入。都内の大型書店に行けば手に入るのだが、この本の良さを楽しげに語る善行さんを見ていたらここで買うのがいい本だと思い直した。庄野潤三が住んだ山の上の家の写真が40ページほどあり、その後に佐伯一麦のエッセイを置き、次いで庄野潤三の随筆が五編収められ、親族の回想、庄野潤三に関する文章(上坪裕介・岡崎武志)、単行本未収録作品、庄野潤三全著作案内と続いていく。緑多きカバー写真が清々しい。


 その他にキャメロン・クロウ/宮本高晴訳「ワイルダーならどうする? ビリー・ワイルダーキャメロン・クロウの対話」(キネマ旬報社)などを手に入れる。先ほど、下鴨で買ったマリガンとモンクのCDをかけてもらいながら自分の仕事のことなどを含め2時間近くあれこれをオシャベリする。これが善行堂でのデフォルトになっている。商売のジャマにならないようにと思ってはいるのだが、この時間が楽しくて京都に来ているものだからどうしてもこうなります。



ワイルダーならどうする?―ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話




 今回の目的は下鴨、『ぽかん』、善行堂なので、欲張らず店じまい。ホホホ座、誠光社、三月書房(こちらは盆休み中)などはまた次の機会に。



 ホテルにチェックインして、シャワーを浴び、シャツを着替えて夕食を食べに出る。今回の京都は自分の好きな定番を満喫することを目標としているので、いつもの店、いつもの場所を楽しみたい。新京極の“スタンド”でスタンド定食を食べる。酒を飲む習慣がないので、食事が済んだらそそくさと店を出る。少し暗くなり始めた京都の街を散策する。これもいつものように三条の橋を渡って三条京阪の上にあるブックオフへ。ここで小林信彦の「虚栄の市」「監禁」「冬の神話」などを見つけたのが懐かしい。そんな奇跡はもう起こるわけもなく、仕事関係の新書を数冊見つけて大人しく退散。


 鴨川周辺にも闇が降りて来ていた。店先に灯りがともり、人で賑わう木屋町先斗町を流して歩く。半分はこの雰囲気が味わいたくて毎年京都に来てしまう。これもいつも通りにシャッターの降りた静かな錦市場のアーケードを通ってホテルに戻る。ホテル前のコンビニで飲み物などを買っていて気づくと僕以外の客はすべて外国人であった。自分がどこにいるのか一瞬分からなくなった。