ケズラレたちの夜。

 昨日は休日出勤で仕事であったが、昼までになんとか終わらせ、新横浜駅に急ぐ。

 14時05分発ののぞみのチケットはインターネット予約ですでに入手済み、というかこの日のこの時間のものしか取ることができなかった。京都までは2時間かかるため京都駅着は16時05分予定。京都四条の富小路にある徳正寺で行われる“岡崎武志と60年 トーク&ライブ”の開演は16時丁度であるため、乗車前に間に合わないことが確定している。それでも、少しでも遅れを少なくして徳正寺にたどり着きたいと思いつつ新幹線を待つ。駅のアナウンスはすでに駅到着前に自由席は満席となっていることを告げている。駅のホームも人で溢れかえっている。こんなことでもなければGWの外国人と日本人が入り乱れる混沌の古都京都に行くことなんてまずないだろうな。

 乗り込んですぐに駅で買った崎陽軒シウマイ弁当で遅めの昼食を済ませ、隣に座っている女性の二人連れの「親には話していないが結婚しようしている彼氏がいて、最近職場が異動になって上司からの心が削られるようなプレッシャーから解放されたのは良いが、後輩の子が今度はその犠牲になっているのが気になる」という淀みない会話をBGMにしながら、大森望豊崎由美村上春樹騎士団長殺し』メッタ斬り!」(河出書房新社)を読む。あれこれと作品にツッコミを入れるのを楽しむ本だ。作中に出てくる騎士団長の口調である「あらない」の面白さやキャラクター設定のうまさを褒めているのは同感。それとある場面だけ「あらない」を使わず普通に「ない」を使っている点を指摘していてやはり同じところが気になっていたので何か考えが書かれているかと思ったが、残念ながら指摘で終わっていた。


村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!



 定時に京都駅着。タイムロスを少なくしようといつもの地下鉄ではなくタクシーで直接徳正寺に乗り付けようとしたが、タクシー乗り場の長蛇の列を見て考えを改め、やはり地下鉄で行く。地下のホームも人人人。GW京都をなめるなよ、と言われているかのよう。いつもの四条より五条で下車した方が早いとスマホの検索で知り、五条駅から歩く。碁盤の目の京都の街並みは見分けが付きにくく、十字路に来るたびにこれが富小路通りかどうかを確認しながら進む。なんとか30分遅れで徳正寺に到着できた。受付で資料を渡される。「わたしの好きなもの」60個を聞くという企画で、7名(世田谷ピンポンズ・扉野良人・萩原魚雷・南陀楼綾繁岡崎武志山本善行林哲夫)が答えている。壇上には南陀楼さんを除く6名が並んで、その答えについてトークを繰り広げていた。しかし、話はだんだんそこからメンバーの数名が母親から“削られていた”(精神的な圧迫を受けていた)ことに移行し、“削られる”が流行言葉のように会場を行き交っていた。後半は、世田谷ピンポンズのライブで幕を開けた。「紅い花」などのオリジナル曲に続いて岡崎さんの詩集「風来坊ふたたび」の中の詩に曲をつけたものを2曲歌う。その中でも最初に歌った「美しい街」にグッときた。詩(歌詞)と曲調が合致した見事な作品になっていた。世田谷ピンポンズの歌も初めて聴いたのだが、その歌も引っ込み思案と自己顕示欲が押し相撲をやっているような谷啓的キャラクターも味わいがあって好きだな。ライブの後には、プレゼント抽選会。受付でくじで引いた整理番号を呼ばれ、該当する客がトークメンバーが用意したプレゼントから好きなものを選べるというもの。僕は25番だったのだが、一番最初に呼ばれてびっくり。山本善行さんが用意したプレゼントの中から武藤良子さんが善行堂に個展のチラシを送った厚紙の封筒にクレパスで書いた手書き文字の入ったものを選ぶ。善行さん曰く「武藤さんの書き文字が大好きで、この文字は現代の佐野繁次郎だ」。佐野繁次郎の文字も武藤さんの文字も好きな僕にとっては我が意を得たり。

 イベント終了後、会場で世田谷ピンポンズのCD「紅い花」を購入。


紅い花




 参加する予定の二次会まで1時間ほどあるので、予約を入れているホテルにチェックインして荷物を置いて来ることにする。交通の便のいい四条周辺で探し、ネットで予約したホテルマイステイズまで歩く。四条烏丸の交差点から結構歩いた。それなりの値段なので部屋は綺麗でいいのだが、宿泊客がいたるところにいて、2台あるエレベーターがなかなか来ないのはちょっとイライラする。荷物を置き、身軽になって二次会会場である麩屋町にあるカフェずずなりに向かう。人通りの多い大通りを避け、細い万寿寺通を通っていく。ちょっと路地に入ると観光客の姿はなくなり、住民の歩く姿がちらほら見えるだけ。落ち着いた町家の姿を眺めながら歩く。その町家を使ったり、町家風に設えたりした店も目につくが、どれも街並みに馴染むようにと考えられているので嫌な感じがしない。こんな風な路地ならずうっと歩いていてもいいと思えるので20分以上歩いたが全く苦にならなかった。


 カフェすずなりでの二次会でもいつの間にやら話題は母親に“削られた”話に。僕自身は母親から精神的な圧迫をかけられたという記憶は一切なく、ありがたく思っているのだが、削られた経験者の方々の話を聞いているとそれが現在の活動に何らかの(プラスもマイナスも含めて)影響を与えているようで興味深い。以前に「人にすぐ自分の内面を悟られてしまう人」を描いた「サトラレ」という漫画やドラマがあったが、さしずめ今夜の話題の人たちは「ケズラレ」(母親から精神的な圧迫を受けて心を削られてしまう人)だなと思いながら話を聞いていた。当人にとってはきつい話であると思うのだが、岡崎さんや山本さんたちの軽妙なツッコミやリアクションと店の美味しい料理のおかげで何だが笑える話となり、楽しい夜を過ごした。