そのカツカレーの消え方。


 白川通今出川通へ左折し、善行堂の前に至る。入口の均一棚の前にも数人、店内にも数人の人の姿が見え、山本善行さんがお客さんと話をしている姿も路上から見えた。今日訪ねる予定の本屋はここが最後と思っているので時間は充分ある。それに昼をとうに過ぎているのにまだ昼食をとっていないこともあって、ここは一旦善行堂を通り過ぎ、食事を済ませてからまた来ることにする。


 そのまま今出川通京都大学方面へ進んで行く。いくつかの店の前を過ぎるが、混んでいたり、糖質制限中の身にはあまり食指の動かない料理であったりと、なかなか店に入ることができない。気がつけば京都大学の前まで来てしまっている。ここまで来るとそこには進々堂がある。やはり、京都に来るとここに寄る運命なのかなと思い、店内へ。


 この店での食事となるとやはりカレーということになる。いつ来て頼んでも品切れだった“カツカレーセット”はついにメニューから消され、黒く塗りつぶされていた。結局一度も食べることができなかったな。頼んだのはカレーパンセット。パンをスープのような液状のカレールーにつけて食べる。食後のコーヒーを飲みながら「その姿の消し方」の続きを読む。


 腹を満たしたところで、改めて善行堂に向かう。店内に入ってきた僕を見た山本さんは少し驚いた表情で迎えてくれた。そこからはいつものように山本さんと話をしながら、棚を覗き、本を選んでまた話をするという流れになる。気がつけば2時間近くそんな風に時間を過ごした。商売のお邪魔をしていなければいいのだがといつも心配になる。もちろん、こちらも客として来ているので欲しい本を買って帰りたいのだ。仕事の資料用の文庫本2冊の他に次のようなものを買った。


中戸川吉二作品集


 「中戸川吉二作品集」はみちくさ市などでよくお話をさせていただく盛厚三さんの編著。埋もれた作家となってしまっている中戸川の作品を現代によみがえらせようという編者の気持ちが感じられる本。個人的には第二部に入っている随筆が里見弓享、志賀直哉泉鏡花夏目漱石永井荷風久米正雄牧野信一などの文人に触れたものであるのが興味深かった。

 最後の2つは山本さんオススメのミニコミ誌。『窮理』には発掘された寺田寅彦の日記が、『些末事研究』には荻原魚雷さんの参加した鼎談が収録されている。


 店内から外の景色に目をやると、今出川通を挟んだ向こう側に桜の木が見える。満開のその桜を熱心に写真におさめる人々の姿があった。沢山の本と桜が見られて満足満足。

 
 話の合間に山本さんがJAZZのCDをかける。最初にかかったのがこれ。


サンデイ・モーニン


 もちろん、日曜日ということを意識した選択だと思う。持っているCDなのだが、他所で聴くと家で聴くより数段良く思えるのが不思議だ。


 続いてはこれ。


ソニー・クラーク・トリオ(紙ジャケット仕様)


 こちらは愛聴盤だからどこで聴いてもやはりいい。



 JAZZを聴いていたら、本だけではなく、レコードも買って帰りたくなった。そこで山本さんオススメのレコード屋を尋ねてみると「“ワークショップレコード”がいいよ」と教えてくれた。



 善行堂に別れを告げ、出町柳で自転車を返し、電車で京都市役所前に戻る。ここから木屋町通を歩き、左に路地を入った雑居ビルの3階にワークショップレコードがあった。店内にはびっしりとレコードが詰まっている。モダンジャズと表示のある棚をサッと覗くと、すぐさま欲しかったレコードが3枚見つかってしまう。神保町や馬車道のDISCUNIONでは出会えなかったのにここではこんなに簡単に見つかるなんて。たちまちこの店が好きになる。

ザ・サウンド
ヴァーモントの月
タル



 店を出て、本の入ったデイバッグを背負い、手にはレコード3枚の入った包みを持ち、木屋町通を四条方面に向かって歩く。高瀬川沿いの桜並木も満開の枝を川面に垂らしている。好きなものを肩に、手に、目に感じながら歩いていると、ああ幸せだなとふと思う。生きていれば当然あれこれあるが、少なくともこの瞬間に自分は幸せを感じることができる。それがうれしい。京都に来ると必ずこういう一瞬が訪れる。だから、何度もこの町を訪れるのだろうなと思う。


 木屋町通から右折し、新京極通寺町通を串刺しにして、錦小路通に入る。言うまでもなくここも人で埋まっている。錦市場の賑わいを満足するまで味わったら左折して四条通に出て、地下鉄で京都駅へ。ここまで何度か折りたたみの傘を開いたり閉じたりしたがなんとか雨から逃げ切ることができたなと思う。


 駅地下の店で京漬け物を買い、夕食に特製カツサンドを選んで帰りの新幹線に乗り込む。カツサンドを食べながら「その姿の消し方」を読み継ぐ。進々堂で消えたカツカレーのカツをカツサンドのカツとして無意識に取り戻そうとしている自分の姿が夜の新幹線の窓に映っていた。