お茶漬けは飲み物です。

 京都2日目。朝、ホテル近くのマエダ珈琲本店でモーニングを食べる。


 僕の記憶が確かならこの店は以前はこの近くのビルの地下にあったはずなのだが、通りから少し引っ込んだところの立派な路面店になっていた。なぜかブレンド珈琲に“龍之介”という名前が付いていて口に出すのが気恥ずかしいのでメニューを指して注文する。



 9時過ぎにチェックアウトし、地下鉄で京都駅へ。コインロッカーに大きなバッグを預けてからJR嵯峨野線に乗り、嵯峨嵐山駅へ。トロッコ駅がある方の出口に出て正面のロータリーからまっすぐ桂川方面に歩いて行くと3分ほどでロンドンブックスがある。


 白い建物に青いひさしが目に鮮やかである。店内に入るとまだ新しい木の本棚の匂いがする。店内も広々としていて居心地がいい。文学、映画、芸術、演芸、思想、美術から写真集、絵本までバランスよく配置されている。雑誌も広いテーブルの上に平積みされていてあれこれひっくり返して探す楽しみを残してくれている。神戸の口笛文庫に近いものを感じる。いい店だ。


 思わず棚を何周かしてしまう。平成6年に出た新潮文庫の復刊シリーズのマーク・トウェイン「トム・ソーヤの探偵・探検」など数冊購入。





 京都駅へ戻り、駅近くのレンタサイクル屋で自転車を借りて市内本屋巡りに出発する。数年前に京都を訪れたとき善行堂で山本さんから自転車を借りて恵文社一乗寺店ガケ書房を訪れたときにそのアクセスのよさに感激し、今度来た時は自転車で回ろうと考えていたのだ。


 自転車で快調に京都の町を走る。ただ誤算は34度の気温と別のアクセスポイントでは乗り捨てできずにまた京都駅まで自転車で戻ってこなければならないところ。まあ、帰りの新幹線は18時16分発にしたので時間は充分にある。焦らず行こうとペダルをこぐ。陽射しは暑いが風は心地よい。五条、四条、三条と通りを串刺しに上り、御池通に到達する。この通りを京都市役所まで走って寺町通に左折し、ちょっと走ればそこは三月書房だ。



 この店はいつ来てもワクワクする。タオルで汗を拭きながらあまり見かけない文庫本や単行本が新刊として並んでいるのを見るとつい目が細くなってしまう。そしてこの店ではいつも目がいくのが編集工房ノアの本。この出版社の本が似合う書店は東では今はなき書肆アクセス、そして西ではこの三月書房だと思っている。その思いもあって山田稔「コーマルタン界隈」(編集工房ノア)を買う。河出書房新社版ですでに持っているのだが、やはり山田さんの本は編集工房ノアがよく似合うからこの姿で持っていたい。レジへ持って行くと期待通り『海鳴り』24号が付いてきた。まだ持っていなかった編集工房ノアのこのPR誌には前号にはなかった山田稔さんの文章が載っているのだ。帰りの新幹線で読もうと鞄にしまう。



 再び自転車にまたがり、橋を渡って川端通出町柳方面へ走る。「所により雨」という予報もあったがその気配はまだなく、強い陽射しが照りつけてくる。体中から汗が噴き出す。出町柳で右折し、今出川通に入ったころにはさすがに少し暑さで頭がぼんやりしてきた。これはまずい。目指す善行堂はもうすぐそこだが、山本さんにはいいコンディションで会いたいと京大前の進々堂に入り、昼食と水分をとることにした。


 自分の決めごととして京都に来たらこの店によってから帰るというものがあり、今回もそれを果たすことができた。カツカレーセットを注文するが、「今日はカツはご用意できません」とのことなので普通のカレーセットに変更。出て来た水を一気に飲み干し、セットメニューのアイスティーもグイッといって水分補給を行う。ホンジャマカの石塚ではないからカレーは飲めないので食べて栄養補給もすませる。さあ、いざ善行堂へ。


 町家のような引き戸を開けるとそこには山本さんの姿が。久闊を叙してから昨日の三条のブックオフでの出来事を報告する。思っていた通り、山本さんは出来事の意味を僕以上に重く意味あることとして受け止めてくれる。余所者が山本さんの地元の猟場を荒らしてしまったようでなんだか申し訳なく、話すのも躊躇するところがあったのだが、何も言わず黙って帰る方がなんだか失礼な気がしたので正直に報告させてもらった。


 それから2時間ばかり、店にお邪魔をしていろいろとお話をする。京都駅から自転車で来たと言うと「出町柳の駅前で自転車借りて来る人はいるが、京都駅から自転車で来る人は珍しい」と驚かれる。確かにちょっとダメージを体に感じ始めていたので今日はこれ以上足を伸ばすのはやめてゆっくり山本さんと話をさせてもらうことにした。「定本 古本泣き笑い日記」のことや、9月30日に西荻ブックマークでトークをされることなどあれこれ話をしているうちにあっという間に時間が過ぎる。


 阿部昭編「葛西善蔵随想集」(福武文庫)、森銑三「伝記文学 初雁」(講談社学術文庫)、矢部登「田端抄 其弐」、善行堂絵はがき2枚、善行堂注目のピアニスト・安次嶺悟参加のCD「MUTSUKO KAWAMOTO LIVE AT MISTER KELLY'S」を購入。



 楽しいひと時を過ごし、善行堂を出て京都駅へと帰る。帰りは鴨川沿いを木陰を求めながら走る。陽も西に傾き陽射しは一層強くなっている。こういう時の日陰は甘露というしかない。余裕をもって京都駅着。自転車を返却して駅構内へ。また失われた水分と塩分を補給しなければならない。これも京都来訪時の定番である地下の土産物売り場にある西利の軽食コーナーでお茶漬けセットをと思い行ってみると店のレイアウトが変更されており、メニューも変わっていた。お茶漬けセットはなくなり、漬け物3品を選ぶごはんセットに。以前は漬け物以外のごはんとお茶は食べ放題の飲み放題だったのだが、ごはんは茶碗一膳だけお茶も急須にある分だけしか楽しめない。漬け物は一種類105円で追加できるとのことだが、茶漬けにするメシと茶がなければ宝の持ち腐れである。そうは言っても体は水分と塩分を求めているのでナス、大根、キュウリの三種類の漬け物を選び、たっぷりのほうじ茶をついでワシワシと茶漬けをかっこむ。これこれ、これが京都の楽しみなのだと満足する。


 それから自分用に水ナスの漬け物を数種類買い、人への土産は八つ橋ラスクにする。加えて夕食用に神戸屋の黒毛和牛カツ弁当を買って新幹線へ。さっき茶漬けを食ったではないかと自分で自分に問うてみるが、自分の答えは「お茶漬けは飲み物だから食事には入らない」だった。


 車内では『海鳴り』から山田稔「手招き」をまず読んだ。山田さんと多田道太郎との微妙な距離と気持ちの掛け違い。ちょっと尻切れとんぼのような文の終わり方がなにか悲しさのようなものをより印象づけているようだ。


 その後は開高健谷沢永一向井敏「書斎のポ・ト・フ」(ちくま文庫)を読む。この3人は関西出身者。これも西への旅で読むに丁度いいだろうと思って持ってきたのだ。しかし、久しぶりに長い時間自転車をこいだためか、東へ向かう列車のためかしらないが2章の途中まで読んでいつの間にか寝てしまった。