東横線で古本を。

今日は5時起きで、出張。一日野外で過ごす。5月とはいえ、風が冷たい。持ってきた衣類を何枚も重ね着する。
夕方仕事が終わる。横浜駅から東横線に乗ろうとして、パスネットを差し込み、残金の表示を見て間違いに気付く。先日買った方ではなく、残金小額のため除けておいた方を入れてしまったらしい。この金額では地元の駅まで行けないし、乗り越し金の清算をするのも面倒くさい。ならいっそと途中駅の白楽で下車する。この街には以前6年ほど住んでいて馴染みがあり、駅の近くに鉄塔書院というたまに覗きに行く古本屋もあるのだ。商店街を歩いているうちに、以前によく行っていた他の古本屋を再訪してみようという気になる。
まず、大通りからちょっと脇道に入った道路沿いの店。店の前には日に焼けてモノクロと化した文庫本が均一台の中で、傍らを走り過ぎていく車の排気ガスを含んだ風に吹かれている。店内も黒く煤けた本で埋め尽くされている。この街に住んでいた20代の頃には黒っぽい本に対する嗜好がほどんどなかったため、この店であまり買った記憶がない。少しは黒好みがでてきた今の目で見れば買いたい本が沢山あるのではないかと期待して店内を眺める。確かに、昔より棚に並んでいる文学関係の本には興味を感じるが、その手に付く汚れを厭わず欲しいというほどの本は見つけられなかった。本の煤けた感じは、時間がつけたものではあるのだが、店の手入れがなされていないことにもその原因があるように思える。残念ながら、この店には商品としての本に対する愛情とでもいうものが感じられなかった。帳場から聞こえる親子の言い争いにもちょっといたたまれなくなったので、何も買わずに退散。未だに続いているところをみると、目録か展示即売会がメインの店なのだろう。
その店から住宅街に入って少し行くと相原書店がある。昔ここにあった店は、ごく普通の新古書店だったのだが、今ある相原書店は、大学(神大)近くの古本屋といえるなかなかの品揃えだ。文学、美術、音楽に絶版文庫まで一通り揃っている。たぶん、以前の経営者とは変わっているのだろう。この店が以前からあってくれたらよかったのに。

  • 尾崎一雄「随想集 冬眠居閑談」(新潮社)

挨拶代わりに上記1冊を購入する。
夕食の時間なので、この近くあった“やまと食堂”を探すが、その場所にはコンビニが建っていた。残念。単品メニューが充実した大衆食堂だったのに。あのポテトサラダや焼きなすをもう一度食べたかったのになあ。
もう一度大通りに出て、高石書店へ。野村宏平ミス古書」によれば、改装のため仮店舗で営業しているが今年もとの場所へ戻る予定とある。以前の場所に行ってみると新しく建ったビルの1階に高石書店は健在であった。昔は、古い店舗の中に、ゴチャゴチャ色々な本が犇めいている店という印象であったが、現在は明るく広い店内に整然と本が並んでいる。落語・芸能関係や文学関係も充実している。こんな本が目に入った。

背景にアルファベットを配した田村義也氏の装幀が素晴らしい。その本としての存在感、質感にも魅了されて購入する。いやあ、高石書店はなかなかいいですね。
商店街を駅へと戻りながら、いつも寄る鉄塔書院に入る。この店は伊勢佐木町の先生堂書店と関係があるらしく、先生堂の名前も併記していたのだが、最近は鉄塔書院のみの表記となっている。独立したのだろうか。伊勢佐木町と同じく、文学からサブカル、絶版文庫からマンガまで質の高い品揃えをしている。「ミス古書」でも〈名店〉と評価しているが、僕も大好きな店のひとつだ。この店では、中公文庫や講談社文芸文庫の絶版ものを手頃な値段で随分買わせてもらっている。ただ、最近はそれらの値付けが高くなってきているのがちょっと残念。この間来たときに比べ、今日は中公文庫の棚が充実している。絶版ものがグラシン紙を身に纏って揃っているではないか。その中から1冊を手に取る。

満鉄奉天図書館長として活躍したこの衛藤氏の存在は、この間読んだ山口昌男「『挫折』の昭和史(上)」で出会ったばかり。タイミングばっちりだ。さすがに1000円という値段にはためらいを感じはしたが、現在の中公文庫の限定復刊本の定価を考えたら、それより確実に安いのだ。心を決めレジへ。
このほかにも商店街にあるブックスオオクラを覗いてから駅に向かう。こうしてみると白楽はけっこう古本屋が充実している街なのだな。“東横線ぶらり古本の旅”に白楽は欠かせませんね。白楽の他にも、学芸大学の古本遊戯流浪堂、自由が丘の東京書房に西村文生堂、田園調布の田園りぶらりあ、妙蓮寺の普賢堂など挙げているだけで行きたくなる店が盛りだくさんだ。もしよろしければ一度東横線で古本を。
家に戻るとポストに封書と小包。封書は先週受けた人間ドックの結果だ。恐々開けるとほとんどがAの評価でホッとするが、コレステロール値だけが基準値を上回っていて、再検査を勧告される。カロリーの過剰摂取を避け、野菜を多くとり、30分以上歩けとの指示だ。やはり、徒歩通勤は続けなければいけない模様。この1年間、ストレス解消のために甘いものやトンカツなどをやたらに食べたのが原因と考えられる。そう、これからは歩くのだ。
小包は、聖智文庫さんから。頼んでおいた本が届いたのだ。

小林氏の短編小説集。収録されている小説のうちの大半は「家族漂流ー東京・横浜二都物語ー」(文春文庫)で読めるが、やはりオリジナルの本が欲しかったのだ。なぜだかこれまで縁のなかったこの本とやっと巡り会えたという感じ。